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後篇


「案外ばれないもんですね~」

「ま・あ・ね」


 萌たちは今、青いベンチに座っている。ここはイルカのショーの会場だ。あのあと一通り水族館を見学して、再びイルカショーに訪れた杏実ちゃんたちを発見した。

 こっそり後をつけ、なんと今杏実ちゃんの3列後ろにいる。杏実ちゃんたちが左側にしっかり見える場所だ。

 こんなに近くにいるのに今日は平田さんの言った通り、一度も颯人お兄ちゃんに見つかっていない。

 一度見つかりそうな距離に颯人お兄ちゃんが現れたこともあったが、平田さんが素早く萌を見えないところまで引っ張ってくれたのだ。その機敏な動きに見とれつつ、精悍な横顔を見ていると本当に平田さんが”王子様”のようで、助け出される自分がまるで追っ手に追われる異国のお姫様――――そんな夢心地を抱いてしまった。

 こんな妄想も、この頃夜中に読みふけっている恋愛ファンタジー小説の所為だとわかってはいるものの(メカ仲間からおすすめされた)どうやっても平田さんはそのヒーローにそっくりなのだ。

 

「萌ちゃん」

「は? はい!」

「今日はいつもに増してぼーっとしてるね」

「え? そうですかぁ?」

「うん。今も”ダニエル王子”とかってなんかつぶやいてたよ。もしかして眠い?」


 きゃー!!

 いつの間に口に出してしまっていたんだろう。

 ダニエルさま……それは昨日読んでいたむちゃくちゃかっこいい平田さんそっくりの王子の名前。小説の中では今隣国のシリン王子と主人公を巡っての三角関係に悩んでいるのだ。いつも主人公にかける甘い言葉の裏に隠された彼の辛い気持ちが伝わってきて夜中に号泣した。

 ああ……そんなこと考えていたら続きが気になってきた。

 じゃなかった……今はリアルダニエルさまと一緒にいるのだから、そのことは忘れよう。


「大丈夫?」

「あ! ……ちょっと今読んでる小説のこと考えてたんです」

「小説?」

「恋愛小説なんですけど……そこに出てくる王子様がむちゃくちゃかっこよくて」

「王子様?」

「あ……」

 言ってしまってからしまったと思う。こんなこと言ってはまた子ども扱いされてしまう。

 案の定、平田さんは「王子様なんて、萌ちゃんらしいね」と言って笑う。

 やっぱり……。しょんぼりしてしまう。

 平田さんはそんな萌を見ると「はは」と穏やかな笑い声をあげた。


「発想が萌ちゃんらしくて、かわいいって言ったんだよ?」

「え? 可愛いですか?」

「うん。王子様なんて女の子らしいじゃない」

 

 なんだぁ~! 

 てっきり子ども扱いされたのかと思った。そう思ってホッとする。平田さんは安心して笑顔になった萌を見て「やっぱり……女の子はそんなのが好きなんだね~」と言って何度かうなずいていた。

  

 その時、周りからワッと歓声が聞こえてきた。ハッと周りを見渡すといつの間にかショーが始まっていたようだ。

 イルカが軽やかに泳いではジャンプしている。なかなか爽快だ。

 颯人お兄ちゃん達を見ると、二人も楽しそうに前方のショーを見ていた。

 特に杏実ちゃんはすっごく楽しそう。ときどきあまりに楽しくなるらしく無意識にだろう、颯人お兄ちゃんの腕をつかんで笑いかけていて、そんな杏実ちゃんに颯人お兄ちゃんも嬉しそうにしている。

 平田さんは前方のショーを頬に手をついて、変わらぬ笑顔で見ている。しかし周りの声援や拍手には静観していて、特に興味は無いように思える。ショーが始まる前に”何度か来たことがある”と言ってたので、案外慣れてしまっているのかもしれない。

 ショーも終盤に差し掛かり、参加型のショーの呼びかけが始まった。


 まったくぅ……。

 毎回思うがこんな人前に出てみたいと思う人の気がしれない。出てショーに参加する人もそうだが、手を挙げてみようと思う酔狂な人の気持ちもまったくもって理解不能だ。

 そう思ってその成り行きを見守っていると突然隣から「ぶはっ!!」と吹き出した声がした。

 びっくりして思わず隣を振り返ると、平田さんが口を押えて笑い転げている。

 

 またぁ~?


