第二十九話 真実を見せる時
話が終わって気付いたら、窓の外が大分暗いです。いつの間に……
そういえば、今日はお昼を食べ損ねました。空腹です。宿の夕飯まではまだ間がありますから、お茶と茶菓子でも出しましょうか。
「あの、出来たら早く父の元へ行きたいのですが」
「この時間帯に、都区へ出る獣車ありますか?」
「あ……」
迷宮区から都区へ向かう獣車は、お茶の時間くらいに終わってしまうそうです。焦る気持ちはわかりますが、全ては明日に回しましょう。
「ベーサ、出来れば彼女達の監視、続けてほしいのだけど」
「お任せください」
毒が効かないとわかったら、もっと直接的な行動に出るかもしれません。監視は大事ですよ。
ティージニール嬢達は落ち着かない様子ですが、今日はもうお風呂に入って眠った方がいいです。
「とても眠れそうにありません……」
「それでも、体を横にして目を閉じているだけでも休まるそうです」
以前、黒の会で教えてもらいました。ティージニール嬢達は半信半疑ですが、今は疑うよりも休むのが先決です。
翌朝、二人はニカ様や私よりも早く目を覚ましていたようです。
「眠れないかと思ったのですが……」
「ぐっすりと寝てしまいまして……」
催眠の術式がしっかり効いたようですね。ちゃんと覚醒の術式も使いましたから、眠りっぱなしという事もありませんし。
もちろん、これは黙っておきます。寝不足のまま、敵と対するなんてやってはいけない事ですから。
朝食の後に、出発です。都区行きの獣車は、一定間隔で発車するそうなので、特に時間表を見なくてもいいんだとか。便利ですね。
迷宮区から出る獣車は、都区の入り口までしかいかないそうです。その後は、街中を走る獣車に乗り換えなんですって。
「ゼメキヴァン伯爵邸の近くまで行く獣車はありますか?」
私の質問に答えてくれたのは、リジーニア嬢でした。
「いえ、基本的に、貴族家は自前の獣車を持っていますから、巡回の獣車は貴族の屋敷が建ち並ぶ区画の中は通りません。入り口まででしたら、あります」
都区はしっかり区画整理がなされた街で、貴族は貴族街区と呼ばれる区画にしか住んではいけないそうです。
中でも、ゼメキヴァン伯爵邸は貴族街区の最奥、王宮の側にありますから、入り口からは大分歩く事になりそうですね。
とにもかくにも、まずは都区へと向かいましょう。
迷宮区の乗り場から都区行きの獣車にのりしばらく。どこにも寄らずに都区の入り口に到着しました。
この獣車、都区と迷宮区の間だけを行き来するんですって。
「意外と早いですね」
「隣ですもの」
そういえばそうでした。王都に到着してからずっと迷宮区にいたせいか、都区はもっと遠い場所のように感じていたようです。
獣車を乗り換え、貴族街区へ。都区の街中は綺麗で、住みやすそうです。
迷宮区では道……というか、塔の周辺は舗装されていませんけど、都区の方はどこも綺麗に石で舗装されているようです。
おかげで獣車もあまり揺れません。迷宮区の巡回獣車は、ちょっと揺れるんですよね……
「もうじき、貴族街区に到着します」
都区の中を走る巡回獣車は、下りるところで声を掛けるそうです。料金は乗り込む際に一律で大銅貨二枚を支払っているので、どこで下りてもいいんですって。なかなかいい仕組みです。
貴族街区の入り口付近で獣車を降りました。周囲に人はいません。区画の入り口には、大きな鉄製の門と門番がいます。
「ここに入るには、許可が必要なのでしょうか?」
「この先にある王宮の為の警護ですので、不審者は入れません。お二人は、一応私達の客人という形にしておきます」
ティージニール嬢はそう言うと、門番に話しかけ、何やら小声でやり取りを始めています。
少しして、門番が大きな門の脇にある小さな門を開けてくれくれました。こちらを通るようです。
「ここが貴族街区です。本当でしたら、我が家の獣車を呼ぶところなのですが……」
ティージニール嬢が、申し訳なさそうに縮こまっています。大丈夫ですよ。私は黒の会で歩くのには慣れていますし、ニカ様もここ最近のあれこれで大分体力がついたと仰っていましたし。
平坦な石敷の道を歩くくらい、どうってことありません。笑顔でそう言ったら、何故かティージニール嬢がさらに縮こまってしまたのですが、何故でしょう?
