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追放された令嬢は塔を目指す  作者: 斎木リコ


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第二十四話 目的のもの

 改めて、呪いを解く水を手に入れる為にも、団を組む事が決まりました。


「んじゃ、よろしくな!」

「こちらこそ」

「よろしくお願いします、カルさん」


 九階の拠点地を出て、塔を降りながらこれからの事を少し話します。


「そういや、しばらく塔に籠もるって話もあったよな? 追っ手がいるんだろ?」

「ええ。それなんだけど、先程までいた九階の拠点地なら、人もあまりこないし、籠もるにはいい場所じゃないかしら?」


 そうですね。不人気というだけあって、私達が使っている間に来た人は皆無ですよ。


 でも、カルさんが顔をしかめました。


「出来たら、あそこはやめてほしい」

「やっぱり、幽霊が怖いから?」

「そうじゃなくて! 俺の武器だと、あの階の連中には効果がないんだよ」


 確かに。物理攻撃のみのカルさんには、きつい階層ですよね。


「そういえば、聖銀の剣なら幽霊を斬れるんですよね?」

「聖銀がいくらするか、知っていて言ってるか? お嬢」


 私の質問に、違う方向からの返答がきました。そう言うって事は、それなりのお値段って事ですよね。


「……おいくらなんですか?」

「親指の先程度の大きさで、大金貨二枚だ」


 学費どころの騒ぎではありませんでした。余程気合いを入れてお金を稼がないと、買えない代物という事ですね。


「そんな高価なもので、剣を作るの?」


 ニカ様が首を傾げています。そうですよね。素材がそんなに高価だったら、聖銀の剣は一体どのくらいの値段になるのやら。


「剣そのものは、鋼で作るんだよ。で、刃の部分に聖銀をかぶせるんだ。普通の魔物は倒しにくくなるが、霊体には効果てきめんだぜ」


 幽霊特化の武器なんですね。にしても、そんな手段があるとは。世の中には、まだまだ知らない事がたくさんあるようです。


「参考までに、聖銀はどこで手に入れるの?」


 ニカ様、聖銀の剣を作るおつもりですか? もしかしなくても、カルさんの為に? ちょっと意外な気もします。


 王族が自分の騎士に剣を送る事は、よくある事です。よく働いた褒美として、実用性だけではなく、装飾品にもなる剣を下賜するんです。


 ですが、カルさんは騎士ではありませんし。そりゃここまで色々とお世話にはなりましたけど、こちらもそれなりに世話をしたように思うのです。


 その辺りを考えると、彼に剣を下賜するのは少し違う気が……。もしかして、別の理由からでしょうか。


 そんな事を考えていたら、カルさんからちょっと意外な言葉が出て来ました。


「ここで出るんだよ」


 ここって、迷宮でって事ですか? それとも、蒼穹の塔限定ですか?


 同じ疑問を持ったらしいニカ様が、カルさんに尋ねます。


「聖銀は迷宮から産出されるの?」

「ああ。この塔の十九階では年一程度で出るそうだ。ただ、一回に出る量が、それこそ針の穴程度の小粒でな」

「それであの値段なのね」

「それだけじゃない。迷宮産と言っても、特に大きな迷宮三つからしか出ないんだ」


 オーギアン国内には、三大迷宮と呼ばれるものがあるそうで、蒼穹の塔もその一つだそうです。


「他にホルグラスの緑園と黒龍の地下室があるぞ」

「緑園? 地下室?」

「ホルグラスの緑園は、森林型の中でも最大規模の迷宮だ。黒龍の地下室も、地下型の中では最大規模だな」

「だから、三大迷宮ですか」


 ちなみに、ホルグラスはオーギアン周辺の神話に出てくる神々の庭を預かる園丁で、黒龍も神話に出てくる魔神の化身だそうです。


「十九階で出るという事は、二十階以上を目指していけば、見つけられるかもしれないわね」


 ニカ様の言葉に、カルさんがちょっと顔を曇らせています。


「だが、十九階辺りは二つの組が幅を利かせているからなあ」

「あら、迷宮は彼等の私物ではないでしょう?」


 あちらの組は、それぞれ三十人以上の人数だと聞きました。その人数がいっぺんに襲ってくる事はないでしょうけど……そうなったとしても、多分返り討ちに出来ます。その自信は、あるんです。


 ただし、相手に魔法士がいないのなら、ですが。いた場合、相手の力量によっては負ける事もあるかと。


「カルさん、現在二十階を探索している組に、魔法士はいますか?」

「いるって聞いてる。だからこそ、連中は二十階まで上っているんだ」


 いるんですね……


「それがどうかしたか?」

「いえ、敵に魔法士がいると、戦術が変わりますので」

「おいおいおい、最初っからやる気満々かよ」

「ですが、戦闘になる可能性は高いのでしょう?」

「そこまでじゃねえよ。まあ、俺らが先に行くって知ったら、追っかけてくるかも知れねえけどな」


 やっぱり戦闘になるんじゃないんですか?




 とりあえず、塔を上るのは明日以降という事になりました。


「最短で行ける経路を考えないとね」

「そうですね。九階までは、数時間で行けますね」

「……お嬢達といると、世界が変わりそうだよ」

「そうですか?」

「どうかしら?」


 私達の返答に、カルさんが深い溜息を吐いています。どうしてでしょう?


