第四十五話 迷宮の宝箱
地図を見ながら、階層の三分の二程を占める迷路に入りました。
「あ、そこを右です。そのまままっすぐ行って左ですね」
「これ、周囲にあるのは木だろ? 切り進んじゃダメなのか?」
「カル、迷宮なのだから、何が起こるかわからないわよ。地図があるんだから、素直に進みましょう」
「とほほ」
結界を張りながら進んでいるので、魔物が出て来ても瞬殺です。この階層に出てくる魔物は、鳥型が多いようですね。
愛らしい小鳥の姿で襲ってきた時には、ちょっと心がささくれました……
他にも、大きな鳥はかぎ爪で攻撃してきたり、羽根を使った攻撃や、中には魔法を使うものもいます。攻撃手段が豊富ですね。
どれもニカ様の結界を越えられないので、こちらに傷などはありませんが。
迷路の中を、あちらに折れこちらに折れと進んでいくと、とうとう突き当たりに出ました。
「お。何か置いてあるな」
カルさんが言うとおり、箱状の物が置いてあります。かなり横幅がある箱ですね。
「これ……開けていいんでしょうか?」
「多分、引き出しやタンスなんかと一緒だと思うぞ。庭園だからこういう箱で置いてあるんだろう」
という事は、中身は持っていってもいいものですよね。
「それ、開けた途端中から何かが飛び出してくる、なんて事はないわよね?」
「ニカお嬢、これから開けようとしているところなのに、そういう事言うなよな……」
カルさんが恨みがましい顔でニカ様を見ています。やめてもらえますか? ニカ様が怯んじゃってるじゃありませんか。
「え……でも、もし罠があったらって思うじゃない? ねえ? ベーサ」
「そうですね。でしたら、結界に包んで開けてみましょうか?」
私の提案に、ニカ様は笑顔で頷かれます。カルさんがしょうがねえと言いつつも、箱の前を譲ってくれました。
さて、まずは結界で箱を包み、魔力でそっと蓋を開けて……
「あ」
「剣……だな」
「それも、カルが持っているような、大剣だわ」
中にあったのは、装飾が施された大きな剣です。柄の部分にはめ込まれた石から、魔力を感じます。
「これ、魔道具かもしれません」
「って事は、魔法剣か?」
「さあ、どんな魔法が付与されているかまではわかりませんから」
魔法を付与された剣が魔法剣で、魔力を帯びた剣が魔剣だそうです。魔法剣は付与された魔法を斬撃に乗せる事が出来、魔剣は斬撃に魔力そのもの乗せる事が出来る。
後者の方が使い勝手が悪そうですが、魔剣は普通の剣が通じない敵にも攻撃が通じる剣だそうです。幽霊とかも、斬れるんですって。
対して魔法剣は、付与された魔法しか乗せる事が出来ません。大抵は付与される魔法は一つか二つ。三つも付与出来る魔道具師は少ないんだとか。
また、迷宮からは四つ以上の魔法を付与した魔法剣が出るそうです。そうした魔法剣は、高値で引き取ってもらえるんですって。
「これ、どうします? カルさんが使いますか?」
「まあ、この中なら剣を使うのは俺だけだしな」
そう言って、カルさんが箱の中の剣を掴もうとしたら、何かに弾かれました。
「いて! 何だあ?」
「何か、拒絶されたようだったけど……」
「まさか、使い手を選ぶ剣なのか?」
「ちょっと失礼……私は持てるわね」
「なんで剣を使わないニカお嬢が持てるんだよ」
ニカ様とカルさんが、箱の中の剣を見つめてます。確かに、弾かれてましたよね……あ。
「カルさん、今、呪いの大剣を持ってるじゃないですか」
「おお、それがどうか……あ」
「もしかしたらですが、それを持っている限り、こちらの剣は持てないのではないかと……」
それ以外、思い当たる節がありません。
「じゃあ、これを下ろして……」
背中に背負っている大剣を下ろし、再び剣に手を伸ばしますが、やはりカルさんの手は弾かれます。
「……大変言いにくいのですが、呪いが解けない事には、この剣を持てないのではないでしょうか?」
「そんなのありかよおおおお」
カルさん、その場でくずおれてしまいました。上の階層で出た以上、新しい剣の方がきっといいものなんでしょうね。
それを使えないとなると、剣士であるカルさんにとってはとても悔しいのでしょう。
「これは、ますます解呪の水を探さないとならないわね」
「そうですね。それまでは、魔法収納で預かっておきますので。元気を出してください、カルさん」
落ち込んだカルさんが浮上するには、それから少しの時間がかかりました。
