第二十一話 見定める
サーワンド伯であるお父様は、冤罪により鉱山での強制労働を課せられている最中です。
それもあって、早く冤罪を晴らしに国へ帰りたかったのですが……
何がどうして、黒の会の方々がお父様の元にいるのでしょう?
「ベーサの父サーワンド伯の罪は冤罪だと伝えたら、憤ったのが二人いてな。ファドスとレグンライドだ」
「え……ですが、レグンライドさんはまだしも、ファドス様は侯爵家ご当主ですよね?」
レグンライドさんは、元は農家の小作人でした。黒の会でご一緒するうちにファドス様と仲良くなり、後見になってもらい土地を得たんです。
まさか、そのお二人とは。
「さすがにファドスが表立って動く訳にはいかなかったから、レグンライドが鉱山に潜入してサーワンド伯の身辺警護についている。だが、その必要もなかったようだが」
「ど、どういう事でしょうか?」
「サーワンド伯は、随分と人好きのする御仁のようだな。鉱山労働者達に好かれて、日々元気に過ごしているようだ」
「え……」
何でも、監視役の兵士達まで一緒になって、毎日のように元気に労働をし、日々の糧を得ているそうです。お父様……
「王宮から離れているのが、かえっていい結果になったらしい。今の王宮は、オリサシアンの意のままだからな」
「オリサシアン様……」
魔法ではない、何か妙な力を使って王宮を操るオリサシアン様。お父様の冤罪にも関わってらっしゃるし、一体どうしてそんな事を。
正直、婚約者といっても関係は薄い方でした。身分差もありますが、常にあの方から私を拒絶する意思を感じていたんです。
「……オリサシアン様がお父様を陥れたのは、私との婚約が気に入らなかったのが原因でしょうか」
ふと、口を突いて出ていた言葉でした。思った事をすぐ口にするのは、淑女の取るべき行動ではないと教えられましたが、私は度々やってしまいます。
今回も、深く考えての発言ではありませんでした。
ですが、私の言葉を力強く否定する声があります。
「それは違う」
「黒の君……」
「罪を犯したのも、それを他者になすりつけたのも、王宮を操っているのも、全て弟の弱さ故だ。ベーサに責任はない」
「ですが」
「あれにも言い分はあるだろうが、罪を犯した時点で言い逃れは出来ん」
相変わらず、黒の君は清廉な方です。そして、時折その強さが他者を傷付ける刃にもなる。そう仰っていたのは、ファドス様でした。
「ベーサ、兄上の言葉は正しいわ。オリサシアンに関しては、あの子の弱さが原因よ」
「ニカ様」
「オリサシアンが魔力の低さに劣等感を持っていた事は知っています。私に対しても、そうだったから」
……ただでさえ、ニカ様は母君のご身分が低く、王族内の序列が低い方。オリサシアン様にとっては、見下している相手の方が魔力が高いという、大変屈辱的な状況だった事でしょう。
私もそうです。王族であるあの方に嫁ぐのなら、本来伯爵家ではなく侯爵家辺りからになります。
ですが、陛下がお決めになった相手は、伯爵家の中でも家格が高くない私。ただし、黒髪で魔力量は豊富な娘。
陛下からも、魔力の少なさを懸念されていると思われたのでしょう。それも、あの方の劣等感を刺激したのではないでしょうか。
「ベーサ。誰でも他者に劣等感を抱く事はある。だが、だからといって誰もが犯罪に手を染めるわけではない。わかるな?」
「はい……」
「きっかけはあったのだろうが、悪い事だとわかっていて実行を決めたのはオリサシアン本人だ。その選択に、お前は関わっていない」
だから、責任はないのだと、そう仰る気持ちはよくわかります。それでも、何か出来たのではないかと考えてしまうのです。
これはこれで、私の弱さなのかもしれません。
しんみりとしてしまいましたが、籠の中の対鳥が可愛らしい鳴き声を上げました。見れば、その足には丸められた便せんが。
「カ、カルさんからの返事が届いたようです」
「何て書いてきたのかしら?」
開けて読んでみると「すぐに行く」とだけ書いてあります。
「え? すぐに? この近くにいるのかしら?」
ニカ様の声と同時くらいに、店に入ってくる気配が。あ、カルさんです。
キョロキョロと辺りを見回していますが……あ。結界、張ったままでした。一回解除しましょう。
「カルさん、ここです」
「お。……さっきから、そこにいたか? てか、そこ、席あったか?」
……結界を張っていた事は、黙っておきましょう。笑って誤魔化しつつ、席を勧めました。ニカ様が黒の君の隣に移ったので、私の隣の席が空いてます。
……黒の君を、どう紹介しましょうか? 悩んでニカ様を見ると、にっこりと微笑まれました。
「カル、彼は私の兄でレイヴロ。兄上、彼がカル=メルトです」
「ほう」
「へー、ニカお嬢の兄さんか」
何故でしょう? 二人の間に火花が見えるのですが。気のせいですよね。
「んで? 俺を呼び出したのは、何でだ?」
「あなたの剣に、兄が興味を持ったの。詳しい話を聞かせてくれないかしら?」
「剣? これか?」
いつも背中に背負っている大剣は、ただいま椅子の脇に立てかけられています。
「良ければ、見せてもらえないか?」
「構わねえが……」
カルさんは大剣を持ち上げると、斜め前に座る黒の君に渡しました。
「……抜いても?」
「構わねえが、ここ、店だぜ?」
「ベーサ」
「問題ありません」
