第三十話 まずはこちらから
ゼメキヴァン伯爵は先触れの手紙を出し、その後すぐに王宮に向かう事になりました。
リジーニア嬢の家から獣車を出してもらい、ティージニール嬢、リジーニア嬢、ゼメキヴァン伯爵、それにニカ様と私が乗っています。
「このような格好ですが、王宮に上がっていいのでしょうか?」
「構わん。私の方で調整する」
はあ、さようでございますか。本来なら、王宮に上がる際にはそれなりの服装が求められるのですが。
ニカ様も私も、上等ではありますが所詮狩りに着用するような服装です。とても王宮に上がる格好ではありません。
ティージニール嬢達も、私達よりはもう少しかしこまった場所に出られそうな格好ではありますが、やはり王宮向けのものではないのに。
それを、将軍である伯爵の一存でどうにか出来るとは。いえ、人目につかないよう、伯爵の執務室に入るのであれば問題ありませんね。
王宮には、使用人だけが使う裏道というものがあるのですし。……でも、オーギアンの王宮にもあるのかしら? 様式が違いますから、ちょっと気になります。
獣車は王宮に到着し、遠見で見ていた使用人が向かったのとは別の入り口前で降りました。
ここ、正面の入り口のようですが……いいのでしょうか? 周囲の視線も気になります。
ゼメキヴァン伯爵は一人構いもせず、先頭に立って歩いていきました。あの、もう少し歩幅を小さくしていただけると助かるのですが。
どうにか追いつき、離されずに歩いていると、どうも周囲の様子が変わってきています。
何と言いますか、王宮の奥に向かっているような……
「お、お父様、一体どちらに……」
「黙って付いてこい」
伯爵……それはいけません。ご自分の娘とはいえ……いえ、だからこそ、きちんとお話ししませんと。
伯爵の態度に、ティージニール嬢はすっかり萎縮してしまっていますよ。
もしかして、この二人の間が微妙でなければ、メヴィゼーニル夫人が悪さする隙もなかったのでは?
ちょっと、我が家の父を思い出してしまいます。少し頼りないところはありましたが、その分母の事も私の事もとても大切にしてくださいました。
ゼメキヴァン伯爵も、ティージニール嬢を大事にしてはいるのでしょうが、それを本人に気付かせてあげくなくては、意味がありません。
どうも殿方というのは、そういう部分を見せるのを恥ずかしがる方が多いですよね。普段は威張ってばかりのくせに。
王宮を進む事しばし。大きな部屋を抜けて美麗な階段を上り、扉をいくつもくぐり抜けた先に、その部屋はありました。
「おお、将軍。先触れで急ぎの話があるとあったが、どうかしたか?」
「お時間を頂戴し、恐悦至極に存じます、陛下」
陛下! いきなり王宮に連れてこられ、そして心の準備も何もなく他国の国王陛下に拝謁とは! 淑女の笑顔もこわばりそうです。
「して将軍。背後にいる者達は何者か?」
「は。こちらは我が娘ティージニールにございます。隣が我が配下クォンツバム子爵の娘リジーニア。そしてこちらの二人は迷宮探索者でベーサとニカと申す者達にございます」
あら? 私、いつ伯爵に探索者だと名乗ったでしょうか……多分、ティージニール嬢の手紙に記してあったのですね。
それにしても、探索者とわかっていていきなり国王の前につれてくるとは。ゼメキヴァン伯爵って、肝が据わっているというかなんというか。
そして、その事に何も言わないオーギアンの国王陛下もまた、計り知れない方ですね。
普通、いくら将軍が連れてきたとはいえ、一介の探索者に会おうとはなさいませんでしょう。
「陛下、本日午前に参りましたのは、見ていただきたいものがあるからです」
「ほう、一体何かのう?」
「ベーサ嬢、先程のものを」
え……ご自分の後妻の醜聞を、ここで見せろと?
