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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第五十一話 目の前のやるべき事

 無事解呪の水は手に入れました。あとは一刻も早く、この水と箱から出た人形をサヌザンドに持って帰らなくては。


 その前に、塔を出る必要があるのですけれど。


「このまま三十階へ戻りますか?」


 そうすれば、一挙に一階へ戻れます。ただ、私達がいるのは三十九階です。四十階にも、三十階同様一階に戻れる植木鉢があるかもしれません。


 ですが、三十九階では庭園八つでした。四十階はさらに広いかもしれません。


 カルさんは、私の質問にすぐに答えました。


「いや、このまま四十階を目指そう。多分、一階に戻れる植木鉢があるはずだ」


 やはり、カルさんも同じ事を考えましたね。と言うことは……


「私も同意見よ。ここから三十階へ戻るより、たった一階層上に行けばいいんだもの」

「でも、四十階はここより広いかもしれません」

「そうだとしても、ベーサの使い魔に期待しているわ」


 ううう。期待されては、嫌だとは言えません。これまで以上の数を出して、なるべく早く地図を完成させましょう。




 三十九階から四十階への階段は、ここに上がってきた時の階段に似ています。


 まさか、また門があって鍵や油が必要……なんて事はありませんよね? 


 やっと階段が終わる頃、目の前には門ではなく壁が見えました。


「今度は壁か」

「どこかに、壁の向こう側に行く入り口がないかしら」


 壁は湾曲していて、その壁にそって緩やかなカーブを描く小道があります。


「もうここで使い魔を出しますね」

「それがいいわね」


 使い魔を出し、そのまま上から壁の向こう側へ……行けません。


「どうして?」

「正規の入り口以外からは入れないという事のようね」

「よじ登らなくて良かったぜ」


 カルさん……やるつもりだったんですか……


 仕方がないので、壁に沿って使い魔を移動させます。どこかに、入り口があるのでしょうから。


 待つ事しばし。使い魔が入り口を見つけました。


「真反対……ですか」

「そこまでは歩きましょう」

「だな」


 使い魔からの情報では、壁に沿って伸びる小道はかなりの距離です。三十九階でもそこそこ歩いたのに。


 入り口に向かう間にも、使い魔達には壁の向こう側の地図を作ってもらっています。


 紙に転写するのは先になりますが、道や水場などの位置は先に把握させてあるんです。


 それに加えて壁の外周を飛ばした結果から、壁の内側がかなりの広さなのがわかりました。


「四十階、探索しますか?」

「一度下に戻りましょう。植木鉢を使えば、また楽に戻れるのだから。カルもそれでいい?」

「ああ。俺は目的を達したから、お嬢達に従う」


 カルさんは一足先に解呪したのですものね。という訳で、一階に戻る植木鉢が見つかり次第、そこに直行する事になりました。




 壁の内側に入る入り口は、アーチ型の扉がない門です。


「今度は出入り自由ってか」

「壁の長さを考えると、随分と小さい門だけれどね」


 ニカ様の言う通り、長大な壁が続いていた割りには、入り口は裏門のように小さいものでした。私が両手を広げた程度の幅しかありませんよ。


「ベーサ、中の様子はどう?」

「まだ植木鉢も階段も見つかっていません。水場も、ですね」

「広いものね。長くかかりそうだわ」

「ここで一度、休憩を入れましょう」


 入り口の前は少し開けているので、そこに結界を張ってから天幕やテーブル、椅子などを出しました。


 三十九階でも一度休憩を入れましたけど、その後結構動きましたから。


 テーブルにお茶を出し、軽食を……とも思いましたけど、そろそろしっかり食事の時間でしょうか。


 迷宮に入っていると、時間の感覚がおかしくなります。


 もう一つ出したテーブルでは、使い魔から送られてくる情報を元に、地図が作製されています。作っているのも使い魔です。便利ですよね、本当に。


 大きな地図になりそうだったので、最初から紙を四枚繋げて大きなものにしています。その地図は、まだ三分の一が埋まったかどうかです。


「時間がかかりそうね」

「そうですね。ニカ様、お疲れですよね。よろしければ、少し横になってはいかがでしょう?」

「え……でも……」

「お、いいな。じゃあ俺も寝とくわ」


 あら、ニカ様に勧めたのに、先にカルさんが天幕に入ってしまいました。その背を見送りながら、ニカ様と顔を見合わせて笑い合います。


「確かに、気を張っていても仕方ないわね。じゃあ、少し休ませてもらうわ」

「はい、ごゆっくり」


 二人が天幕に入り、外にいるのは私だけになりました。何だか静かですね。


 壁の外であるここには魔物が出ないらしく、結界を張らずとも良かったくらいです。


 空を見上げれば、青い空。でも、少し暗くなってきているような?