再び、周囲からは聞こえない、見えないよう結界を張りましたから。
黒の君は大剣を鞘から抜き、上から下まで確認します。こうして見ると、確かに剣から何やら力が漏れ出ているのが見えますね。
今まで、カルさんが剣を抜いたところを見たのは迷宮内だけでした。そこでは、あの力は見えなかったと思うのですが……
「この剣は、呪われていると聞いたが、確かか?」
「ああ。お嬢達が証言してくれるだろうよ」
狼の姿も、そこから人間に戻るところも、見ましたからね。
「この剣を手に入れたのはどこだ?」
「そこの蒼穹の塔、十九階でだ」
「え? カルさん、十九階まで到達してたんですか?」
「おう。……言ってなかったか?」
聞いてませんよ。ニカ様を見ても、首を横に振ってらっしゃいます。
「そうか。いや、悪い悪い。この剣は十九階のクローゼットの中にあった箱に入ってたんだ。で、手に取ったとたん呪われた」
「カルさんの呪いって、狼の姿になる事ですよね? すぐに呪われた事がわかったんですか?」
「ああ、何て説明すればいいのかわかんねえけど、頭ん中に、どういう呪いかの説明みたいなのが、一瞬で流し込まれた感じがしたんだ」
呪いの説明……その中で、月の光を浴びると狼の姿に変わる、狼の姿でもう一度月の光を浴びると人間に戻るのが瞬時にわかったそうです。
狼から人間に戻る際、服を着ていない状態だというのは、説明に含まれていなかったんでしょうか。それとも、単純にカルさんが忘れただけかしら。
なんとなく、後者の気がします。
他にも、呪われた剣を手に入れた時の状況や、その後の事などをいくつか聞いて、黒の君は満足なさったようです。
「大変参考になった。礼を言う」
「いや、大した事してないんで」
気のせいでしょうか? カルさんが少し疲れているようです。まあ、黒の君があれこれと聞きまくってらっしゃいましたから、当然でしょうか。
後は時間も時間でしたから、四人で昼食を取り、今日は解散という事になりました。といっても、解散するのはカルさんだけですけど。
定宿に帰るというカルさんを見送り、三人だけになりました。
「さて、少しゆっくり出来る場所がほしい。出来れば、人の目がないところで」
「でしたら、あちらはいかが?」
ニカ様、笑顔で蒼穹の塔を示さないでください。まさか、黒の君まで探索者登録をさせるつもりじゃありませんよね?
……結果、本当に黒の君が探索者登録をしてしまいました。朝は長蛇の列だった登録受付ですけど、この時間帯は人がいません。験担ぎには、時間帯も含まれているんでしょうか。
ともかく、本当に探索者証を手に入れた黒の君と、再び塔の中へ。つい数時間前まで、ここにいたのに……
「これは……迷宮というのは、屋敷のようなものなのか?」
「ここがそうだというだけのようですよ。他にも、地下に潜っていくものもありましたし」
ニカ様が黒の君に説明しています。私達が最初に入った迷宮は、地下型でしたねえ。
来た道を戻るようなものですから、襲ってくる魔物は結界で排除し、足早に九階を目指します。
猫や犬はいいですけど、幽霊はどうしましょうね? あれだけは火炎槍で一掃しましょうか。
そんな事を考えつつ歩いていたら、あっという間に七階です。
「随分と暗いな」
「ここから出てくる魔物が幽霊になりますから」
「幽霊? 魔物なのにか?」
「そうらしいですよ。火がよく効きます。ねえ? ベーサ」
「はい! お任せください!」
やっぱり、火炎槍で一掃ですね!
「ベーサ、建物まで焼くなよ?」
黒の君、冗談でも酷いと思います。
とりあえず、目の前出てきた幽霊のみを火炎槍で消し、ガラス玉や水晶玉を拾って進む事しばらく。二回目だからか、割とあっさり九階の拠点地に辿り着きました。
「……普通に、部屋だな」
「窓はありませんけど」
「ここなら、魔物が出てこないと?」
「そうらしいです」
さて、黒の君とニカ様がお話ししている間に、魔法収納からテーブルと椅子を出しておきましょう。
明かりは七階に上ってすぐ出しておいたものがありますから、問題ないですね。
あとはお茶と茶菓子と……
「ベーサ、何をしているんだ?」
「テーブルの用意です。黒の君、茶菓子はクリーム系と焼き菓子、どちらになさいますか?」
「……焼き菓子で」
「承知いたしました」
黒の君、お酒もたしなまれますが、甘いものもお好きなんですよね。今日は焼き菓子との事ですが、クリームたっぷりのケーキもお好みなのは知ってます。
「わざわざそんな支度をしなくても……」
「まあ、黒の君。お話し合いには、お茶と茶菓子は必要ですよ」
場を和ませる為にも、絶対不可欠な品です。黒の君は訝しんでおられますが、ニカ様はわかってらっしゃいますね。
「兄上。ベーサの言葉は確かです。まずは席に着きましょう」
ニカ様に笑顔で促されては、さすがの黒の君もそれ以上何も言えないようです。
三人分のお茶を淹れて、私も席に着きました。
「さて。では、カルの剣を見て、どうでしたか?」
ニカ様の問いに、黒の君は渋い顔をしています。
「確実とまでは言えないが、おそらく、現在サヌザンド王宮を覆っている力と類似のものだ」
「では」
「ああ。オリサシアンは、どういう手を使ったかはわからないが、迷宮産の品を使って、サヌザンド王宮を支配下に置いている」
黒の君の言葉に、ニカ様も私も何も言えませんでした。




