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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第三話 一緒に初めての野営

 山の道で襲撃されたのが、大体お昼過ぎくらいでしょうか。そこから移動し続けて、とうとう日が暮れてきました。


 ここまで、双方ほぼ無言で歩いています。二の姫様、思っていた以上に体力がおありですね。


 ですが、ここらで今夜の支度をした方がいいでしょう。


「二の姫様。今夜はここで野営をしようと思いますが、よろしいでしょうか?」

「そうね……でも、こんな場所でどうやって?」


 二の姫様の仰るように、ここはまだ木が割と生えている森の中。開けた場所ですらありません。


 野営には火を焚きますから、回りに延焼しないように木が生えていない場所を選ぶものです。


 ですが、問題ありません。ないのであれば、作ればいいだけですもの。


「少し、お待ちください」


 まずは手近な木を切り倒し、枝を打ってから魔法収納に入れます。なかなかいい太さの木ですねえ。


 魔法収納は、魔力で別空間を作り出し、そこに物を入れる術式の事です。魔力量が多ければ多いほど、収納容量は増えると言われています。


 さて、木を切り倒した後の切り株は、いい感じの椅子になりそうです。そこに魔法収納からクッションを出しました。


「二の姫、こちらで座ってお待ちください」

「……いいのかしら?」

「もちろんです。私、野営の準備は慣れておりますので」

「え?」


 驚く二の姫様を切り株に座らせて、ささっと野営場所を作ってしまいましょう。


 まずは切った木の枝を落として魔法収納へ。切り株も、現在二の姫様が座っている分を除いて、全て収納します。


 後でまとめて乾燥させましょう。そうすれば、薪に使えますから。


 穴だらけになった地面を均し、大小の石などを取り除き、場所は完成です。では枝と切り株を取り出して乾燥させ、切り株は細かく切り分けます。


 場所全体に結界を張り、中央に炉を切ってひとまず終了です。


「……凄いのね」

「慣れておりますから」

「慣れているだけで、これだけ手際よく出来るものなの……? それに、あなたの魔法収納、一体どれだけのものが入るのかしら……」


 手際の良さは、おそらくこなした回数だと思います。魔物討伐の遠征では、ここと似たような場所で野営をした事が何度もありますし。


 それに、魔法収納に関しては、私以上の容量を誇れる人は黒の君くらいでしょう。あの方は、私とは違い魔力量が無尽蔵のように思われます。


 それに、二の姫様の髪色を見るに、魔法収納の術式を習得すればかなり容量になると思われます。


 髪の色が濃ければ濃い程、魔力量が多いのですから。


 それにしても、宮廷では殆ど挨拶以外言葉を交わす事もなかった二の姫様と、このように近い場所で、しかも野営をする事になろうとは。


「二の姫様、空腹ではありませんか? すぐに夕食の支度をしますね」

「え? あなたがやるの?」


 二の姫様、とても驚いてらっしゃいます。まあ、私も一応伯爵家の娘、普通なら煮炊きなどはしない身ですから、当然かもしれません。


 ですが、ご安心を。


「既に出来ているものが収納の中にたくさんあります。魔物討伐の遠征の為に用意したものですけど、もう必要ありませんから」

「そ、そう……ね」


 いけませんね。私が国外追放になった事を、思い出させる事になってしまいました。


 決して、父の冤罪は二の姫様のせいではないのですけど。それでも、決定を下したのは王家という事になりますから、責任を感じてしまわれたのかもしれません。


「さすがに宮廷の晩餐にはほど遠いですが、これも野趣に富んで味なものですよ」


 慌ててあれこれ口にします。まあ、ほど遠いというのは本当なのですけど。さすがに野営で宮廷料理を出せるだけの用意はありません。


 出したのは、街中で売られているパンに焼き肉、スープのみです。パンは仲間が美味しいと言っていた店で買いました。本当においしいパンです。


 スープにはお野菜がたくさん入っていますから、味に飽きが来る事もないかと思います。


 木製の食器に盛り付けた料理を、設置した簡易テーブルの上に並べます。木製ですけど、カトラリーもありますよ。


「本当に、至れり尽くせりね……」


 まるで焼きたて、作りたてのような料理を前に、簡易椅子に腰下ろした二の姫様が呆然とされています。


「あ、食後にはお風呂を用意しますね」

「入浴まで出来るの!?」


 随分驚かれました。野営では、皆様汗や泥で汚れているので、ぜひ入浴したいと仰っていましたし。


 ですから、天幕一つを使って入浴施設を作ったんです。排水をどうするかで悩みましたが、黒の君が提案してくださった方法が大変都合が良かったので、そのまま採用させていただきました。


