第四十六話 装備
三十一階の箱は三つでした。では、三十二階はどうでしょう?
「この竪琴、なかなかいいわね」
「鳥がばたばたと落ちますね」
三十二階に上がってすぐ、ニカ様が竪琴を弾きました。すると、近くの木の上から、小鳥が六羽程落ちてきたんです。
それだけではありません。少し上の方から、鷹くらいの大きさの鳥も落ちてきました。どの鳥も、眠っているようです。
「これなら倒すのも楽だな」
そう言って、カルさんが端から大剣で切っています。迷宮の魔物は、死体を残しません。切った側から霞のように消えていきます。
残るのは、魔物素材のみ。今回は羽根の他に宝石も出ました。
「鳥も宝石を落とすんですね」
「これは……薔薇石かしら?」
薔薇色の縞模様の入った石で、色と縞の入り方で値段が変わります。これだけ薔薇色が濃いと、そこそこいいお値段が付くはずです。
「研磨も必要なさそうだし、このまま装飾品にしてもいいわね」
「この大きさでしたら、腕輪よりも首飾りの方が良さそうです」
「そうね。地金を探して、作ってもらいましょうか」
「おーい、お嬢達。ここ、迷宮の中だって事、忘れてないよなー?」
カルさんたら、無粋ですね。
いつも通り、まずは地図を作ってから探索を、という事になりました。使い魔を放っている間にも、鳥達は襲ってきます。
まあ、全てニカ様が弾く竪琴によって眠らされ、その後カルさんの大剣の露となるのですが。
薔薇石を落とす大型の鳥もよく飛んでくるので、先程からいくつもの薔薇石を拾いました。
「今のでちょうど三十個目です」
「大きさも揃っていて、いい石よね」
「ここはやはり首飾りにしましょう! きっとニカ様の髪に映えます」
「それを言ったら、ベーサの黒髪の方が似合うんじゃないかしら?」
「もう三十個集まったら、おそろいで作りましょう」
「いいわね」
お喋りしながらも、鳥を眠らせる事は忘れません。今やカルさんは落ちて眠っている鳥を切るだけの人になっています。
「まるっきり作業だな……」
「何でしたら、魔法で全て処分しましょうか?」
「いや、いい。他で役に立つ訳でもないからな」
そんな卑屈な事を言わなくてもいいのに。カルさんはいざという時に頼りになる人ですよ。
本当にそう思ってますよ?
地図が完成して、さっそく三十二階の探索を開始しました。
「今回は、最初から迷路の行き止まりを見ていきますか?」
「そうね。有用なものがあるってわかっているから、先に箱を取っていきましょうか」
「水場の情報を得るのも、忘れないでくれよ?」
「当然です!」
解呪の水は、私達にも必要なものなのです。効果の程はまだわかりませんが、現状すがれるのはこれくらいですもの。
本当に、早いところサヌザンドの王宮を正常に戻したいものです。
三十二階は、地図で見ても三十一階より大分広く感じます。本当に、迷宮というのはどういう構造になっているんでしょうね。
「近場の箱というと……これか」
「ちょうど途中に水場もあるようだから、確認していきましょう」
「だな」
ニカ様とカルさんが経路を決めて、私は二人についていくだけです。いえ、後方の護りを固めているのですよ。決して楽をしたいからという訳ではありません。
大体、私はニカ様の護衛を黒の君から任されているのですから、行き先を決めるのはニカ様でいいのです。
最初の水場は、小さな水盤といった感じでした。給排水がなされていないのが、水がよどんでいます。
「さすがに、これは違うと思いたい」
「何なら試してみる?」
「やめてくれ。腹を下しそうだ」
確かに、あまりよくないものが入ってそうですよね、あの水。
水場から迷路の入り口はすぐでした。空を見上げると、いい天気です。
「ここが迷宮の中なんて、信じられませんね」
「本当に。ベーサ、後で拠点地を見つけたら、少しお茶でもしましょうか」
