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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第三十七話 二十六階

 何となく始めての階層の進み方がわかりました。


 まず使い魔を飛ばして地図を完成させ、そこから水場と上り階段を探します。


 そして水場を確認した後、階段を上って上の階へ。これが一番早い探索方法でした。


「二十一階から上の地図はないからなあ」

「でも、今回で二十五階までの地図は出来上がりましたよ」


 現在、私達は二十五階にいます。地図で見ると左側の端にある水場で、一休みしている最中です。


 森の階層は、この水場が拠点地のようです。水場……滝だったり泉だったり池だったりの周囲には、魔物が出ないんです。


 この拠点地が、二十一階から上には各階層に複数あるので助かります。


 あ、ちなみに全ての水場に行って、それぞれ水を採取していますよ。入れ物、たくさん魔法収納に入れておいて正解でした。


 いえ、黒の会用に用意していたものなんですけどね。まさか他国で使う事になるとは、思いもしませんでした。


「そう考えると、やはり二十階と二十一階には明確な線引きがあると考えた方がいいのかしら?」


 確かに、ありそうですね、線引き。階段に魔物が出現したのも、二十階から二十一階へ上がるあの場所だけです。


 ただ、その線を誰が引いたのかはわかりませんが。まさか、迷宮そのもの?


 考えてもわからない事は、一旦保留にしておきましょう。


「それにしても、こんなに簡単に二十五階まで来るとは思ってもみなかった。あの大蜘蛛だってそう簡単に倒せないだろうし、森の魔物ももっと手こずるはずなんだけどなあ……」


 ある意味、手こずってはいますけどね。出てくる魔物が全て虫やら蜘蛛やらゲテモノばかりだなんて……


 ニカ様の結界がなければ、きっと森ごと燃やし尽くしていると思います。


「とりあえず、もう階段に着いたから上に行きましょう」

「そ、そうですね。行きましょう!」


 この上も、また森が広がっているのでしょうか。




 二十六階は、想定外の場所でした。


「まあ……」

「美しい場所ね……」

「これは……」


 階段を上がってすぐから続く、まっすぐな石敷の道。それは少し先にある、丸く開けた場所に続いています。


 開けた場所の周囲には、樹木が絡んで作られたような壁と天井。天井は、ドーム型です。


 樹木で出来たドームだからか、上からの光が木漏れ日となって下に降り注いでいます。


 円形の中央には、白い石造りの噴水が、美しい水音を奏でていました。


 なんという、美しい場所でしょう。さぞ名のある園丁が丹精込めた作ったと思われる、小さくも素晴らしい庭です。


 サヌザンドのどんな高貴な方の屋敷にも、これ程の庭はないでしょう。


 感動に打ち震えていると、カルさんがふらふらと前に出ました。どうかしたんでしょうか。


「カルさん?」

「これだ……これだよ!」


 何がですか?


「カル、もしかして、ここがそうなの?」


 首を傾げるの隣で、ニカ様がカルさんに確認しました。ここがそうなの……? は! もしや!


「ああ、多分そうだ。あの記述通りじゃねえか!」


 確か、呪いを解く水がある場所は、『陽光溢れる緑豊かな庭園にある水場』だったはず。


 ……確かに、合ってますね。でも、こんな簡単に見つかるものなんでしょうか?


 でも、解呪に挑戦してみるのはありです。


 カルさんは噴水に手を入れて水を汲み、その場で飲み干しました。すると、どうでしょう! 彼の体が光り輝いたのです!