「どうしたんですかぁ!?」

「あさ……あさ……朝倉が……あははははは」

 その声に颯人お兄ちゃんの方を見る。


 え……?

 何度か瞬きをしてみる。……これは現実? この風景は真実??

 お……お兄ちゃんが手を挙げてる??

 颯人お兄ちゃんは特に表情を変えることなく、長い腕を空に向かってすっと伸ばしている。その意外すぎる、驚愕な風景にただただ目を丸くするしかない。

 あの何でも冷め冷めの颯人お兄ちゃんがこんなことするなんて、今から雪が降るぐらいの天変地異が起こったっておかしくないと思う。

 

『……いち早く手を上げてくれた、その濃い緑のポロシャツを着たイケメンの彼! どうぞ~!!』

 指名された!!!


「ぐふっ!!! し……しめ……ぐっ…」

 その瞬間平田さんはさらに笑いがこらえきれなかったようで、苦しそうに口を押えて肩を震わしている。顔が真っ赤になっていた。しかし平田さんがこんなに笑い上戸だったなんて知らなかった。今日はびっくりの連続だ。

 さらに成り行きを見守っていると、杏実ちゃんが無理やり席から押し出された。どうやら颯人お兄ちゃんの代わりに杏実ちゃんが参加するらしい。

 

 なんだ……颯人お兄ちゃんが行くのかと思った。びっくりしたぁ~

 しかし杏実ちゃんは恥ずかしそうにしている。颯人お兄ちゃんに言われてしぶしぶ参加したに違いない。とんだとばっちりだ。

 また杏実ちゃんをいじめて……颯人お兄ちゃん許せん!


「も……萌ちゃん……くっくっ……やっぱり治まんないから……ごめん」

 あ……すっかり忘れていた。

 平田さんはそういうと、席を立って出入り口の方へ歩いて行ってしまった。相当笑いをこらえるのがつらかったらしい。

 平田さんも意外だったんだろうと思う。しかし勝手にデート覗かれて、こんなに笑われて颯人お兄ちゃんもちょっと気の毒。

 そう思いながら颯人お兄ちゃんの横顔を見ると、颯人お兄ちゃんは前方のショーをじっと見ていた。ちょうど杏実ちゃんの番が来たところだ。穏やかな笑顔を浮かべている。

 胸がちくっと痛んだ。同時に――――――

 

 ああ……やっぱりそうなんだなぁ~と思う。

 

 颯人お兄ちゃんは杏実ちゃんが好きなんだ。このごろの颯人お兄ちゃんらしからぬ行動や言動、すべては杏実ちゃんに向けられるものだと思っていたけど……半信半疑だったけど、この顔を見れば杏実ちゃんが颯人お兄ちゃんにとって特別なんだとわかる。

 

 寂しい。颯人お兄ちゃんが遠くに行ってしまうような感じ……。

 

 萌にとって颯人お兄ちゃんは従兄妹よりもっと近い、本当の兄のようで、いつも留守がちだった両親に代わって父親のような存在でもあった。

 言い方や態度は乱暴だったけど、あまり自分を表現できなかった頃でも、ちょっとした萌の気持ちをわかってくれて声をかけてくれていたのは颯人お兄ちゃんだったし、なんだかんだで助けてくれるのだ。その優しさが大好きだった。

 だから颯人お兄ちゃんに恋人ができると嫌だったし、思いつく限り邪魔した。もちろん颯人お兄ちゃんは怒ったけど、結局は呆れながら萌を許してくれた。やっぱり萌の方が大切なんだと言われているようだった。

 でも―――――杏実ちゃんのことは萌にとって別だった。

 杏実ちゃんは出会った時から優しかった。あまり話をしない自分に笑いかけ、いろんな話をしてくれた。そのままでいいと、いつも会えば『会えてうれしい』と言ってくれた。大好きだった。だからフミお祖母ちゃんから相談された時、真っ先に協力した。杏実ちゃんが……近くにいてくれる方法にこんな手があったなんて、颯人お兄ちゃんと結婚すれば杏実ちゃんとも家族になれる! そう思ってうれしかった。本当に大好きな人だから……本当に大好きな二人だから、二人が一緒に萌の近くにいてくれたら……。

