第三十三話 通路の出来事
ここから先は、拠点地がわからない状態です。少なくとも、十九階、二十階にはないんだとか。手探りでいくしかない状態です。
「それと、紅蓮組と風雷組の奴らに行き会わないようにしねえとな」
三人だけでここまで来ている事自体、普通じゃないそうです。……そうなんでしょうか?
「蜘蛛は俺が切ってるからいいとして、コウモリや鳥、植物なんかも結構厄介な魔物なんだぞ?」
蜘蛛以外は魔法で倒してきました。あ、十八階は速度重視で走り抜けたせいか、魔物は出ていません。そういう事もあるそうです。
十九階は、十八階までと同じ石造りの建物風ですが、窓はなく天井も低い状態です。これは……地下道でしょうか。
「あまりいい雰囲気の場所じゃないわね」
「まあな。何度来ても陰気くさい階層だよ」
本当に。長く居たら病気になりそうです。
しかもこの階、出てくる魔物がコウモリと蜘蛛だけなんだとか。蜘蛛、大きいのが出るんですよね? 人の子供くらいの。
こんな狭い通路に大きな蜘蛛……火を出さない自信がありません。
ちなみに、この階にも紅蓮組と風雷組の探索団がいる可能性があるので、隠蔽結界は張ったままです。
とはいえ、これだけ狭い通路ですと、すれ違ったら勘づかれそうですが。
「襲ってきたら、相手を眠らせてしまえばいいわ」
「ニカ様……それでは相手が――」
「自己責任よ。魔物と間違えたと思えばいいわ」
ニカ様の言葉に、カルさんも頷いています。
出来れば、二つの組の探索団には出くわしませんように。
ですが、そう願う時ほど、反対の事が起きるものなんですね……
「やべ。人がいる」
曲がり角の先を見に行ったカルさんが、こちらを見て下がるよう指示を出しています。どうやら、先にいる人達はこちらに来るらしいです。
ふと、背後からも人の気配が来る事に気付きました。
「カルさん、後ろからも人が来ます」
「何だって? 鉢合わせかよ……仕方ねえ。そこの扉を開いて、中に入ろう」
通路の真ん中には、扉が一つ。中には大きな蜘蛛。扉を開けて、中を確認した後にすぐ扉を閉めたばかりです。
あの中に、入ると?
「カルさん、両方の人達を強制的に眠らせるというのはどうでしょう?」
「落ち着けお嬢。蜘蛛は俺がどうにかするから」
「ですが」
「いいから入る!」
カルさんにより、強制的に扉の向こうへ放り込まれました。酷い。
部屋の中には、カルさんが両手を広げたくらいの大きさの蜘蛛がいます。真っ黒で、大きくて、毛むくじゃら。
ああ、そうです。蜘蛛もよく燃えますから、火炎槍で燃やし尽くしてしまえばいいんです。
そうです、そうしましょう。
「待て待て待てお嬢! もう切ったから! 消えたから!」
あら、いつの間にか、カルさんが蜘蛛を仕留めてくれたようです。ああ、良かった……
魔法で明かりを出し、室内を見回してみました。狭い室内には、何もありません。物置か何かでしょうか。
でも、床の一箇所にきらりと光るものがありました。蜘蛛を倒した際に出たものでしょうか。
「お、これが出るとは珍しいな」
拾ったものを見たカルさんが、嬉しそうに言ってます。
「それ、何ですか?」
「ああ、あのデカい蜘蛛を倒すと、希に出る品だよ。ほら」
渡されたのは、キラキラと光る糸です。錘に巻かれた状態ですね。
「この糸は高く引き取ってもらえるぞ」
何でも、この糸で織った布は王侯貴族にとても人気があるんだとか。ただ、糸があまり出回らないので布にするまでに時間がかかるそうです。
「この糸は森林型迷宮でもあまり出ないんだ」
森林型迷宮……確か、虫型の魔物が多く出るところですよね? 一生近寄りたくないです。
げんなりしていたら、扉の向こうから声が聞こえてきます。どうやら、前と後ろから来ていた人達が、扉の前でかち合ったようですよ。
「……何か、言い争ってますね」
「だな」
「早くどこかに行ってくれないかしら」
ちょっと気になったので、魔法で外の音を拾ってみました。
『だからあ! 一番上まで行ってる俺ら紅蓮組に道を譲るのが当然だろうって言ってんの!』
『はあ? 最上にいるのは風雷組に決まってんだろ! 嘘言ってんじゃねえよ!』
『そっちこそ、何言ってんの? 風雷組が最上だったのなんて、カビが生えるくらい昔の話じゃねえか』
『何だと!』
『何だよ』
……子供の喧嘩でしょうか? いくら狭い通路とはいえ、すれ違うくらいの幅はあるのに。
扉の外の言い合いは、ただの口げんかから段々と剣呑な雰囲気になっていっています。
「そろそろ武器が出る頃だな」
カルさんが、何でもない事のように言いました。
「……いいんですか? 放っておいて」
「いいんだよ。組の連中をまとめられない頭のいる組なんざ、どこもこんなもんだ」
それでも、どこよりも探索を進めている一番の組という看板は大きいようで、募集すればいくらでも人員が集まるんだとか。
結果、人の数は多いしそれなり探索の能力もあるけれど、常に周囲と問題を起こしている組が出来上がるそうです。
「迷宮の中は自己責任。余所の組の連中とやり合って死んでも、誰も文句なんざ言えやしねえんだ。唯一の例外は拠点地付近での人殺しだな」
迷宮で人が死ぬと、装備以外は全て消えてしまうそうです。まるで魔物のように。
それもあって、人目のないところでの殺人は罪に問われませんし、報復もされません。誰がやったかわからなければ、報復のしようもありませんから。
扉の外では、とうとう剣戟の音が聞こえてきました。
「おっぱじめたか。決着がつくまでは、外に出られないな」
「みたいね」
何だか、こちらも音を立ててはいけないような気になって、息を詰めてしまいます。
しばらくして、とうとう何も音がしなくなりました。
「……終わったんでしょうか?」
「どうだろうな」
「少し、気配を探ってみるわ」
あ、探査の魔法は相手に気取られる危険性が……今更ですね。音を拾うのに魔法を使ってますから、その時に勘付かれている可能性高いです。
「……誰もいないわね」
「生き残った方は立ち去ったか?」
「外に出てみましょう」
ニカ様が先に立って扉を開けました。廊下には、複数の装備が転がっています。結構多いですね。
「こりゃあ、相打ちだったな」
と言う事は、どちらも生存者なし、ですか。
「随分とくだらない事で命を落としたわね、彼等は」
「死ぬとは思ってなかったんだろうよ。ここまで上ってくる以上、腕には覚えがあるんだろうから。にしても……」
廊下に散らばる装備を眺め、カルさんが唸ります。
「どうかしたの?」
「いや……ここまで来るような連中が、こんな些細な事で余所の組の連中と衝突して、命を落とすなんて事、あるのかと思ってな」
「実際、起こったじゃない」
「そうなんだが……」
カルさんが言いたいこと、何となくわかります。彼等が衝突した裏には、何か他の要因があるんじゃないかって思ってるんですよね。
人の心を惑わせるような何か……それって。
「ニカ様。この階層、もしくは彼等は精神に何かの影響を受けていたかもしれませんよ」
「ベーサ」
ニカ様も、私が言わんとした事を理解してくださったようです。ですが、だとすると厄介ですね。
現在サヌザンドの王宮を支配している何か。それと同じものがもう一つ以上あるという事ですから。




