第一話 踏んだり蹴ったりです
「サーワンド伯爵ウモクス・キュイド! 密輸入の罪により伯爵位及び領地、家財を没収の上、鉱山での労働刑を科す!」
目の前で宣言された事が、信じられません。お父様が、法に背くなんて。
「お、お待ちください! 私は決してそのような――」
「証拠がここにある。この契約書によれば、隣国エントから魔法タバコの原料として、禁じられているダード草を輸入。金銭にて即日支払ったとある」
「何かの、何かの間違いです! 私は!」
「証拠がある以上、有罪は確定だ。連れて行け!」
ああ、目の前で、お父様が兵士達に連れて行かれてしまいます。
「お父様!」
「ああ、ベーサ、私は、私は無実なんだ……」
泣きそうな顔のお父様。私は隣で今にも倒れそうなお母様を支えて、お父様を見送るしか出来ません。
なんて、無力なの!
「さて、サーワンド伯爵夫人並びに娘レアンウェーサ嬢。二人には伯爵との共謀の証拠がない。よって、罪人の家族としての刑を言い渡す。両名とも、三日以内に国外への追放処分とする! なお、レアンウェーサ嬢は第二王子オリサシアン殿下との婚約を白紙に戻しての追放となる。以上!」
あっという間に、宮廷での簡易裁判は終わってしまいました。残されたのは、私とお母様だけ。
出席なさっていた王族の方々、特に婚約者だったオリサシアン様は、こちらを見る事すらありません。
あの方が、私の事を疎んじていらした事はわかっていました。理由まではわかりませんが、多分最近お気に入りだという、あの子爵家の令嬢がいるからでしょう。
いえ、最初から、あの方は私を見てはいませんでした。所詮、王家と我が家との間で交わされた約束ごとに過ぎません。
ああ、だめ。呆然としている暇はないわ。私はともかく、お母様だけでも何とかしなくては。
王宮から追い出されるようにして、簡素な馬車に乗せられました。このままでは、お母様ごと追放されてしまいます。
「最後に、ジッシラ女子修道院へ寄ってください。神に祈りを捧げたいのです」
「……いいだろう」
馬車の周囲は、武装し騎乗した兵士で固められていました。国境まで、逃げ出さないようにでしょう。
ジッシラ女子修道院は、王都から少し外れたところにあります。ここは、代々の院長を王族の女子が務める習わしで、王家でも簡単に介入出来ない場所です。
だからこそ、ここを選びました。
「お母様、大丈夫ですか?」
「え、ええ。ごめんなさい、ベーサ。足手まといになってしまうわね」
「謝らないで。お母様が悪いのではないのだから。私の方こそ、ごめんなさい。上手くいっても、お母様を置いていく事になります」
「いいのよ。今の私に、国外で生きて行く術はありません。あなたの判断は正しいわ」
お母様の優しさに、涙が出そうです。これから私は何をするか、わかっているのに。
お父様は、本人も言っていたように冤罪です。あの人のいいお父様の事だから、きっと誰かに欺されてしまったのでしょう。
でも、それを証明する手立てがない。俯く私の視界に、ほつれた髪が数本、目に入りました。
両親どちらにも似ていない、黒い髪。今までは自慢の色でしたが、今となっては憎らしい色でしかありません。
こんな色、お父様もお母様も救えないのでは、意味がないではないの!