門から続く大きな通りを歩きつつ、これからの事を小声で相談します。
「そういえば、本日ゼメキヴァン伯爵はご在宅なのかしら?」
「いいえ、この時間でしたら、王宮の執務室にいると思います」
ふむ。では、手紙なり何なりで帰宅を促さなくてはいけませんね。ご当主である伯爵の目の前で、敵の本性を暴かなくてはいけません。
それを提案したところ、ティージニール嬢が慌てています。
「で、ですが、父は仕事中で――」
「現在、この国はいずこかの国と交戦中ですか?」
「え? いいえ」
「ならば問題ありません。平時の軍の将軍など、いてもいなくても変わりませんよ」
「ええええ?」
さすがに言い過ぎましたが、緊急時でないのなら娘の為にずる休みしたところで国には影響しません。
将軍本人の評判は下がるかもしれませんけど。
でも、元はといえばあのような性悪女を家に入れた伯爵の罪です。おかげでティージニール嬢がいらぬ苦労をしているのですから。伯爵は甘んじて悪評を受けるべきです。
「まずは使用人の方をこっそり呼びだして、手紙を書いて届けてもらうのはどうでしょう?」
「それでしたら、我が家においでください。そちらからティーゼに手紙を書いてもらい、我が家の使用人に閣下まで届けさせます」
「なるほど。では、いっそそこで伯爵と落ち合った方がいいのではありませんか? 一緒に帰れば、敵も驚くでしょう」
「いいですね! では、参りましょう!」
やる気のリジーニア嬢に、ティージニール嬢が引っ張られています。
「ニカ様。勝手に動きました事、お許しください」
「構わないわ。ここから先は、ベーサの力頼りですもの。あなたがいいと思うようになさい」
「ありがとうございます」
ニカ様からのお許しも出ましたので、頑張っていきましょう!
リジーニア嬢の家は、門から続く大通りから一本奥に入ったところにありました。
閑静な住宅街……といったところでしょうか。それなりの大きさですが、周囲には同程度の屋敷が続いています。
「周辺は、同じ軍に所属する騎士の家です」
リジーニア嬢は、屋敷に招き入れながら教えてくれました。なるほど、お仲間が固まって暮らしているのですね。
ティージニール嬢の家は、ここよりも王宮に近い場所のようです。それに、大通りに面しているのだとか。
さすがは将軍の家と言うべきでしょうか。
「さて、ティーゼに手紙を書いてもらいます。閣下が王宮からこちらにいらっしゃるまで時間がありますから、こちらでおくつろぎください」
通されたのは、客間です。大きな窓からは、自然のままの庭が見渡せます。
屋敷の庭は、その家の力を表すもの。人の手は入ってますが、木々はあるがままに置かれているようです。
力強さを感じますね。美しく整える事こそが最上とするサヌザンドとは、また違う趣の庭です。
「ベーサ、抜かりはなくて?」
「もちろんです」
ティージニール嬢やリジーニア嬢を信じていない訳ではありませんが、彼女達の周囲は疑っています。どこまでメヴィゼーニル夫人と繋がっているか、わかりません。
最悪、夫人に暗殺されかかっているゼメキヴァン伯爵でさえ、敵である可能性もあるのです。
その為、自分達の安全はもちろんの事、ティージニール嬢達の安全にも気を配らなくては。
まずは、彼女達が王宮に送る手紙を使って、ちょっと王宮のゼメキヴァン伯爵を覗いてみましょう。
遠見でティージニール嬢を見てみると、ちょうど手紙を書き上げたところのようです。
遠見の対象を手紙に切り替え、後は王宮にいるゼメキヴァン伯爵の手に渡るまで待ちましょう。
私達がいる客間の床には、運ばれていく手紙の様子が映し出されています。
「さて、無事伯爵の手に渡るかしら」
「その前に、手紙を受け取った人物がゼメキヴァン伯爵がどうか、私達では判別出来ません」
「それもそうね。やはり、本人がここに来るまで待つより他ないわ」
私は手紙を受け取ったゼメキヴァン伯爵が、こちらにちゃんと来てくるかどうかも疑っていますけど。