迷路はかなり広く、行き止まりも数多く作られています。
「ですが、箱が置かれている場所は、あと二箇所だけですよ」
「なら、その二箇所も回りましょう。今度は何が出てくるのかしら」
ちょっと楽しくなってきましたよね。最初が剣ですから、次は別の武器が出てくるんでしょうか。
わくわくと進む私達の後ろを、カルさんがとぼとぼと付いてきます。
「カル、いい加減に気持ちを切り替えなさい。そんな事じゃ、命を落とすわよ」
ニカ様の言葉が聞こえているのかいないのか、カルさんからの返事はありません。さすがのニカ様も溜息を吐かれています。
「そこまでの事なのかしら?」
「私達には理解出来ない領域ですね」
ニカ様も私も、攻撃は魔法主体です。剣は殆ど使いませんから、思い入れもさほどないんです。
「あ、ニカ様。そろそろ次の箱がある行き止まりです」
「そう。それにしても、小鳥は鬱陶しいわね」
「ですよね」
相変わらず小鳥からの攻撃は止みません。その度に魔法で打ち落とすのも面倒なので、結界の外側に強めの電撃を走らせました。野営の時によく使う手です。
そうすると、くちばしで刺してこようとする小鳥が面白いように落ちます。もちろん、落とす品もありました。
小鳥からは羽根がよく落ちます。価値がわからないので、一応魔法収納に入れておきますが、羽布団でも作りましょうか。
そんな事を考えつつ歩いていると、次の箱がある行き止まりに来ました。
今度の箱は、先程のものより小ぶりです。
「ベーサ、頼んでもいいかしら?」
「お任せください」
先程の箱同様、結界に包んで開けてみました。
「あら」
「まあ」
中にあったのは、美しい金細工です。これは……髪飾りでしょうか。
「あ、箱に何か紙が入ってますよ?」
髪飾りの下に、何やら古めかしい紙が入っていました。広げてみると、何か書いてあります。
「えーと、癒やしの髪飾りは、付けたものを癒やすだろう……ですって」
「癒やす? あ!」
私が内容を読み上げてすぐ、紙は青い炎を上げて燃え尽きてしまいました。
「ベーサ、手は大丈夫!?」
「ええ、熱さはまったく感じませんでした」
紙を持っていた手は、火傷の跡すらありません。あの炎は、何だったんでしょう?
ともかく、髪飾りは付けた人を癒やす癒しの髪飾りだとわかりました。
「ニカ様、付けますか?」
「ベーサの方がいいんじゃないかしら?」
「……一度、付けてみますね」
カルさんの大剣のように、呪われていて解呪をしなければ外せない髪飾りだったりしたら、大変です。
一度付けてみて、すぐに外しました。呪われてはいないようです。
「呪いもないようですし、ニカ様が付けてください」
「……いいのかしら」
「もちろんです」
怪我を負ったりしたら、大変なのはニカ様の方ですから。もっとも、結界を張りっぱなしにしているので、あまり負傷する場面はありませんけど。
その後、三つ目の箱を開ける頃にはカルさんも気分が浮上したようです。
「三つ目は……竪琴?」
「また、紙が入ってますね。……誘眠の竪琴、その音色は恐ろしい敵をも抗いがたい眠りに誘うだろう、ですって」
「眠りの効果付き琴かよ」
紙はやはり、読み上げ終わると同時に燃え尽きました。これ、紙自体が魔道具なのかもしれません。ちょっと調べてみたい気もしますが、すぐに燃えてしまうので無理そうです。
竪琴に関しては、ちょうど結界の周囲を飛び回る小鳥がいるので、ニカ様が弾いて試してみました。
すると、ほんの数音で小鳥がバタバタと落ちていきます。
「凄えな」
「これ、この先の探索にも有用かもしれないわね」
敵を眠らせる事が出来れば、先制攻撃も可能ですからね。いいものが手に入りました。
「それにしても、箱からこんないいものが出てくるなんてね」
「あー、多分、この階層に人が殆ど来ていないからだと思うぞ」
「どういう事?」
人が来ない事と、箱の中身がいいものだという事に、どういう関係があるのでしょう?
「実はな、迷宮でも長く人が来ない階層には、価値のあるお宝がある事が多いんだ」
「まあ」
「どういう仕組みでそうなっているのかはわからない。一説には、宝で人をおびき寄せているんじゃないかって話だ」
「それだと、迷宮そのものに意思があるように聞こえるわよ?」
「そう言う学者もいるんだってよ」
その前に、迷宮を研究している学者の人がいるんですね。迷宮、奥が深いです。




