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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
一章/あなたとは離婚します

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9.バカな人


 リオンが団長と話している様を、私は宿屋の自室で鏡を通して見ている。

 何故これを見れるのかと言えば、アスティの監視魔法のおかげ、らしい。

 この人は他人のプライバシーに配慮という言葉を知らないのか、と思ったけど。


「正当な理由でかけてるので大丈夫です」


 ニコッと笑って言われても、そうなんだ、ふーんとはなれず。さりとてプライバシーに配慮しろとも言えず。

 とりあえずこの男にかかれば一人の人間は丸裸にされるという事が分かって、絶対敵に回すまい、と心に誓った。


 しかし、リオンは……私との離婚は考えていなかったのか。

 この国の制度を知らないわけではないだろうに。


「ねえアスティ。この国の法律って不貞の末に授かった子には厳しいわよね。……生まれてくる子どもに罪は無いのに」


 子どもは親を選べない。

 誕生した時にその人生が決まってしまうのは可哀想に思う。


「ある時、王族や貴族の令息たちの婚約破棄が相次いだ事があったそうです。注意しようにも父親にも愛人がいて、中には隠し子までいて遺産や後継手続きで貴族界が荒れたそうです。

 事態を重く見た当時の王妃や貴族夫人が法律を整えました。

 不貞は全てを壊すんですよ。環境から人の心から何もかも。今いる者だけでなくこれから生まれる者さえ明るい未来を奪われるんです」


 リオンの不貞を知らなければ私は彼と冷えた関係のまま子どもと暮らしていたのだろうか。

 それとも彼は私と子育てをして、あの子の下へは戻らなかっただろうか。

 とはいえ今更知らなかった頃には戻れず、離婚の意志は固まっていく。

 あの子のこれからを思えばやはり少しでもマシな未来を掴んでほしいと思ってしまう。


「そういえば離婚したらこの子はどうなるのかしら」


 ふと不安になってお腹を擦る。

 夫婦間に生まれた嫡子は様々な制度が受けられる。では私のように婚姻中に一人で生み育てる事を決意して離婚した人やそもそも結婚をせずに生む事にした人、あまりあってほしくないが望まぬ妊娠をして生まざるをえない人などはどうなるのだろう。

 この子にはいらない苦労はかけたくない。


「そこは調査機関があるのでご安心ください。シーラさんみたいに離婚して一人で育てる場合は制度が受けられるんです。というか、不貞の子でも救済措置はあるんですがね」

「そうなの?」

「親が不貞でも子どもには関係ないでしょ。親のせいで制度が受けられず未来が閉ざされるのはどうなんだ、って事で。まぁ、色々条件はありますが」


 確かに親の不始末を子どもにさせるのはしのびない。

 子どもは親を選べない。知っているなら不貞の子にはなりたくないだろう。


「だから、シーラさん。離婚はあの子の未来の為に、とかじゃなく自分がどうしたいかで決めてください。もし騎士夫さんと話し合いの結果再構築てなっても母子が利用できる制度を紹介しますから」


 アスティの言葉にドキリとした。

 確かにあの子の未来の為に離婚しようと考えていなかったわけではない。


「ちゃんと自分の目で見て判断してください」

「……分かったわ。リオンの行動や自分の気持ちを考えて決断する」


 私の中の気持ちは殆ど離婚に向いている。

 私に対する態度とあの女性に対する態度の違い、そして約三年裏切られていた事に対する怒り。

 子どもが欲しいと言った時、気が滅入る話をするなと言われた事もあった。

 それはもう、私との子は必要ないという事だろう。

 離婚はせず、私との間に子を作る気もない。

 それなら私にリオンは必要ない。

 嫌々相手されても嬉しくない。

 そんな男、子どもの父としても相応しくない。

 リオンはあの母子と家族になればいい、と思っている。


『それでも……俺は……妻と別れる気は……』

『妻ってどっちの?』

『それは勿論シーラです』


 鏡からそんな言葉が聞こえて思わず眉を顰める。

 団長さんも呆れたように溜息を吐いた。


『どっちにしろ、騎士団の家賃補助の差額は不正受給として返還してもらう。元々妻と住むと聞いていたがギルドに提出された妻がシアラじゃないならただの同居人だ。今後もシアラとあそこに住み続けるなら家族ではなく単身での支給になる』

『はい……すみません……』

『……リリアはお前の子なんだな……?』

『……はい……』


 やり切れない表情をして、団長さんは重く溜息を吐いた。


『奥さんの何が……いや、これ以上は詮索すべきじゃないな。だが、俺の予想だがお前の奥さん……シーラさんはたぶんお前の隠し子の事を知っているだろうな』

『……まさか』


 顔面蒼白のリオンより、予想を当てた団長さんに驚いた。アスティと知り合いのようだけどどういう繋がりだろう?