それよりも何よりも、一国の国王の前で、素性が知れない者の術を披露してもよいとは。
ちょっと色々と心配になりましたが、伯爵がいいと言うのなら、お見せしましょう。
「では、失礼します」
記録媒体から記録済みの光景を引っ張り出し、音声と共に床に映し出しました。やはりこちらの方が見やすいですね。
「これは……」
最初は驚いていた国王陛下ですが、あまりの内容に段々眉間に皺が寄っていってます。
光景自体は短いものですから、すぐに映し終わりました。見終わった国王陛下は、深い溜息を吐いています。
「将軍、何と言えばよいのか……」
「いえ、陛下の御心を騒がせました事、ここに謹んでお詫び申し上げます」
「いや、よい。それよりも、夫人が何やら将軍に飲ませようとしていたようだが、大事ないか?」
「はい。幸い、待っている報せが届かず、ここ数日は自宅に戻っておりません」
「そうか」
あの薬包の中身は取り替えているので、飲まされたところで味が少しおかしく感じる程度だと思いますが。
「ニカ様、あの中身、お渡しした方がいいでしょうか?」
「そうね。一部だけ、手元に残しておいて」
「はい」
毒を手元に残せとは。ニカ様には、何かお考えがあるのでしょう。
「発言をお許しください」
「許す。申せ」
「ありがとうございます。先程、メヴィゼーニル夫人が手にしていた薬包、あの中身を小麦粉とすり替えております」
「何?」
「それで、中身がこちらにございます」
「何と!」
国王陛下とゼメキヴァン伯爵に見せる為、例の薬を魔法収納から取り出しました。
お二方とも、食い入るように見つめていますよ。
「これは、やはり毒なのか?」
国王陛下は、真剣な様子です。
「詳しく調べてはいませんが、おそらくはその類いかと」
「ふむ……こちらで調べてもよいか?」
「もちろんでございます」
なるほど、ニカ様が少し手元に残せと仰ったのは、こういう事があるからなんですね。
侍従が持ってきた銀の盆の上に薬を乗せると、恭しく一礼して部屋から退室していきます。別室で調べるのでしょう。
「さて、結果が出るまで、そなた達は全員ここより動かぬように」
いつの間にか、使用人達が部屋のテーブルに軽食を用意しています。そちらで待てという事ですね。
ちょっと重い雰囲気の中待つ事しばし。結果が出たようです。侍従が慌てて部屋に入ってきて、国王陛下に耳打ちしました。
「そうか」
小さくそう呟くと、国王陛下は重い溜息を吐かれます。
「即効性の毒物という結果が出た」
やはり、そうでしたか。ゼメキヴァン伯爵が、沈痛な面持ちで俯いています。
後妻とはいえ、妻に裏切られたのですから、衝撃も大きいでしょう。しかも裏切りの内容が内容ですしね……
「陛下。これを証拠にウーニット男爵を追い詰めたいのですが、お許しをいただけますか?」
「ふむ。先程のものがあれば、動かぬ証拠となろう。よい、許す」
「ありがたき幸せ! では、早速――」
「待て待て。娘達をここに置き去りにするつもりか?」
「あ」
ゼメキヴァン伯爵、私達の存在を忘れていましたね?
あの後、国王陛下の御前を辞し、再び獣車でリジーニア嬢の自宅へ向かっています。
「リジーニア、済まないが全て終わるまで娘を頼む。子爵は私と共にウーニット達を捕縛する任に就くから、自宅にはしばらく戻れん」
「承知いたしました、閣下」
「あなた方も、リジーニアと共にいてくれ」
「その事ですが、伯爵。こちらには、人に真実を語らせる術があるのですが、お入り用ではありません?」
サヌザンドでは、罪人が捕まり証拠が足りない時は、自白させる術式があります。司法の場でも多く使われているものです。
ちなみに、お父様には使われておりません。用意された証拠が十分あったからだそうです。用意周到ですよね。
話が逸れましたが、おそらくウーニット男爵もメヴィゼーニル夫人も、本当の事は言わないでしょう。
拷問で自白させる、という手もあるようですが、あまりいい手ではないと聞いた事があります。
でしたら、彼等に自白の術式を使えば、簡単に事実を聞き出せるでしょう。
ゼメキヴァン伯爵は、ニカ様の顔をじっと見ています。
「……対価はなんだ?」
「必要な時に、伯爵の力をお貸しください。ちなみに、ティージニール嬢からは既に依頼されて、契約は完了しておりますよ」
ニカ様の一言に、伯爵が一瞬ティージニール嬢を見ます。睨んでいる訳ではないのでしょうけど、伯爵は厳めしい顔立ちですから、ただ視線を送られただけで震え上がる程の迫力ですよ。
実際、ティージニール嬢は縮こまってしまいました。ああ、そんなに圧をかけてはいけないのに。
ゼメキヴァン伯爵は、軽い溜息を吐くとニカ様と私が同行する事を許可しました。
「我々は一度王宮に戻ってから支度をし、ウーニット男爵家と我が家を同時に抑える。あなた方はどちらに向かう?」
伯爵の問いに、ニカ様はまっすぐ前を見たまま答えます。
「では、ウーニット男爵邸へ。夫人の方は後でも問題ないでしょう」
男爵邸の方が、色々と探し甲斐もありそうですよね。
王宮を経由して、人数を増やしウーニット男爵邸へ。男爵邸は、王宮からかなり離れた場所にありました。おそらく、貴族街区でも外れの方でしょう。
ですが、門構えも屋敷の大きさも立派なものです。とても男爵の屋敷とは思えない様子でした。
「随分と立派なお屋敷ですねえ」
「男爵家は手広く商売をしているからな。儲けているのだろう」
つい呟いてしまったら、獣車に同乗していた伯爵の耳に入ったようです。何だか嫌そうに説明してくださいました。
貴族の方には、商売を卑しいものと位置づける人達がいるというのは知っています。ですが、ゼメキヴァン伯爵のは、また少し違うようです。
「まあ、儲けているとは言っても、随分とあくどい方法を使っているようだが」
「……夫人の実家、ですよね? それもご承知で、再婚されたのでは?」
車内の温度が、一気に下がった気がしました。いけません、つい言い過ぎてしまうのは悪い癖だと散々言われていましたのに。
ですが、そういた悪い噂のある家の娘とわかって、再婚したのは本当の事ですよね?