 でも実際はそうなると……

 例え近くにいても二人にとって、萌は一番ではない。幼い感情だけど……寂しい。家族って不思議。近くて遠い。

 ……でもやっぱり切っても切れないなんて、贅沢な存在かもしれないけれど。



 ショーは大歓声と共に終わっていた。萌はその大きな拍手の音にハッとする。

 やばい……早く出ないと颯人お兄ちゃんに鉢合わせしてしまう。萌は慌てて席を立つと出入り口の方へ足を向ける。きっと平田さんも外で待っているかもしれない。

 しかし会場を出ても平田さんの姿は見つからなかった。こっそり隅に隠れつつ何度か電話をかけてみる。10分ぐらいして電話がつながった。待ってると平田さんはショーの会場の出口から出てきた。


「戻ってたんですかぁ?」

「……まあね」

「ひょっとしてショーの後も何かイベントでもあったんですか?」

「……そうだね。この上なく面白いことがあったよ」

「えぇ!? そんなの言ってなかったのにぃ」

 萌ががっかりしてそう叫ぶと、平田さんは満面の笑顔を顔に浮かべて萌の肩をポンッと叩いた。


「萌ちゃん……ありがとう」

「?」

「萌ちゃんのおかげだよ。こんな恰好のネタを……ありがとう」

「ネタ? なんのことですかぁ?」

「さ……それはあいつらが帰ってきてからにして……今日のお礼にパフェでもおごるよ」

「パフェ!」

「好き?」

「はい! わぁい!!」

 そういうと平田さんはふふ……と笑ってから、「じゃあ行こうか」と言って歩き出した。

 ちょっと気になるセリフはあったもののパフェを食べれるという事実にすっかり気分はウキウキ。

 平田さんとお出かけ……じゃなかった”デート”できただけでもうれしいのに「ありがとう」だなんて、今日はラッキー続き!!

 萌はスキップしそうな勢いで平田さんの後に続くのだった。






 あれから平田さんおすすめの可愛いお店でチョコレートパフェを食べて、お土産売り場で少しぶらぶらして帰ってきた。何か自分用のお土産を買おうと思っていたのだが、結局杏実ちゃんが好きそうだな~と思った携帯ストラップを買ってしまった。ふわふわの少し大きめのクマノミのぬいぐるみが付いている。よく考えればこんなお土産を渡せば杏実ちゃんについて行ったことがばれてしまう、と買った後に気が付いたのだが。

 ……そういえば今ちょっと前回の”G5号”とちょっと違う分野のメカに挑戦してるのでそれの実験台に良いかもしれないと思う。以前颯人お兄ちゃんがチラッと言っていたことからヒントを得たのだ。

 もう一つあの水族館の名物のイカの人形焼も買ってきた。可愛いイカの形のうす皮にあんことクリームが入っていてこれがなかなか美味しい。とはいえこれも見られては困るので、今のうちに平田さんと……と思い、今リビングの机の上に出して二人で食べているところだった。


「もうすぐ帰ってくるかなぁ……」

 時計の針はPM8時を差していた。


「帰るまでに片づけとかないと怖いしなぁ~」

 イカの人形焼の包みと時計を見比べる。迷った挙句平田さんに了解を得て、とりあえず早めに片づけておくことにした。戸棚にひっそりと置いてまたリビングに戻ると、平田さんが話しかけてきた。


「萌ちゃんは……朝倉が怖い?」


 突然の質問。どういう意味だろう? と思う。それは今日のことがばれるのが怖いか……という意味だろうか?


「う~ん……怖くは無いですよ。いつものことだし……でも出来ればばれたくないなって思うってことです」

「そっか……。いつもどんなふうに怒られるの?」

「内容によりますよぉ~。まあ小言言われてガツンと一発くるだけです」

「それは殴られるってこと?」

「まあ軽くです。もしくは軽くグリグリされます」

「そっか……」

 平田さんはそう言い、少し考えこむようにそのままうつむいてしまう。きっと萌のことを心配してくれているんだなぁと嬉しくなった。まあ本当に颯人お兄ちゃんの怒りなんて一瞬の出来事だし(お兄ちゃんは基本的に引きずらないのだ)今回は別に邪魔したわけでもない。同じところに行って……ちょっと盗み聞きしただけだ。たとえ行ったことがばれても、鉢合わせしなかったと言えばそれで済む。

 萌がそう思っていると、平田さんが突然目の前に小さな包みを差し出してきた。さっき行ったお土産の店の包み紙。


「どうしたんですかぁ?」

「ん……今日の記念にね、プレゼント」

 

 ええ!! プレゼントォ~!!!

