第二十八話 心中お察しします
家の後継者争いの為に、これ以上迷宮に入る必要はない。私が出したその結論に、ティージニール嬢は半信半疑ながら賛同してくれました。
「どのみち、私達だけではこれ以上塔に入る事は出来ません……」
ですよね。危険な事はしない方がいいと思います。
「向こうの情報を知りたいわね」
「探ってみますか?」
「頼める?」
「お任せください!」
遠見や盗み聞きの術式は、遊びでよく使っていたので慣れています。向こうの二人がぽかんとしていますが、ティージニール嬢には聞かなくてはならない事がありますよ。
「ではティージニール嬢、あなたの実家の場所を詳しく教えてください」
「え? ええ?」
よくわかっていないティージニール嬢がおろおろしていますが、そんな時間も惜しく感じます。
都区の地図は出回っていないそうなので、即席ですが遠見で見えた光景を床に映し出しました。
「こ!」
「これは!?」
「怖くないですよ。ただの遠見の魔法の応用です」
ちゃんと説明したのに、怖い物でも見るような目で見てくるのは、酷くないですか?
何とか家の場所を示してもらい、早速探ってみましょう。床一面に広がっていた王都の風景が一箇所に集中していきます。ティージニール嬢に教えてもらった、ゼメキヴァン伯爵邸です。
大きな建物が王宮でしょうから、そのほど近くにある伯爵邸は、王家の信任厚い家だと知れます。
大体、王宮の近くに住めるのは、上級貴族や国王陛下の寵臣が殆どです。これは、どの国でもあまり変わらないようですね。
ゼメキヴァン伯爵邸は、王都……都区の中でも大きめの邸宅のようです。人の気配を探りながら進んでいきましょう。
「あ!」
ティージニール嬢達の口から、声が漏れました。今床に映っているのは、三十後半くらいの女性と、四十前半くらいの男性です。
「女性は、メヴィゼーニル夫人かしら?」
ニカ様の問いに、二人は無言で頷きます。
「では、こちらの男性は? あなたの父君?」
「いいえ! ……失礼しました。あれは、夫人の兄のウーニット男爵です」
「そう……ベーサ、声を聞ける? それと、記録の準備を」
「はい」
黒幕二人が一緒にいるといういう事は、悪巧みをしている可能性、大ですからね。
魔法収納から、八面体の水晶を取り出します。これが、記録媒体なのです。私が開発したものではなく、黒の会の方々が案を出し合って作成したものです。便利なんですよね、これ。
おっと、媒体を記録状態にして、音声と光景を記録しなくては。
『……だなんて、当てが外れたわ』
『まあ、最初からあわよくば、という程度だったからな』
『ふん! あのまま塔の中で死んでいれば良かったのに』
思わず、ティージニール嬢達を見てしまいます。二人とも、顔がこわばっていました。
どう考えても、メヴィゼーニル夫人の口から出て来た言葉は、彼女達の死を望むものですからね。
それにしても、やはり塔に向かわせたのは、死なせる為だったとは……ニカ様の読みが当たってました。
でも、ちょっとおかしくないですか? 夫人達がこう言っているという事は、二人が無事に塔から出た事を既に知っているという事ですよね?
誰から、その情報を得たのでしょうか? 迷宮区に、彼等の手の者が多く居る? もしくは、金銭で簡単に情報を売る者がいるのかも。
そんな事を考えていたら、とうとう遠見の中の二人は、とんでもない事を口にしました。
『まあ、あの小娘が帰ってくる前に、これをあの人に飲ませてしまえば』
くすくすと笑うメヴィゼーニル夫人の手には、白い薬包が。どう考えても、普通の薬には見えません。
笑うメヴィゼーニル夫人に対し、ウーニット男爵も嫌な笑みを浮かべます。
『しかも、それをあの娘のせいにするのだろう? 悪い女だ、お前も』
『あら、それはあなたもでしょう? あなたの娘のマノアを、この家の跡取りにさせようとしてるのだから』
言っている内容も酷いですが、その後がもっと酷いです。二人は抱き合い、口づけを交わしているではありませんか。
あの……この方達、兄妹なのですよね?