「いいですね」
「相変わらず、お嬢達は優雅だねえ」
そう言いつつ、カルさんはニカ様が竪琴で眠らせた魔物を仕留めていきます。
迷宮に入ったら、大型の蜂が出ました。これも魔物のようです。無論、竪琴で眠らせる事が出来ましたので、脅威は感じません。
他にもモグラや、蔓性の植物などが襲ってきました。全てカルさんの手により、靄になって何かを落としていきます。
蜂は、意外なものを落としました。小瓶に入った蜂蜜です。
「これ、普通の蜂蜜でしょうか?」
「気になるなら、下に降りてから協会で調べてもらうといいぜ」
「協会では、成分まで調べられるんですか?」
「成分までかはわからないが、どんな効能があるかはわかるそうだ」
凄いですね、迷宮協会って。蜂は数が多く出てくるので、蜂蜜はあっという間に増えました。後で調べてもらうのが楽しみです。
モグラは毛皮と爪、蔓性の植物は種を落としました。
「何かの植物の種でしょうか?」
「まさか、先程の魔物が増える種じゃないでしょうね?」
「ええ?」
植えたら、あの蔓性植物になるんですか? それはちょっと……
「さすがに、今までそういう話は聞いた事がねえな。植物系の魔物が落とす種は、旨い野菜や果物が出来るって言うぜ」
「そうなのですか?」
「森林型の迷宮では、よく出るんだ。それを狙って取りに行く連中もいるって聞くぞ」
何でも、迷宮産の植物だけを育てる農家もいるんだとか。おいしい作物が簡単に出来る代わりに、三代くらい育てると急に実がならなくなるそうです。
なので、そうした農家からの依頼を受け、種を取りに行く探索者が現れるようになったらしいですよ。
「にしても、迷宮型のここで種が出るとはなあ」
「でも、ここまで来る事が出来る探索者は、少ないと思います」
「まあ、そうだよなあ」
何せ二十一階に至る階段には大きな蜘蛛が出ますし、その手前の十八階は二つの組が占有状態です。
そういえば、あちらの問題はどうなったんでしょうか。
「十八階、どうなったでしょうね?」
「まだどうにもなっちゃねえだろうよ」
「ええ?」
「俺らが話してから、まだ日が経ってないだろうが、いくらなんでも、即日対応なんて出来ねえだろうよ」
そういえば、そうでした。時間の感覚がおかしくなっているのかもしれません。
「まあ、それは置いておいて、まずは目の前の箱を目指そうぜ」
「ですね!」
何せこの階層、行き止まりに置かれた箱の数が五つに増えているんですから。
迷路の行き止まりに置かれた箱の中身は、飲み薬と指輪と帯、それに杖と額飾りでした。
全て説明が書かれた紙が入っていたおかげで、どんな効能があるのかわかるのは便利です。
飲み薬は魔法薬で、飲めば立ち所にあらゆる傷が治るだろう、とありました。凄いですが、ちょっとニカ様がつけている髪飾りと効能が似ています。
指輪は、装着した者に、ちょっとした知恵を授けてくれるそうです。しかもこの指輪、名前がついていました。
その名も「蒼穹の指輪」です。知恵というのは、迷宮に関するものでしょうか。
帯は、使用者の腕力を上げてくれるそうです。これはカルさん向きですね。
そして、杖と額飾りですが……
「これはベーサ向きね」
「よろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろん」
「それ着けて、これからも頼むぜ、ベーサお嬢」
杖と額飾りは、それぞれ装着者の魔力を引き上げ、魔法の使用魔力を軽減する効能があるそうです。
ニカ様は既に髪飾りを着けてらっしゃいますし、この階層で出たものの中では指輪を使うそうです。
なので、私が杖と額飾りをもらう事になりました。魔法薬はしばらく魔法収納の中です。売るよりは、これから先に備えておいた方がいいだろうという、全員一致の意見からでした。