 思いもよらぬサプライズにびっくりして平田さんの顔を凝視してしまう。平田さんは萌の視線を感じると、ニコッと天使の笑顔を浮かべて萌の手の上に包みを置いた。

 こんなうれしいこと続き。今日はどうしちゃったのだ!

 中身を見てみると、貝殻模様がところどころ散りばめられているキラキラのリーフレット(しおり)だった。


「大したものじゃなくて申し訳ないんだけど、萌ちゃん本読むって言ってたからさ」

「嬉しいですぅ!! うわぁ~きれー!! 大切にしますね!」

 萌が言ったことをちゃんと覚えてくれてプレゼントをくれるなんて、更に嬉しい。使わずに部屋に飾っておこうと思う。

 ああもう! なんてラッキーな一日!!

 萌がそのプレゼントの喜びに浸りながら「萌も何かお返ししないと……」とつぶやくと、平田さんは笑顔できっぱりと「その必要はないよ」と言った。


「え?」

「それは……これから萌ちゃんが受ける制裁に対するお詫びの品だからさ」

”せいさい?”


 平田さんの謎めいた発言の意図を聞こうとした時、玄関が開く音が聞こえた。「ただいま~」という、杏実ちゃんの声がする。



 あ! 杏実ちゃんだ!!

 先ほどの平田さんとのやり取りをすっかり忘れて、玄関の方へ駆け寄る。杏実ちゃんが萌に気が付いてうれしそうな笑顔を見せてきた。

 その笑顔は萌に会えて本当にうれしいと言ってくれているようで、置いて行かれた寂しかった気持ちや、水族館で感じた二人に取り残されているような孤独感が全部吹き飛んだ。

 やっぱり杏実ちゃん大好き!!


「おかえり~杏実ちゃん。朝倉」

 萌の後ろから平田さんが、顔を出す。二人とも平田さんを見てびっくりしているようだった。

 

「来てたのか」

「まあね。でももう帰るよ」

 平田さんは颯人お兄ちゃんと一言二言話した後 、萌の方を振り返り「もう帰るね」と言う。ちょっとさみしいが、二人が帰ってくるまで一緒にいてくれたのだから贅沢を言ってはいけない。それでなくても、今日は”デート”に”パフェ”に”プレゼント”なんてスペシャルな一日だったのだから。

 平田さんは玄関に向かう途中、杏実ちゃんと話を始めた。

 にこにこと笑いながら杏実ちゃんの話を聞いている。知っていることもあるが、そこは知らんぷり。さすがだ。

 平田さんってほんと王子様みたいに、誰にでも優しいと思う。(もちろん萌にも)けれど……杏実ちゃんにはちょっと違う気がする。どことは言えないのだけれど、以前からの知り合いだからというのもあるんだろうけど……なににせ杏実ちゃんがライバルじゃなくてよかったと思うのだ。

 なんとなく……その時は敵わない気がする……


 しばらくすると平田さんは話し終わったのか、帰ろうとして「リビングに携帯忘れちゃった」と言う。

 携帯? そんなのあったかなぁ~……

 そう思いながらも、平田さんは萌に取ってきて欲しいと言ってきた。ほかでもない平田さんの頼みだ。

 快くリビングに取りに行く。


 リビングに戻ると、先ほど萌が平田さんからもらったプレゼントの包み紙がそのままテーブルに放置されていた。

 ひゃー! 危ない……危ない……

 そう思って急いでポケットの中にしまう。そして平田さんの携帯を探してみる。

 やっぱり……無いみたい。

 その時、玄関から「平田!」と颯人お兄ちゃんが叫んだ声がした。

 なにかあったのかな?

 平田さんの携帯も見つからないし、とりあえず玄関に戻ることにする。


「平田さ~ん……携帯なんて無いよぉ……?」

 そういって玄関を見ると平田さんがいない。

 あれ? 携帯はよかったのかなぁ?


「あれぇ~? 帰っちゃたのぉ?」

 そう言いながら二人を見ると、なにか様子がおかしい。不思議に思って首を傾げる。

 その時不穏な空気を携えて、颯人お兄ちゃんの声が聞こえてきた。


「……こぉ…の……萌!!!」

 颯人お兄ちゃんの怒声が玄関に鳴り響いた。萌は一瞬その声に驚いて目を丸くする。


「……ぇえ? 何??」 

 颯人お兄ちゃんが怒ってる! なんでぇ!?