「魔道具の方は、どうしますか?」

「現状、どうしても買っておきたいものはないわね。やはり、ベーサに頑張ってもらおうかしら」


 やっぱり、そうなるんですね……


「お嬢が頑張るって、何だ?」

「実はね」


 ニカ様から、私が魔道具の作り方を学ぶ学校に入るかもしれないという話を聞き、カルさんが驚いています。


「学校? 確かそれって、やたらと学費が高いところじゃなかったか?」

「……三年間で、中金貨四枚は覚悟した方がいいそうです」

「ん? って事は、後もう少しじゃねえか

「え?」


 カルさんは、何を言っているのでしょう? 話が通じていない様子の私達に、カルさんが首を傾げます。


「ほれ、盗賊やらお尋ね者やらの報償金、もらってるだろ? あれがあれば、学費の半分以上は出るぞ」

「あ」


 そういえば、ありましたね。現金はそのまま持っていると危険という事で、三人分を私の収納魔法に入れています。すっかり忘れていました。


「でも、あれは一人中金貨一枚程度じゃなかったかしら?」

「どうせニカお嬢はベーサお嬢の学費に使うんだろ? 団を組む以上俺も恩恵を受けそうだから、俺の分もそこに加える。そうすれば、残りは中金貨一枚だ。な? 何とかなりそうだろ?」


 カルさんたら、何でもない事のように言って。


 いえ、私もほんの少し前ならば、お金の心配をするような生活はしていませんでした。


 国で安穏と暮らしていた頃は随分と遠いように思えますけど、ほんの少し前の事なんですよね。


 国を出てからの毎日が濃すぎて、一日が一月程の感じます。


 感慨に耽っていたら、ニカ様の声が耳に入りました。


「待って。カルのお金もベーサの学費にするっていうの? それは――」

「待った! さっきも言ったろ。俺にも恩恵がある。だからこれは……そう、先々の為の金だと思ってくれ。無事ベーサお嬢が魔道具を作れるようになったら、もの凄い道具を作ってもらうからさ」


 笑うカルさんに、ニカ様もそれ以上言えません。それにしても、カルさんの言う凄い魔道具って、どんなものなんでしょう? 想像も出来ません。




 塔の前でカルさんと別れます。明日は朝に塔の前で落ち合う事になりました。


「俺の方は、特に用意するものはないんだな?」

「ええ。あ、団を組むのに、届け出とかは必要?」

「ああ、それは俺の方でやっておく。まあ、形式的なものだから、そこまでがっちりとはしていないんだが」


 手続き自体は、書類を一枚提出するだけだそうです。別に法的拘束力がある訳でもないので、本当にただの届け出なんだとか。


 手を振って協会に向かって歩いて行くカルさんを見送って、ニカ様に向き直ります。


「とりあえず、収納魔法の中には、向こう二ヶ月分くらいの食料と飲み水が入ってます」

「それは、二人分?」

「いいえ、実は七人分です」


 私の返答に、ニカ様は一瞬驚かれましたが、次いでくすりと笑われました。


「そうだったわ、黒の会は七人だったわね」

「ええ。一番若い私が荷物持ちをするように、と言われまして」

「それは誰に?」

「もちろん、黒の君です」

「兄上ったら……でも、それなら食料を買い足す必要はないわね。食器なども人数分、あるのよね?」

「ええ。収納魔法の中に入れたままですから、重さもありません」


 入れる時には洗浄魔法と浄化魔法を使って綺麗にしてから入れます。中の時間は止まっているとはいえ、やはり汚れたまま入れるのは嫌ですから。


「着替え……も、特には必要ないわね」


 そうですね。着たままでどちらの魔法も使えます。これまでの野営でも、使ってました。


「本来は黒の会の会員用に備えたものでしょうに。使わせてもらうのは、少しだけ気が引けるわね」

「問題ありませんよ。黒の会の方々なら、新しいのを買って入れておけば文句は出ません」


 ある意味、おおらかな人達ですからねえ。


 私達は巡回獣車に乗って、星の和み亭へ戻りました。


「女将さん、今までお世話になりました。明日の朝、宿を引き払います」

「おや、そうなのかい? これまでご利用、ありがとうございました。余所の街にでも、行くのかい?」

「ええ、まあ」


 ニカ様が返答をぼかしたのは、万が一にも襲撃者に情報が漏れないようにです。


 まあ、漏れたところで塔の中まで追いかけてくるかどうかは、謎ですけど。


 しばらく戻らないだろうから、最後のつもりで星の和み亭の夕飯とお風呂とお部屋を堪能しておきました。




 朝、塔の前にはもうカルさんがいます。


「お、来たな」

「待たせたかしら?」

「いや、それ程でもねえよ」


 まあ、そう言うって事は、それなりに待ったという事ですね? 昔、お母様から聞いた事があります。


 待ち合わせで殿方が先に来ていた場合、かなり前から待っていた可能性があるんですって。


 ……お母様とお父様も、結婚前に外で待ち合わせて街歩きなどをなさったのかしら? 確か、お母様達がお若い頃は、王都の中心にある公園を中心に散歩などを楽しんだそうですから。


「では、参りましょうか」

「ええ」

「おう」


 さあ、呪いを解く水を求めて、蒼穹の塔を上りましょう。

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