「カ、カルさん!? 光ってますよ!?」

「本当に……これは、当たりかしら?」


 光はすぐに収まってしまいました。元に戻ったカルさんは、不思議そうに自分の手を見つめています。


「カルさん、どこか、おかしく感じるところはありませんか?」

「いや、特には……これで、のろいが解けたのか?」

「どうかしら……迷宮内では、確認のしようもないものね」


 ニカ様の仰る通りです。迷宮内に月の光がない訳ではありませんが、どうやら外の月とは異なるようで、カルさんが浴びても狼にはならないそうです。


 そういえば、夜の庭園のある階層、ありましたね。あの時、カルさんは普通に庭園に出ていました。


 一応、私達も水を汲み、魔法収納に入れておきます。これが塔の外でも有効で、サヌザンドの王宮を元に戻す事が出来れば……




 噴水の近くで、これからの事を話し合う事になりました。水場は安全な場所なので、結界も張らずテーブルと椅子を出して食事の時間でもあります。


「ここが文献にあった水場だとして、目的を達成出来たかどうか、一度塔を下りて確認する必要があるわよね」

「では、ここから上にはいかず、戻りますか?」


 時間的には、そろそろ夜です。外に出たらすぐに月明かりを浴びそうですね。


「その事なんだが……ちょっといいか?」


 カルさんが手を挙げます。


「どうかした?」

「出来れば、このまま三十階まで行きたいんだ」


 カルさんの申し出に、私とニカ様は顔を見合わせました。


「……理由は?」

「余所の迷宮で、かなり規模のでかい迷宮に潜った事があるんだよ」


 カルさんに言うには、地下百階以上の迷宮は規模が大きい部類に入るそうです。


 百階……想像も付きません。


「それで、その迷宮には三十階、六十階、九十階に一階へと戻れる石碑があったんだ」

「ええ!?」


 私とニカ様の声が重なりました。いえ、驚くのは当然ですよね。深い場所から一階に戻れるって……それは、瞬間移動というやつではないのでしょうか。


 魔法で構築を試みた人は、これまでたくさんいました。ですが、今まで誰も成功していないのです。


 それが、迷宮の中に存在する!?


「カル、確認するけど、その石碑というのは、どうすれば一階に戻れるの?」

「石碑に触れるだけで、一階の特定の場所に戻れる」


 という事は、その石碑は魔道具の類いという事でしょうか。ああ、実物を見て確かめてみたい!


「蒼穹の塔も、おそらく規模の大きい迷宮だ。まだ二十六階以上を探索したやつは事実上いないけどな」

「あら? 例の古い文献を書いた人は、少なくともここまでは来たのではありませんか?」

「あれには、到達階数が記載されていないんだよ。だから、公式には何階まで探索したか記録されていない」


 まあ、残念ですねえ。もっとも、あの文献が書かれた頃には、まだ協会も存在していなかったので、どのみち記録は残らなかっただろうとの事です。


「だから、出来れば三十階まで行って確かめたいんだ」

「……もし本当に石碑があるのなら、帰りは楽になるものね」

「おう! それにな。一度石碑を使うと、今度は一階の場所からそれぞれ石碑のある階に行けるんだ」

「え? 双方向って事?」

「ああ。ただし、石碑のない階や、行った事のないの階には行けないけどな」

「それでも凄いわよ!」


 ニカ様の仰る通りです。サヌザンドでは、それですらまだ完成しておりません。


 いつか誰かが完成させてくれるのかしら。




 話はまとまり、三十階までは行こうという話になりました。


「ただ、もう夜の時間だ。ここで夜明かししてからの方がいいな」

「そうね。私達はその為の準備もしてきたし」

「はい」

「準備?」


 それはもう、色々とですよ。


 水場は拠点地として使えますから、いつものように天幕を出して用意します。


 そして、ふっふっふ。本日の夕食は食材から作る手料理です。


「……ベーサお嬢、確認するが、料理は出来るのか?」

「はい! 黒の会で鍛えられました!」


 何せ黒の会で行く遠征先には、街どころか村もない山奥や森の奥やらばかりでしたからね。


 魔法収納に料理を入れていってもいいんですが、現地で採れる食材を活用しよう! という話になりまして。


 黒の会には、本業が食堂の料理人というティエルさんがいらっしゃいますから、皆彼女に手ほどきを受けました。


 ええ、あの黒の君ですら、です。


「カルさん、そんなに心配そうな顔をしないでください。ちゃんと食堂にお勤めの方に手ほどきを受け、合格点をもらっていますから」

「……お嬢は確か、伯爵家のお嬢様じゃなかったっけ?」

「そうですよ?」

「そんなお嬢様が、どうやって食堂に勤める人間と知り合いになるんだよ?」

「もちろん、黒の会ですよ?」

「そういや、何度かその名前が出て来てたよな」


 そういえば、詳しく説明した事はありませんでしたね。視線だけでニカ様に伺うと、軽く首を横に振っています。


 黒の会の詳細は、言ってはいけない事のようです。


「黒の会は、身分に関係なく参加していましたから。色々な方がいますよ」

「それで、食堂の料理人まで参加してたってのか?」

「ええ」


 ティエルさんは、ご実家の食堂では姐さんと呼ばれていたそうですが。旦那さんと二人で、ご両親から受け継いだお店を切り盛りしている方です。


 本日の夕飯は、買ってきた食材のみで作ります。鶏肉と芋の炒めものに、ネギのスープ、焼き野菜、あとはパンと果物です。


 熱を加えるのは火ではなく、魔法を使いました。火が使えない場所でも調理できるようにと、黒の会で作った術式です。


「出来ましたー」


 テーブルに器を並べます。


「おお、本当に料理だ」

「私もベーサのお料理をいただくのは、初めてね」

「そういえば、そうですね」


 今までお出ししていた料理は、全てどこかで買ったものばかりです。手早く出せますから、便利なんですよね。


 炒めものもスープも好評でした。焼き野菜は、塩と胡椒だけで味付けしています。


「いい味ね」

「おう! うまいぜ、ベーサお嬢!」

「ありがとうございます」


 いつもと変わらないようで、ちょっとだけ違うように感じる夕食でした。

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