 そう思ってハッとする。


『――――――これから萌ちゃんが受ける制裁に対するお詫びの品だからさ』

 ああ!! そういうことかぁ~!!!

 平田さん……はじめっから颯人お兄ちゃんに言うつもりだったんだぁ~!? 


「……もうばれちゃったのぉ?」

「しかも……平田まで~~!!!」

 それは……それは……平田さんが……ひらたさぁ~ん!!! 一人で逃げるなんてずるいよぉ。


「だってぇ……萌も行きたかったんだもん」

「口答えするな!!!」

 有無を言わせぬ颯人お兄ちゃんの怒声が廊下に響き渡る。

 もう! 逃げちゃえ!!

 萌は後ろを振り向かずとりあえず階段の方へ駆け出す。颯人お兄ちゃんの後を追ってくる気配が感じられたがここは止まっていられない。


『朝倉が怖い?』

 怖いよ!!決まってんじゃん!!


「萌待て!!!」

「……今日は邪魔してないのにぃ~なんで怒るのぉ…?」

 これは颯人お兄ちゃんに言われたら言い訳しようと考えていた言葉。だって同じ場所にいただけだから、二人を観察してたとは言ってないから。


 でも……平田さんの所為でそのセリフは何の意味もなさない理由を、萌は知る由もなく―――――いつもながらの一発制裁を受けることとなったのだった。





「萌ちゃん大丈夫?」

「うん。でもちょっと今回は効いたよぉ」

 夜中になって部屋に杏実ちゃんが訪ねてきた。颯人お兄ちゃんに怒られて大丈夫だったのか心配になったらしい。

 少しこぶになった頭を優しくなでられた。気持ちいい。


「後つけたわけじゃなくて……」

「うん。わかってる。平田さんだもん……大方萌ちゃん、巻き込まれちゃったんでしょ?」


 ……さすが杏実ちゃんだ。萌を疑っていないどころか、的を射た返答に思わず胸がジーンとなる。杏実ちゃんがそう思ってくれてるならまあいいか!


「デート楽しかった?」

「うん」

 杏実ちゃんが嬉しそうに微笑んだ。


「メロメロにできた?」

「メッ……ううん……それは無理だった」


 うっそだぁ~!

 その言葉に顔を真っ赤にした杏実ちゃんを見てそう思う。だって……なってたよぉ?

 しばらくすると杏実ちゃんは後ろ手に持っていた袋から何かを取り出し始めた。

 

「萌ちゃんも行ってたなら、あんまりいらないかとも思ったんだけど……一応お土産」

「わぁい!」

 確かに水族館で買った同じお店の包み紙。しかし杏実ちゃんからもらえるのなら何でも嬉しい。

 中身を開けると、ふわふわのぬいぐるみのついたクマノミの携帯ストラップだった。なんと……萌が杏実ちゃんに買ってきたものと同じもの。


「ちょっと子供っぽいかな? こんなの使うかな……とは思ったんだけど、なんだか萌ちゃんみたいで可愛くって」

 なんだかおかしくなって笑ってしまった。おんなじこと考えてたんだ……


「ううん、嬉しい!」

「そう? よかった……あとこれも萌ちゃんに」

 そういって差し出した袋にさらに目を丸くする。

 名物の”イカの人形焼”だった。


「これは朝倉さんが。萌ちゃん、こんなの好きだからって」

 颯人お兄ちゃんが!?

 なんだか驚くほどの偶然だ。でもこの二人がデートの間にも、ちゃんと萌のことを心から考えてくれていたんだと伝わってくる。


 嬉しい! もう大好き!!!

 思わず杏実ちゃんに抱きついた。


「萌ちゃん?」

「うん。嬉しい」

「……そう? 今度は一緒に行こうね」

 そういって杏実ちゃんは萌の背中をトントンとあやすようにたたいてくれた。


 ふふふ……

 寂しいなんて思う必要はなかったんだ。二人が大好きだから……この二人の組み合わせ以外は考えられない。

 颯人お兄ちゃん、杏実ちゃん。萌ますますキューピット役頑張るから覚悟しててね!

 萌はあったかい心の中で、一層そう決意を固めるのだった。



                                               Fin





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