「迷宮の中でも、天候が変わる事があるのかしら」


 さすがに雨が降る事はないと思いたいのですが。もっとも、結界は雨も弾くので問題ありませんけど。


 そうしてしばらく静かな時を楽しんだ頃、使い魔から軽い鈴の音でお報せがきました。


「見つけましたね」


 一階に戻る為の植木鉢です。入り口から……かなり奥ですね。植木鉢のすぐ脇に、上に行く階段がありますよ。やはり迷宮は意地が悪い。


 地図はまで出来上がっていませんが、植木鉢は確認しましたし、二人を起こすべきでしょうか。


 半分埋まった地図を見て、しばし考え、そのままにしておく事にしました。地図が出来上がってから降りても、遅くはありません。


 こうして一人でいるのは、何だか久しぶりな気がします。常にニカ様のお側におりますし、カルさんも一緒に行動する事が多かったですから。


 ここから一階に戻れば、サヌザンドに戻る事になるのでしょうか。それとも、人形と水を黒の君が連絡係にと紹介したレセドに渡して終わりでしょうか。


 出来れば、自分の手でお父様の冤罪を晴らしたい。お父様はお元気な様子ですが、やはり鉱山からは戻っていただいて、王都で前と同じ生活をしていただきたいのです。


 お母様だって、修道院に迎えにいかなくては。お健やかにお過ごしでらっしゃるでしょうか。


 両親が戻ったら、私は……


「私は……どうしたいのかしら……」




 地図が完成したのは、ニカ様達が休まれてから少し経った頃でした。


「あーあ、よく寝た。ベーサお嬢、地図はどうなった?」

「もうじき完成しますよ。ニカ様をお起こししてきますね」

「ああ」


 私の答えは出ないまま、次へと動く事になりました。とりあえず、目の前のやるべき事を終えてから、じっくり考えましょう。


 ニカ様をお起こしして、三人で地図を眺めます。


「またデカいな」

「これまでの地図の倍くらいかしら」


 ええ、紙が足りなくて、また継ぎ足したくらいですからね……


「現在地がここで、植木鉢はここのようです。で、上に行く階段はそのすぐ脇です」

「大分奥だな」


 ニカ様も、少し表情が曇っています。早く戻りたいですよね。


「いっそ、中は魔法で移動しましょうか?」

「出来るの?」

「もちろんです」


 本来は足下の悪い場所での移動用に開発したものですが、早く楽に移動出来るので、便利に使っている術式があるんです。


「これまでは探索もありましたから使っていませんでしたけど、歩くより速いですし」

「カル、それでもいい?」

「別に反対する理由はねえだろ? お嬢達がいなけりゃ、誰もここまで上がってはこれないだろうし」


 四十階の箱やお酒の汲める木を見逃しても、きっと次に来るまでこのままでしょう。


 あの十八階を占有している人達がここまで上がってこられるとは、私も思いません。


「じゃあ、行きましょうか。ベーサ、お願い」

「はい!」


 植木鉢までは、曲がりくねった小道がずっと続いています。そこを、結界をそのまま浮かせて移動していくのです。


 もちろん、途中出会った魔物が襲ってきますけど、今回はこちらから攻撃を仕掛ける事はしません。速さ優先ですので。


「何か……ちょっと腰が落ち着かないな」

「慣れてください」

「ベーサお嬢って、結構酷い事言うよな……」


 失礼ですね。対処方法がないんですから、慣れてもらう以外に手はないんですよ。


 魔法で移動したからか、思っていたよりも早く植木鉢に到着しました。ここまで来てしまえば、魔物も襲ってきません。


 水場と同様、ここも魔物が入れない区域のようです。


「はー、これで一階に戻ると、次はこの四十階から始められるな」

「そう……ね」


 ニカ様と私は、次にこの塔に入る事があるのかどうかわかりません。


 元々、塔に入るのは襲撃者から身を隠すのが目的でしたし、その後はオリサシアン様が使っていると思われる迷宮産の道具から、王宮を取り戻す為でした。


 今、その為の道具は二つとも、私達の手にあります。これで王宮が正常に戻れば、オリサシアン様は自らの罪によって処断され、ニカ様は王宮にお戻りになられるでしょう。


 そして、私はお父様とお母様をお迎えして……


「ベーサ、大丈夫?」

「え? ああ、大丈夫です」


 いけない、ぼんやりしてしまっていたようです。まずは目の前の事を考えなくては。

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