「さすが団長さんですね。この人、以前クエストで騎士団の斥候やった時に知り合ったんですが視野が広い人で団長向きだな、って思ったんですよ」

「へえ」


 見透かしたようなアスティの言葉に頷く。そんなクエストなんてあるのか、と彼の謎が益々深まった。


『シーラさんはたまたま近くに来たのでとは言っていたが、王家から斥候を任される男と一緒にいた』

『まさか、シーラも浮気を……』


 ビキッと鏡の中と近くから音が聞こえる。前を見ればアスティは青筋を立て部屋を凍らせ、鏡の中の団長さんも冷気を放っていた。


「すみません」


 サッと手を振れば部屋の氷は一瞬で消えたが、団長さんの周りは相変わらずだった。


『失言には気を付けろ。浮気をしてる奴はパートナーの浮気を疑いやすいを体現するなクズが』

『す、すみません……』

『一緒にいた男の信用は俺が保証する』


 冷や汗をかきながらリオンは俯いていた。

 私ではない女性を妻として申請して不正受給していた彼よりアスティの方が信用はあるだろう。

 信用を失うのは一瞬だ。


『……しかし、お前の奥さんがくれた回復薬は高性能だな。おそらく二度目の差し入れは無いだろうよ』


 団長さんの言葉にリオンは悲痛な顔をして項垂れた。


『何が不満だったんだ』

『不満とか……無いんです。ただ俺が舞い上がっていただけで……』

『舞い上がれたのは間違いなくシーラさんの献身あって、だろうな。お前の剣帯もありったけの加護が込められてる。それが切れた時、お前の真価が問われるだろうよ』


 困惑する表情のリオンに、団長さんは呆れたような眼差しを向けた。

 団長さんの言わんとする事はよく分かる。私はもうリオンに何かをあげる事は無い。

 剣帯も、今持っているものが切れたらそれまでだ。私が彼の無事を祈る事は無い。

 それはあの母子の役目として譲る。だから、バフもりもりの剣帯が無くなった時、彼の本当の実力が分かるだろう。


「『バカだなぁ……』」


 鏡の中と、目の前の声が重なる。やり切れないような表情の団長さん。憐れむような眼差しのアスティ。これからを思い不安な表情のリオン。

 三者三様の表情を私は黙って見ている。


 リオンが失うものは私が思う以上に多いのかもしれない。

 私が彼にしてきた事全てが失われれば、今まで築いてきた信用、騎士としての力、その地位すら危うくなるかもしれない。

 そう思えば過ぎた力を持たせてしまった事に罪悪感も湧いてくる。だが力を持ったとて制御し謙虚な気持ちを忘れなければ溺れないはずだ。

 彼はきっと、その力に溺れ、慢心し、驕ってしまったのだろう。


「シーラさんが悪いわけではありませんからね。自分の力を勘違いして付け上がった結果が今なんですから」


 アスティの言葉に力が抜ける。

 彼は人の心を読んでいるのかというくらいに適切な言葉をかけてくる。

 まるで年老いた賢人のようだ、と思った。そういえば彼は賢者だったわ。賢者が活躍するのは戦いの時だけじゃないのね。


「うん、ありがとう。私がサポートしなければ、とか思ってちょっと凹んでた」

「シーラさんのサポートは神がかりですが、神の力を我が物顔で振るうから罰が当たるんです。それにシーラさんからサポートされても付け上がる奴はいなかったでしょ?」


 言われてみれば感謝はされてもそれを自分の力だと言う人はいなかった。その場限りだからかもしれないけど。


「人は常に感謝だけは忘れちゃいけないんですよ」


 リオンはいつからか私がする事が当たり前に思っていたんだろうな。


「誰かが何かをしてくれるのは、当たり前じゃ、ないのにね……」


 リオンにとってこれからが正念場だろう。けれどもう助けたいとは思えない。

 何てことないような気がして彼の出方次第では、とどこかで思っていたけれど、やはり再構築は無理なんだな、とぼんやりと考えていた。



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