 大きなお皿の上に湯船やシャワーを設置し、流れ出た水はお皿の一箇所に集まるよう流れを計算します。


 集まった水は、浄化魔法で一挙に消すのです。この方法で、お風呂も難なく使えるようになりました。


 入浴施設を作る時も、仲間と散々議論をして実験したものです。懐かしいですね。


「浴室用の天幕は別個の結界を張っていますので、中の温度湿度が下がる事はありません。よく温まってください」

「あ、ありがとう……」

「タオル類や着替えなどは中に設置してあるタンスのものをお使いください。あ、汚れ物がありましたら、洗浄魔法を使いますので、出しておいてくださいね」

「もう……言葉もないわ……」


 何だか、二の姫様がぐったりなさっているのですが。やはり慣れない山歩きをなさって、お疲れなのでしょう。おいたわしい事です。


 本来なら、王宮の奥で多くの侍女達にかしづかれながらお暮らしになる方なのに。


 ですが! 不肖の私も貴族の娘の端くれ。王宮侍女のような手際の良さはありませんが、少しでも二の姫様が快適に過ごせるよう、誠心誠意お仕えする所存です。


 とはいえ、さすがに入浴の介助まではちょっと。やりきる自身がありません。野営の時は、私も一人で入りますし。


 渡した寝間着用の大きめシャツを手に、二の姫様が入浴用天幕に入っていかれます。その姿を確かめて、先程まで二の姫がお使いになっていた切り株の椅子に腰を下ろしました。


 今頃、お父様はどうしてらっしゃるでしょう。お寒い思いをなさってはいないでしょうか。季節は春とはいえ、鉱山ではまだ夜は寒いかもしれません。


 お母様は、きっと修道院での生活に慣れ親しんでおられるでしょう。ジッシラ女子修道院は、その昔お母様が教えを受けた修道院だと聞いています。


 貴族の娘は大抵二年ないし三年は修道院で生活をし、神の教えを受けるものです。


 ジッシラ女子修道院は、積極的に貴族子女を預かっているそうですから、今もお母様の後輩に当たる令嬢達と過ごしているのではないでしょうか。


「……そう考えると、私は型破りな娘という事になりますね」


 実は私、修道院での教育を受けていないのです。その暇がなかったと言いますか。


 黒髪に生まれつきました故、早いうちに一般教養と共に魔法の教育を受けました。しかも、黒髪の者だけが入る事を許される「黒の会」にも入っていましたし。


 そちらでの活動が主軸になりましたので、実は社交界にもあまり出ていません。デビューは済ませているのですけれど。


 黒の会では、国内のあちらこちらで発生する魔物被害を解消する活動を主に行っていました。何せ魔力量は多い人達ですから、移動であれ討伐であれ本当に一瞬です。


 周囲に影響を与えないよう討伐する方が難しく思える程でした。


 高火力で焼いてしまえば、大抵の魔物は消し炭になるんです。その代わり、周囲の土地が使い物にならなくるという問題が発生しまして。


 場所によっては、高火力の術式を封印せざるを得ない事もありました。


 ですが、そんな苦労も皆様との工夫で乗り越えると、先には途轍もない達成感が待っているものです。あのやりきったという感覚は、他で味わった事はありません。ああ、あの感覚をもう一度……


「いけませんいけません。今の自分の立場を振り返らなくては」


 黒の会の方々は、今頃何をしているでしょう。出来れば、黒の君から事情を説明していただけると助かるのですが。


 いえ、たかが伯爵家の娘が、黒の君を私用で使おうなどとおこがましい事を。反省しなくては。


 一人あれこれ考えていたら、二の姫様がお風呂から上がられたようです。


「あの……お風呂、ありがとう」

「まあ、二の姫様。気付かずに申し訳ありません」


 いくらタオル類の置き場所をお教えしたとはいえ、本来は全て侍女に任せる方ですのに。湯上がりのお支度くらい、手伝うのでした。


 ですが、二の姫様は少しだけ苦い笑いを浮かべておられます。


「いいのよ。それと、その呼び方なのだけれど……」

「はい」

「そのままではこの先、不審に思われるでしょう。これからはニカと呼んでちょうだい」


 ニカ。おそらくは、ヴェルソニカの愛称なのでしょう。


「ですが……」

「いいのよ。この名で呼ぶ人は、もういないから」


 王族を愛称で呼ぶなど、普通は許されるものではありません。二の姫様……いえ、ニカ様をそうお呼びした方は、おそらくニカ様の母君だと思います。少し前に身罷られたと聞きました。


「……では、ニカ様と。私の事はベーサとお呼びください」

「そういえば、兄上もそう呼んでらしたわね。でも、あなたの名前は……」


 う……まさか、ここでニカ様に突っ込まれるとは。私のこの愛称に関しては、ちょっと人様に言いたくない事情があるのですが……


 ですが相手は王族であるニカ様、致し方ありません。


「その……幼い頃に舌が回らず、自分の名前を『レアンベーサ』と言っていたそうでして……その様子が子供らしく愛らしいと、両親がそのまま愛称として呼び始めたのです」

「まあ……ふふふ」


 ああ、やはり笑われてしまいました。ちなみに、これを黒の会の遠征の夜に話したら、その場で大笑いされた経験があります。


 あの夜の事だけは、生涯忘れないでしょう……黒の会ではそれは幅広く、また濃い教えを受けましたけれど、一番記憶に残る出来事がこれというのも大変微妙です。


「わ、私もお湯をいただいてきますね。この場には結界が張ってありますから、野生動物も魔物も入ってこられません。安心してお過ごしください。洗い物は、こちらで全てですか? 自分の分と一緒に洗浄しますね!」


 逃げるように天幕に入りましたけれど、ニカ様はお一人で心細くないでしょうか。


 私は初めての遠征の夜、自分の寝床に入ってもなかなか寝付けませんでした。それまでは両親の元で、ぬくぬくと過ごしていたのですもの。


 怖いし不安だし心細いしで、毛布にくるまって泣いてしまいました。翌朝、会の皆に軽く笑われましたけれど。


 本当に、すぐに慣れましたね。私という娘は、案外図太いのだとあの時知りました。


 風呂桶の湯を抜き、さっと洗浄してから新しい湯を張って、洗い場で体を洗ってからそっとお湯に入ります。


 ああ、この温かさに体の疲れがしみ出していくようです。これで今夜もぐっすり眠れる事でしょう。


 明日も山越えの為に歩かなくてはなりません。


  ……いっその事、山を移動する為の術式、何か考えようかしら。

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