7.偶然は必然に
街へ繰り出せば、穏やかな陽の光に照らされる。
歩きながら景色を楽しみ、ふと騎士団の駐屯地から少し離れた場所にある住宅街の一画に目をやり、そっと逸らした。
──考えるな、考えるな、考えるな。
思考に囚われたら負ける。今日一日いやな気持ちになる。
私はわざと足早に急いだ。
広場に出れば、賑やかな人の群れ。そこかしこに露天が並び、ワクワクする気持ちが湧いてくる。
美味しそうなにおいに釣られ、吸い寄せられるように近づいていく。
朝食はまだだから、くぅ、とお腹が鳴ったのを言い訳にして、串ものを一つ購入した。
歩きながら食べるのはマナーが悪い?
気にしない。今は一人を満喫することに集中する。
思えばこんな些細なことすらしたことがなかったかも。
ダリオはどこか上品で、露店のものに見向きもせずに必ずお店で食べていた。
私はいい物は目利きして吟味して味わいたい。
それが店で売っているものだろうが、露店のものだろうが、流行りを見つけるのが楽しみだった。
自分の楽しみも我慢してダリオに合わせていたのだから、前の私は滑稽だ。
それでダリオは他にいっちゃうんだから、笑い通り越して惨めさに苛まれる。
思考の渦にはまりそうなところで、空いている手で自分の頬を張った。
「余計なことは考えない。今は楽しむことに集中」
改めて今日の目的を思い出して気合を入れ直し、立ち上がると食べ終わった串をゴミ箱に捨てた。
ギルドに来て、いただいた給金を預けた。
残高が表示されている魔道具は最近開発された便利なものだ。
なんでも偉大な魔道士だったミスナントカさんがアイデアを出し、それをもとに引退した元魔道師団長が中心となって開発をして、ギルドの冒険者たちに試用として配布したらしい。
ギルドに預けられたお金が分かりやすいと大好評で、商人や町人にも出回っている。
ミスナントカさんは、騎士団寮で使用している洗濯の魔道具を作った人だから、これからも便利なものを開発してほしいが、残念ながら既に他界しているらしい。
素晴らしい知識を持った人が早逝しているなんて、世の中はままならないものだ。
「問題なくお預かりしました。それと、雇用主と要相談となりますが、直接こちらに振り込んでもらう事もできますよ」
「そうなのですか」
「はい。わざわざ預けに来る手間も省けますし、何より安全です」
ギルドの方の話によれば、雇用主がギルドに依頼すれば、直接被雇用者の預かり金になるようだ。
つまり、私がダガートさんにお願いすれば、騎士団寮からギルドを介して私の預金に直接支払われるということ。
確かにギルドに来るまでの間、大金を持っているから誰かに狙われたりどこかに忘れたらどうしよう、という心配は減りそうだと思った。
私が知らないうちに、世の中は日々発展しているのだと気づく。
とはいえ、給金をいただいた時の重みは、頑張った証ともいえるため、どちらにするかは悩ましいところだ。
ダガートさんと相談してみよう。
それからギルドを出て、陽も高くなってきたので、足を休める意味でも私はどこかお店に入って食事をすることにした。
「いらっしゃいませー」
店員さんの明るい声を聞きながら店内を見渡すと、お昼どきということで随分と賑わっていた。
これはいつになるか分からないな、と途方に暮れていると、店員さんに声をかけられた。
「お客様すみません。今店内が大変混雑しておりまして。見たところ一名様のようですので、他の方と相席でよろしければご案内できますが、いかがでしょうか?」
つい先程入ってきた私が、先に並んでいる人より優先されるのは気が引けたが、目が合った並んでいる方がどうぞ、とニコニコと笑顔で譲ってくれた。
引くに引けず、「お願いします」と返し、目が合った方に頭を下げながら中へ案内された。
「一名様ご相席でご案内いたします」
……これはちょっと恥ずかしかった。
見てみれば、親子連れ、ご夫婦など、ほとんどが複数で来ているようで、一人で、という客は見たところ一人か二人ほど。
