第四十九話 お酒
広い三十五階をやっと抜け、先へと進みました。三十六階と三十七階は三十五階と同じように、二つの広い庭園が小さな門だけで繋がっている形です。
そして、三十八階は庭園が四つに増えました。二倍です。当然、探索する場所も増えて、迷路で手に入る箱も増えました。
ただ、三十六階からは小瓶に入った水薬ばかり出ます。説明書きによれば、「魔法薬:傷薬」「魔法薬:万病」「魔法薬:魔力回復」「魔法薬:完全回復」。
魔法薬:傷薬は、欠損でない傷ならば何でも治すというものだそうです。魔法薬:万病は、そのまま万病に効く魔法薬だそう。
魔法薬:魔力回復も、そのままで飲めば魔力を全回復してくれるそうです。そして最後の魔法薬:完全回復。
なんと、どのような状態からでも完全に回復させるそうです。本当でしょうか?
「また凄えのが出たなあ」
「そうね……ある意味、この完全回復で解呪は出来ないのかしら?」
「……説明書きにゃあ、呪いを解くとは書いてねえな」
「残念だわ」
本当ですよ。でも、完全回復は一本しかありませんから、もし解けたとしても問題ですよね。
一番多く出るのが、魔力回復の魔法薬という辺り、ちょっと微妙です。私は言うに及ばず、ニカ様も魔力は豊富な方です。
魔力が多い人は、魔力の回復時間が短い傾向にあります。だから、私達に限っていえば、余程の事がない限り魔力回復薬は必要ないんですよね……
「三十九階も広いわね……」
「そうですね……」
「まさか八つの庭園が繋がってるとはなあ」
カルさんの言うとおりです。なんと三十九階は八つの庭園が小さな門で繋がっている階層でした。三十八階の二倍の数です。
しかも、庭園同士がそれぞれ行き来出来る訳ではなく、正解の経路を通らないと先に進めないという……
さすが迷宮、意地の悪さに磨きがかかってます。
相変わらず、先に地図を作成してから動く事になりました。上がってきた階段の前でテーブルと椅子を出し、くつろぎながら使い魔達が地図を完成させるのを待ちます。
この階層でも、出てくる魔物は下と変わりません。ただ、かなり大きな鳥が加わりました。
攻撃力も高いのかもしれませんが、結界とニカ様が弾く竪琴のおかげで、こちらに害はありません。
「ふー、切っても切っても湧いてくる。休みなしだなこりゃ」
訂正します。カルさんが大変なので、害はあるかもしれません。その分、落とす品が増えていきますけど。
かなり大きな鳥は、宝石を中心に落とすようです。ルビー、サファイア、エメラルド、ダイヤモンド。
中でも、他の鳥は落とさなかった虹色に輝く石が素晴らしいです。これらは全て、四角くカットされた状態で出ました。
「この虹色の石、綺麗ね」
「そりゃ、虹輝石だ。迷宮からしか産出されない、希少な石なんだよ。そこまででかい石となると、多分王家への献上品になるな……」
「まあ」
そんな虹輝石ですが、既に両手の指の数程出ています。
「なら、協会に出すのは一つだけでいいわね」
「ですよね」
「女って……」
カルさんが何か呟いてますが、知りません。これだけ綺麗な宝石が手に入ったのですから、ぜひともアクセサリーにしたいですね。
地図がやっと完成しました。あまりに時間がかかるので、この場所に結界を張り、一晩休みました。おかげで疲れはすっかり取れてます。
それにしても、今までで一番作成時間がかかったのではないでしょうか。
「仕方ないわよ。八つも庭園があるんですもの」
「だな。それにしても、この階は迷路がないんだな……」
そうなのです。楽しみにしていた迷路の行き止まりにある箱が、この階層には一つも見当たりません。残念です。
その代わりのように、使い魔達が地図に記した「見た事がないものがある」印。
それらは、庭園のあちらこちらにある開けた場所にあるようです。それは円形だったり矩形だったりする場所で、屋敷の庭なら東屋などを置くような場所。
「何があるのかしら……」
「結構な数あるな」
「そうですね」
印は、一つの庭園につき五から七程あります。そしてこれがまた、見事にバラバラなんです。全部回ると大変そうですねえ。
でも、行く事になりました。
「では、この経路でいきましょう」
やっぱり、地図があると便利ですよね。
最初の印の箇所にあったのは、大きな木でした。見上げる程の高さのそれは、周囲を整えた生け垣で囲まれています。
「何だか、不思議な雰囲気の大木ね」
「大きいですよねえ」
ちょっと違和感を感じる程の大きさです。普通、これだけ大きな木は、ここのような庭園の、しかも生け垣の真ん中には置かないと思うのですが。
しっかり大地……ではないですが、土に根を張り上へと枝を張り広げる大木。これが外なら、不思議と思いつつもいい光景なのですけど。
その大木には、ちょうど私達の顔の高さ辺りに大きな洞があります。
「あの洞に、何かあるんでしょうか?」
「ベーサ、使い魔を中に入れる事は出来る?」
「もちろんです」
そうですよね、使い魔に確認させれば危険はありません。……実は覗き込もうと思っていた事は、内緒です。
洞の中には、何やら液体が溜まっていました。何でしょう? これ。
魔法収納から空き瓶を一つ取り出し、使い魔に洞の中の液体を汲んでもらいました。
琥珀色の液体です。瓶に顔を近づけて臭いを嗅いでみます。これは……
「お酒じゃないでしょうか?」
「え? 酒?」
カルさんがいきなり反応しました。
「どれどれ……ん! 確かに酒だ! しかもうまい!」
「カルったら、ちゃんと飲めるものかどうか、確かめてからにしなさいよ」
「だから俺が飲んで確かめたんじゃねえか」
どうやら、洞の中にあったのはとてもおいしいお酒だったようです。その後も、手持ちの瓶がなくなるまで、あちこちの木の洞にあるお酒を汲みまくりました。
一つの庭園にある木の洞からは同じお酒が入っていて、門を潜って違う庭園の木の洞には別の種類のお酒が入っていました。
これがわかった途端、カルさんが興奮してます。
「おおおお! この階層は当たりだな! 今度は樽を持ってこようぜ!」
「カルさん……」
「酒飲みって……」
私達の視線にも気付かず、一人嬉しそうなカルさんでした。
各洞から汲み上げたお酒は、かなりの量になりました。カルさんの言葉じゃありませんけど、次は樽を持ってきた方がいいかもしれません。
そして、今私達の目の前には四十階に続く階段があります。緑で覆われた、古い石の階段。周囲の崩れかけた壁と相まって、なんとも言えない風情です。
足下を確認しながら上った先には、生け垣を使った門がありました。門は閉められたままです。
カルさんが開けようとしましたが、耳障りな金属音が鳴るだけで、一向に開く気配はありません。
「……開かねえ」
不満げに言うカルさんの背後から門を見ていたニカ様が、門の一箇所を指差しました。
「待って。門に鍵があるわ」
「という事は、ここまでのどっかで鍵を手に入れる必要があるという事ですか?」
「おそらくは」
三十九階の地図をもう一度出してみます。確かに、広大すぎる三十九は隅から隅まで探索した訳ではありません。
「もう一度、三十九階に戻るか?」
「いえ、使い魔を増やして飛ばします。その方が早いでしょう」
探すものが鍵とわかっているのですから、面倒はないと思います。
「……三十九階にあるといいわね?」
ニカ様、怖い事を言わないでください。どこまで戻ればいいのか、見当も付かないのですから。