女子修道院には、外から来る参拝客用に、聖堂が開けられています。石造りの、立派な聖堂。
女子修道院という性質上、見張りの兵士達も中までは入れません。そして、神に祈る行為を妨げる事は、誰にも許されていないのです。
だからこそ、ここに来ました。
「お祈りの方ですか?」
「いいえ、母を、修道院でお預かり願いたいのです」
「……話を聞きましょう」
ジッシラ女子修道院の始まりは、結婚を強要された王女様が逃れる為に造ったと言われています。その為、ここでは俗世で虐げられた女性を多く受け入れているのです。
その中には、犯罪者の家族もいるのだとか。
私は、母共々聖堂を出て修女達が暮らす建屋の入り口の部屋に通されました。
簡素な部屋で待っていると、いかにもといった風情の修女が入ってきます。
「私は、ここの院長を勤める修女エナンシア。母御を修道院に入れたいとの事ですが……もしや、サーワンド伯爵夫人ですか?」
まさか、院長様直々にいらしてくださるとは、驚きを隠せません。
でも、ここでは少しでも心証を良くしておかなくては。お母様がお世話になるのですもの。
「お耳の早さに感服するばかりです。仰せの通り、サーワンド伯爵家の者でヘデナ・ラメーリナ、私は娘のレアンウェーサ・テンペローラと申します。本日、父が有罪判決を受け、私は母共々国外追放を受けました。ですが、母はこの国を出て生きていけるとは思えません。ですから、院長様の慈悲に縋りに参りました」
嘘は言っていません。多分、私だけなら国を出てもやっていけるでしょう。その自信はあります。
ですが、さすがに母をかばいながら生活出来るかと言われたら、多分無理だと判断せざるを得ません。
神よ、お許しください。私は自分の保身の為、自らの母をここに置いて行きます。
しばらく黙っていらした院長様は、やがてこちらに向き直りました。
「いいでしょう。修道の誓いを立てるまで、見習いは最長三年です。その間であれば、還俗の手続きを取らずとも、俗世に帰る事が出来ます。心に留めて置いてください」
「ありがとうございます! このような形で申し訳ありませんが、こちらへの寄進として、この腕輪を置いて参ります。お受け取りください」
修道院に入る際、寄進を行うか行わないか、またその額によってもその後の待遇が変わるといいます。
悲しい話ですが、ここジッシラ修道院でも、同じ事でしょう。
私が外して差し出した腕輪は、細かな彫金と宝石で彩られた美しいものです。このまま売っても、そこそこの金額になるでしょうし、石と台座を分けて換金しても、やはりいい金額になるはずです。
国外追放される身には、過ぎた品。これ一つでこの先のお母様の生活が潤うのなら、安いものです。
差し出した腕輪を一瞥し、院長様は軽く頷かれました。
「寄進として受け取ります。あなたの身に、神のご加護があらんことを」
「ありがとうございます」
ほっと、軽い溜息が漏れます。これで一つ心配事が減りました。
「別れの挨拶も必要でしょう。私はしばらく席を外します。終わりましたら、入り口の者に声を掛けてください」
「はい、ご温情、感謝します」
院長様は小さく頷くと、部屋を後にします。残されたのは、私とお母様だけ。
「お母様、待っていてください。私が必ず、お父様の無実を晴らします」
「ベーサ、無茶な事はしないでちょうだい。今回の事、何だか嫌な感じがするわ。あの人の身が気になるけれど、あなただけでも、国の外で健やかに生きてほしいの」
「いいえ、お母様。私、決めたんです」
お父様の無実を証明する事。そして、お母様をここから出して、名誉を回復し、真犯人を捕まえるのを。
「国外からこの国の事を調べるのは骨が折れる事でしょう。ですが、絶対にやり遂げます」
「ベーサ……」
「それまで、お母様はここで健やかにお過ごしください」
ただでこの国を去るのではありません。エントからの密輸というのなら、あの国の側にも何か証拠があるかもしれない。
ならば、それは国の外に出る私にしか調べられない事。
「絶対に、真犯人を捕まえて、お父様の名誉を回復し、お母様を元の生活に戻します」
短い時間をお母様と過ごし、ここでお別れです。
「お母様、お元気で」
「あなたも。無事で生き延びてちょうだい、ベーサ」
最後に抱擁を交わし、私は一人で修道院の門を潜りました。
「おい、母親はどうした?」
こちらを見た兵士が、気色ばんで聞いて来ます。
「母はこの修道院に入る事になりました」
「何だと?」
「罪人の家族でも、神は受け入れてくださいます。例え王家でも、修道院に干渉する事は出来ません」
「ち! おい、とっとと馬車に乗れ。国境まで、引きずってでも連れて行くからな」
私は無言で馬車に乗り込みました。三年なんて、かけていられません。早くお父様の無実を晴らさないと、その前にお父様が鉱山の重労働で体を壊してしまいかねません。
ちょっと最近、お腹周りが気になると仰っていたのに。伯爵家に生まれて、今まで何不自由なく生活してきたお父様です。環境がいきなり変わって、倒れないといいのだけど。
「神よ、父の健康をお支えください」
馬車の中で、小声で祈っておきます。先程の聖堂で、先に祈っておけば良かった。