「伯爵、まさかと思いますが、再婚に関して男爵家に何か弱みでも握られていましたか?」
「バカな! ……いや、君達には関わりのない事だ」
ニカ様の問いに、伯爵は激高しました。まさか、本当に弱みを握られているとか、ないですよね?
もしあったら、この先の捕縛だの取り調べだのに支障が出ませんか?
「そうでしょうか?」
「何?」
ああ、また口を突いて言葉が出てしまいました。ですが、ここまで来たら言ってしまいましょう。
「本当に、関わりはありませんか? メヴィゼーニル夫人とウーニット男爵の企みごとを暴いたのは誰ですか? 夫人に殺されかけたティージニール嬢を助けたのは誰ですか? 弱った彼女を激励し、掴んだ証拠を元に父君であるあなたと対峙する場に同行する依頼を受けたのは? こうして伯爵に同行し、敵の悪事を調べようとしているのは、私達ではありませんか?」
「うぬう……」
大げさに言っていますけれど、こういう事は勢いです。
「夫人に関わる事で、他者に話す事は恥とお思いでしょうけれど、洗いざらい話すとすっきりするものだと申します」
「……」
ちょっとしたズルですが、自白効果のある術式をほんの少しだけ使いました。伯爵が話しやすくなるようにですよ。
「……正直、メヴィゼーニルとの結婚を決めたのは、恥ずかしながら彼女に一目惚れだったからだ。妻を早くに亡くし、娘と二人でやってきた自分にとって、彼女はあまりにも眩しかった。結婚出来た時は嬉しくて、マノアが生まれた時もこの上なく幸せだったというのに」
思わず、ニカ様と顔を見合わせてしまいました。確かに遠見で見た夫人は美しい人だとは思いましたが、そこまでですか……
それに、あの時のウーニット男爵との会話によれば、マノア嬢は伯爵の子ではないとか。二重三重の裏切りですよね。
獣車の外では、捕縛の為か騒ぎが起こっています。家人にとっては、降って湧いた災難でしょう。
ですが、それもこれも家の主が悪いので諦めてくださいとしか。
やがて騒ぎも収まり、縄で縛られた人達が鉄格子のはまった護送用獣車に乗せられていきます。
最後に、上等な服を着た家の主、ウーニット男爵が連れてこられました。相当抵抗したのか、服は所々破れ、髪も乱れています。
「来たな」
「外で聞きますか?」
「いや、この獣車で行いたい」
「承知いたしました」
魔法を使うので、場所は選びません。ややして、縄で縛られた男爵が獣車に乗ってきました。
「伯爵! これは一体どういう事ですか!!」
「心当たりはあるだろう。頼む」
最後の一言は、私に向けてのものです。では、始めましょうか。
「な……にを……」
自白の術式を使うと、相手の意識がもうろうとするんです。その隙に、聞きたい事を喋らせるものなので。
「男爵、貴様の屋敷に隠し部屋はあるか?」
あら、そこから聞くんですか。確かに、悪事の証拠なんて、表に置いておく訳、ありませんよね。
男爵からの返答は、「ある」という短いものでした。その後、隠し部屋の場所、開け方などを聞き出し、伯爵は全て部下に伝えて捜索させました。
押収した書類だけで、獣車が一台埋まる程だったんだとか。何とか応援の獣車を呼んで積み込み、やっと男爵邸を後にする事になりました。
あ、男爵自身は既に護送用獣車に乗り換えています。
「伯爵の殺害に関して、聞かなくてよろしかったのですか?」
「それは陛下の目の前で聞き出したい」
つまり、このまま再び王宮へ連れて行かれるという事ですね。ニカ様が何も仰らないので、素直に従っておきましょう。
まだ、メヴィゼーニル夫人の方もありますし。