映し出される光景が、どうやら王宮に変わったようです。美しい内装ですね。
「やはりサヌザンドとは違う様式ね」
「そうですね。白を多用しているようです」
サヌザンドの王宮は、使っている建材のせいか黒と茶が基本です。その中に金や銀の装飾が入っています。
ですが、オーギアンの王宮は全体が白で、そこに金をふんだんに使っているようです。こちらは明るくて華やかな印象を受けます。
手紙はとうとう、ティージニール嬢の父君であるゼメキヴァン伯爵と思しき人物の手に渡りました。
灰色の髪に灰色の口ひげ。険しい表情なのは、さすが将軍職というべきでしょうか。
彼は受け取った手紙に首を傾げ、封を開けて中を読んで驚愕し、手紙を握りしめたまま部屋を飛び出しました。
「……ティージニール嬢は、一体何を書いたのかしら?」
「わかりません」
謎ですよね。何を書けば、ゼメキヴァン伯爵があれ程慌てるのでしょうか。
光景の中の伯爵は、どうやら馬に乗ってこちらに向かっているようです。王宮を出て大通りを進み、一本奥へと入りました。
程なくして、玄関の方から騒動が聞こえてきます。無事、伯爵が到着したようです。
額に浮かぶ汗も拭わず、不機嫌そうな男性は目の前で苛立っています。ゼメキヴァン伯爵。いかにもな軍人という風貌は、気の弱い女性なら恐怖で失神しそうな程の強面です。
「それで? このばかげた手紙を書いたのはティージニール、お前なのか?」
「はい……」
「リジーニア! お前が側に付いていながら、何故このようなものを書かせた!」
「閣下、私達の話をお聞きください!」
「聞く必要などない! ふざけた事を書きおって……」
客間から使用人に案内され、伯爵達がいる応接間の前に来ました。扉越しにでも伯爵の怒声が聞こえます。
案内してきた使用人がおろおろしていますよ。
ニカ様を見ると、軽く頷いてらっしゃいます。これは、やってよしという事ですね。
私は無作法にも、魔法で扉を思い切り開け放ちました。まあ、室内の三人が驚いた顔でこちらを見ていますよ。
「ごきげんよう、ゼメキヴァン伯爵……でいらっしゃいますね。私、ティージニール嬢に頼まれて、伯爵にお見せしたいものがあって参りました」
「な……何者だ!?」
「某国の伯爵家の娘にございます。国名と家名を名乗るのはご容赦くださいませ」
「はあ?」
「まずは、こちらをどうぞ」
有無をも言わせず、例の記録を壁に映し出しました。夫人達を上から見た光景ですから、床でなく壁に映すとちょっと変な感じに見えますね。
音声も最初から流していますので、まず最初のティージニール嬢殺害の意思の辺りで伯爵がギョッとし、何やら怪しげな薬らしきものの場面でご自身の喉元に手をやり、マノア嬢の実の父親やらその後の夫人と男爵の様子に静かに怒りを溜め込んでいるのが見て取れます。
「以上が、メヴィゼーニル夫人のいない場所で伯爵に見ていただきたかったものです」
「……これは、本当の事か?」
「信じたくないのなら、信じなくても構いませんよ」
私の言葉に、ティージニール嬢とリジーニア嬢がぎょっとしています。淑女らしくないので、いけませんよ。
私は笑顔のままで続けました。
「その場合、伯爵とティージニール嬢の命が危うくなり、お家も乗っ取られる可能性が高くなりますが」
言い終わったら、伯爵も苦い笑いを浮かべています。
「それは、信じるより他ないという事ではないか」
「そうとも言いますね」
笑顔の私の言葉を受けて、伯爵は深い溜息を吐きました。
「……私は、あの二人に欺されていたのだな」
「お父様……」
「だがティーゼ、我が家の跡継ぎはお前だ。それはあれにも伝えている。……だからか」
やはり、そうでしたか。
「マノアと私との血縁関係を調べなくてはな。それと……君、名前を教えてくれ」
「では、ベーサとお呼びください」
「私はニカと」
「うむ。ベーサ嬢、ニカ嬢。先程の光景を、王宮で見せてもらえるかな?」
あら、王宮ですか? ちょっと話が大きくなったような……




