第四十八話 人形
完成した地図を見ると、一応三十五階は一つの階層のようです。中央部分でほんのわずか、小さな門で繋がっていました。
「上への階段は、左側の庭園にしかないのね」
「で、右側の庭園の迷路には、箱がある……と」
ちなみに、拠点地となる水場も右側にしかありません。なかなか意地の悪い階層ですね。
「箱を回収するのなら、右側から探索ですね」
「そうね……これまでの事を考えると、箱からは他では入手しづらいものが出ると思うの。だから、自分達で使うにしろ、売るにしろ、手に入れたいと思うのだけど。カルはどう思う?」
「俺もニカお嬢に賛成だな。探索者なんてのは、迷宮から産出するものを手に入れてなんぼな商売だ。ここで先を急いでお宝を逃すなんて事は、する気にならねえな」
ですよね。三人の意見が一致した事で、右側の庭園から探索する事になりました。
三十五階に出てくる魔物は、大型の鳥と蜂、それに蜘蛛。これらはこれまでの庭園にも出て来ました。
それに加えて、モグラ、つる薔薇、くちばしが鋭く長い小鳥――ハチドリというそうです――などが出て来ます。
しかも、途切れる間もなく次から次へと襲ってくるのです。おかげでニカ様は歩いている間中、ずっと竪琴を弾き続けてらっしゃいました。
「お疲れではありませんか?」
「大丈夫よ。これを弾いていれば、結界すらいらないのだもの。かえって楽だわ」
ニカ様がそう仰るので、甘えさせていただいています。
それにしても、本当にこの竪琴の効果は凄いですね。これまで琴の音で眠らない魔物はいません。全てしっかりと眠らせてくれるので、カルさんが大変楽しそうでした。
「落ちてるのを剣の先で突き刺す程度だからな。簡単簡単」
途中からは、鼻歌を歌いながら作業のように魔物を倒していましたよ。
そして、倒す魔物は例外なく「何か」を落としました。大型の鳥系は、相変わらず石を落とす事が多いようですね。薔薇石に加えて瑠璃石、エメラルド、ルビー、サファイアなどが加わりました。
どれも丸く研磨された状態です。
「これ、カットし直せばいい値段になるんじゃないかしら」
どれも親指の先より大きな珠ですからね。しかも、落とす魔物が同じなら、石の種類は違っても、大きさは同じになります。
「地金のデザインによっては、そのままでもいけそうな気もしますが」
「悩むわね」
石に関しては、多くは売り払う事に決まりました。そのくらい、数が出てるんですよ……
蜂は蜂蜜を、蜘蛛は糸を落とします。ハチドリは滴型のカットされたダイヤを落とします。小粒ですけど、ものは良さそうです。
意外だったのは、モグラが聖銀の鉱石を落とした事です。
最初、それが何なのか、誰にもわかりませんでした。
「何だこれ? 石ころか?」
「何かの鉱石かしら……ベーサ、こういったものを鑑定する術式はある?」
「そういったものはありませんが、どのような成分かは調べられると思います」
黒の会で魔物討伐の遠征をした際、洞窟の中で鉱石を手に入れた事がありました。
その時にも、持って帰ってからわかるより、この場で成分を調べた方が速いと誰かが言い出し、その場で術式を作り上げたのです。
なので、調べてみましたところ、ちょっと変わった魔力を帯びた銀を含んでいる事がわかりました。
「魔力を帯びた銀だと!? そりゃ聖銀の事だ! 凄えじゃねえか!」
え? そうなんですか? そういえば、聖銀が何なのか、
「ただ、含有率が低いので、これ一つから取り出せる銀は爪の先よりも少ないと思います」
「そういう事なら、数を揃えりゃいいんだろ? よっしゃ! モグラ共出てこいやあ!」
張り切ったカルさんに、モグラは出てくる側からニカ様の竪琴で眠らされ、カルさんの大剣に狩られていきました。
ちょっと哀れな気もしますが、魔物ですからね。
魔物が落とす品も魅力的ですが、迷路の行き止まりに置かれた箱からはさらに魅力的な品が出て来ました。
一番大きかったのは、全身鎧でしょうか。カルさんに使うか聞いたところ、重いのでいらないとの事でした。これは売却行きですね。
他にも魔法薬や指輪などが出て来ましたが、最後の箱からはちょっと変わった陶器の人形が出ました。
「何でしょう? これ」
箱から持ち上げた人形は、背中に羽が生えた女性で、大きなラッパを吹いています。
「説明書きにはなんと書いてあるんだ?」
「えーと……え?」
箱に入っていた説明書きには、拡散の像という名と、台座に注がれた液体を増幅、拡散させると書いてありました。
読み終わって紙が靄のように消えた後、ニカ様と私は顔を見合わせます。
「液体を拡散って……」
「まるで、解呪の水をどう使うか、迷宮が知っているように感じますね……」
何だか不気味です。いえ、偶然の一致なのでしょうけど。
「何だ? どうかしたのか?」
私達の様子がおかしい事に気付いたカルさんが、心配そうに声をかけてきました。
正直に、話すべきでしょうか。
躊躇する私を余所に、ニカ様が口を開きました。
「カル、以前、私達も解呪の水が必要だと言ったわよね?」
「ああ、あれか……思い出したくもねえぜ」
カルさんたら、げんなりした顔を隠しもしませんよ。失礼ですね。ですが、肝心なのはそれではありません。
「この人形は、解呪の水が手に入ったら、私達に必要なものだったようなの」
「……どういう事だ?」
ニカ様に代わり、私が先程の説明書きの内容を話しました。カルさんは聞いていくうちに、段々と眉間の皺を深くしていきます。
「……ただの偶然? にしちゃ、出来すぎてる気がするな」
「だから、ベーサと二人でちょっと気味が悪い思いをしているのよ」
「なるほどな」
カルさんは腕を組んで何かを考え込んでいます。どうしたんでしょう?
「ダメだ、考えたところで答えなんてわかんねえわ」
「でしょうね」
カルさんの弱音に、ニカ様が笑っています。
「とりあえず、悪いものではないのだから、このまま進みましょう。この人形が手に入っても、肝心の解呪の水が手に入らなければ意味がないわ」
「だな。俺もとっととこいつとおさらばしてえよ」
そう言いつつ、カルさんは背中の大剣を指差しました。何だか、大剣が可哀想な気になってくるから、不思議ですねえ。