恐る恐るティージニール嬢を窺うと、信じられないものを見たと言わんばかりの様子です。お気持ち、察します。
「ベーサ」
「はい」
「ここから、彼女の手の中のものをどうにか出来る?」
「えーと……少しお待ちください」
確か、魔法収納の中に小麦粉があったはず……ありました!
「あれは、おそらく毒でしょうから、この小麦粉と中身をすり替えておきましょう」
「お願いね」
「お任せください」
遠見で位置はわかっています。ちょっと違和感があるかもしれませんが、大丈夫でしょう。
無事、薬包の中身だけを入れ替えました。一瞬メヴィゼーニル夫人が薬包を見ましたが、少し首を傾げただけで問題はないようです。
入れ替えた薬包の中身は、さらりとした白い粉でした。手に持つのが嫌なので、小さな結界を張ってその中に入れておきます。
「それは……」
振るえる声で、ティージニール嬢が聞いてきました。
「毒でしょうね」
「毒……」
「後が残らないものなのかしら」
サヌザンドでしたら、毒を検出する術式がありますからね。そもそも、毒耐性を付ける術式がありますので、毒は暗殺に使われません。
「……お願いがあります!」
ずっと静かだったティージニール嬢が、顔を上げてニカ様に向き直ります。
「何かしら?」
「先程の光景、それに今手に入れたその毒を、譲ってもらえませんか!?」
「何に使うの?」
「父に渡します。そうすれば、父も目を覚ましてくれるはずです」
ティージニール嬢の父君を私は知らないので、今の記録と毒を渡してどういう反応をするか、判断出来ません。
ニカ様も同じように思ったようです。
「そうならなかったら?」
「え?」
「全てあなたがでっち上げたまがい物だと言われたら? 少なくとも、メヴィゼーニル夫人はそう言ってあなたの父君に泣きつくでしょう。そうなった場合、相手を言い負かす事が、あなたに出来る?」
「それは……」
ティージニール嬢も、自分で無理だと判断しているようです。これまでの行動を見るに、その自己判断は正しいと思います。
ただ、私にも相手を言い負かす事は出来ないでしょうねえ。出来る事は、魔法でぐうの音も出ないように自白させる程度……あ。
「ニカ様」
手があります、と言おうとしたら、ニカ様はそっとご自身の唇に人差し指を当てておられます。今は言うべきではないという事ですね。
「出来ないというのなら、渡す訳にはいかないわ」
「でも!」
「せっかくの証拠よ? うまく使うよう考えなさい」
ニカ様に言われたティージニール嬢は、呆然としています。まさかこんな返答が来るとは、思っていなかったんでしょうね。
それにしても、どうしてニカ様はこんな教育を施すような事をするのでしょうね?
ティージニール嬢は、おそらくこのまま実家を継いでも、婿入りする方に全て任せてしまうでしょう。
ある意味、それは幸せな事だと思います。多分、周囲の誰もがそれを望んでいるのではないでしょうか。
ニカ様も、それは承知の上だと思うのですけど……
リジーニア嬢が、ティージニール嬢を慰めるように声をかけています。
ティージニール嬢は、このまま諦めてしまってもいいんです。厄介な後妻に関しては、ここまでやった以上ニカ様が動かずとも、私が単独でも行動します。そのくらいは見逃していただけるでしょう。
そうすれば、家内の問題は一掃、ティージニール嬢は跡取り娘として婿取りをすればいいんです。その相手は、父君が選んでくださるでしょう。
「……改めて、お二方に依頼したい事があります」
ティージニール嬢は、決意を込めた目でニカ様をまっすぐ見ました。彼女は、諦めなかったようです。
「依頼の内容を聞きましょうか?」
「私達と一緒に、証拠を持って父の元へ行ってほしいんです。そして、私が夫人に言い負かされそうになったら、助けていただきたいのです」
「報酬は?」
「その……いかほどをお支払いすればいいのか、見当も付かなくて……」
「そうね。金銭でなくとも、必要な時に私達の力になってもらう、という事でどうかしら?」
「力に……ですか? 私などで、力になれる事があるかどうか」
「それを決めるのはこちらよ。どうかしら?」
「……お願いします」
交渉は成立のようです。