笑われてしまいそうで恥ずかしくて、案内されるまで俯いていた。
「お客様、失礼いたします。こちらご相席よろしいでしょうか?」
「ああ、はい、どうぞ」
どうやら相席のお相手は男性のようだ。
どうしよう、と思ったが目の端に小さな手が見えた。だから親子連れ、奥様をたまには休ませてあげようという、優しい旦那様なのかもしれない、と顔を上げた。
「すみません、失礼いたしま……す……」
「どうぞどう……ぞ……、て、エルシー……さん?」
そこにいたのは、リリアちゃんとご飯を食べている、ダガートさんだった。
出掛けた先で知り合いに会うという、何とも気まずい空気にいたたまれず、注文したあとはひたすら下を向いていた。
「お待たせいたしました〜! 鶏と野菜の栄養たっぷりパスタとオレンジソーダでございます」
運ばれてきた食事は温かく、湯気と香ばしい香りが食欲をそそる。
私は目の前の二人を気にせず、食べることにした。
「リリア、口の端ついてるぞ」
「ん」
「よし、取れた。ほら、こっちも食べるか?」
「いい。いらない」
意外にも、といったら悪いかもしれないが、ダガートさんはしっかりとリリアちゃんの面倒を見ているようだ。
表情は乏しいが、リリアちゃんも懐いているように見える。
「すまんな、エルシーさん。食べたらすぐ出るから、もう少しだけ待ってくれな」
「大丈夫ですよ。急いで食べて喉につまらせでもしたら大変ですから、ゆっくりとお召し上がりください」
「だが……」
ダガートさんは目だけを動かして、リリアちゃんと私を交互に見ている。
そういう気遣いは不要だ。
「子どもの前ですよ。……私のことは、お気になさらず。私も気にせず、食べたらすぐ出ますので」
混雑もしているし、頑張ったご褒美のスイーツは別の店でいただくとしよう。
「ところで、ダガートさんは何をしてたんですか?」
「あ、ああ。えと、来年からリリアが学び舎に通うんで、今から必要なもんを買いだしてるんだが……」
ダガートさんはどこか途方に暮れたような表情を浮かべた。リリアちゃんの浮かない顔と関係があるのかな?
「おじさんはセンスがなさすぎる」
冷めた表情のリリアちゃんは、ため息を吐いてデザートのケーキを口に運んだ。
「私、女の子よ? 魔物とか、怪鳥とかの模様なんて、イヤよ」
「そうか? ……ブラックドラゴンだぞ? 冒険者の間で強いって言われてるやつだぞ?」
「いーやーだー! せめてもっと可愛いのがいい」
以前父に聞いたことがあるが、確かに新入学児の用品で、男の子はブラックドラゴンが人気だと言っていた。
だが、リリアちゃんは女の子だ。……確かに女の子にブラックドラゴンはどうかと思う。
「ねえ、エルシーさんこのあと時間ある?」
「……えっ?」
「おじさんじゃ可愛いの揃えられないから、いいお店知ってたら付き合って」
思わず頬がひきつった。
早く食べてお暇しようと思っていたのに。
「ばっ、リリア、エルシーさんは休日だから。迷惑かけちゃダメだ」
「えー、いいでしょ? だめ?」
……上目遣いで見てくるところは、母親そっくりだ。断ると泣くんだろうなぁ……
「……いいですよ」
「ほんと? やたぁ!」
「リリア! エルシーさん、断ってくれていいんだぞ」
「断ったら人でなしみたいじゃないですか?」
「そんなことは思わないよ」
そうは言うが、周りが満席の状態で、幼い子の頼みを断り、泣かせる方が私にはできなかった。
街は広いようで狭い。チラッと見てみれば何人かはこちらを見ているようだ。
ダガートさんの顔も知れ渡っている。
私情はあれど、断るのは得策ではないと考え、引き受けた。
「すまねえ。恩に着る」
「その代わり、別のお店でスイーツをおごってください。それで手打ちにいたします」
「もちろんだ。お礼はしっかりするよ」
そうと決まれば腹を括るつもりで腹ごなし。
お腹が空いたら力が出ない、まずは満たして戦争だ、と東国の格言に従い、私は目の前のパスタをたいらげた。




