6.いつかは晴れる空を見上げて
仕事の終わりに、騎士団の駐屯地に来て、初めてお給金をいただいた。
「いつもお疲れさん」
「ありがとうございます。……多いですね」
「誤解のないように言っておくが、正当な対価だからな。引き止めたくてわざと増やしたりはしていないから、安心して貰ってくれ」
ダガートさんの言葉に目を丸くして、苦笑した。
小さな袋に入った貨幣を受け取ると、物質的な重みが心の奥を踊らせる。
自分の力で稼いだお金。
何を買おう。何に使おう。全てが私の自由だ。
「それから……、いくつか見繕ってみたから、暇なときに見てみるといい」
「これは……」
手渡された書類を受け取ると、商会の名前とその概要、規模などが詳しく書かれていた。
「どこも環境は申し分ないところだ。ただ、よそを調べてうちを知ったが……」
ダガートさんは、騎士団の寮母の条件が格段にいい事をこの調査で初めて知ったらしい。
以前からの条件と、ダガートさんが足りないと思った部分を寮母さんと話し合って改善して今の条件になったと、長年勤めるギルダさんが言っていた。
「まあ、うちには劣るが、それでもいいところばかりだ。俺が保証する」
「ありがとうございます」
いただいた書類は暇なときにでも目を通そう。
「では、失礼いたします」
お給金の入った袋と書類を大切に持ち、団長室をあとにする。
ちょうど明日はお休みの日。
まずはギルドに預けて、少し買い物に出かけよう。
働き始めてひと月、頑張ったご褒美を買おう。
ダリオからの慰謝料は、再構築中にもらったものだから離婚した場合の額よりも少ない。
せめてもの償いと、個人財産の全てだから、と相場より多く貰ったものを切り詰めていたが、これから先一人で生きていくならば貯蓄は多いほうが心強い。
仕事を終えて、袋に入った金貨を数える。
ちょうど30枚、月に使うお金として少しだけ避けて、再び袋にしまった。明日ギルドに預けに行こう。
それから、ダガートさんにいただいた書類に目を通す。
パラパラとめくるうち、いいな、と目を引いた商会が二つあったが、どちらも選べずため息を吐いて書類をテーブルに置いた。
一つは実家、もう一つはダリオの職場だ。
ここと変わらないくらい、選べない。
離婚してだいぶ日にちも過ぎた。
あれからダリオはどうしているだろうか。
父たちは私を探しているだろうか。
「ほれ見たことか」とふんぞり返っているだろうか。
勝手に夫を選び、勝手に出て行った娘をどう思っているだろう。
ダリオがいる商会も、離婚したことはもう噂になっているのだろうか。
騎士団の駐屯地は、私から見れば閉鎖的だ。
ここにいれば嫌な噂も聞こえず、快適な暮らしが約束されているだろう。
「……なんだか、呪われているのかしらね」
呟いて、ベッドに倒れ込んだ。
私の快適な場所はどこにもない。
どこへ行っても夫の不貞の影から逃げられない。
この街は狭すぎる。かといって、ここを出てどこかへ、というには資金が心もとない。
ぎゅっと目を閉じる。
限界まで息を止めて、思い切り息を吐き出す。
「泣いたって、どうしようもないわ。とにかく……今を変えたいなら自分が動くしかないわよね」
重い身体を起こし、湯浴みのために髪を解く。
シアラのような明るくてふわふわした髪ではなく、重く暗い色の髪が落ちる。
ダリオが好きだと言っていた髪だった。
抜け切らないダリオの影から逃れられず、湯船に浸かって泣いた。
翌朝、いつもより遅くに目覚め、身支度をする。
朝と昼は外で食べる予定だ。
まぶたは腫れてしまったらしい。ちょっとみすぼらしいが、自分に鞭を打って動いた。
「エルシー今から出掛けるのかい?」
「ええ。ギルドに預けに行くの」
「ああ、給金多くてびっくりしただろう? あんたが頑張った証だよ」
ギルダさんに褒められ、ちょっぴり照れくさくなる。というか、やっぱり給金は多いんだ……
「あんなにいただけるなんて、ちょっとびっくりしちゃって。……ホントにいただいてもいいんでしょうか?」
ギルダさんが朝食のテーブルを拭きながら穏やかな笑みを浮かべる。
「うちで働く女はさ、まあ、割とワケアリなんだよ。あたしも亭主の暴力が酷くてねぇ。酒は飲むわ女は買うわ、もうその辺のゴミを全てつけました、ってくらいの酷い男で、子ども抱えて逃げ込んできたのさ」
「そんなに……」
「離婚する時も騎士さんにそばにいてもらってね。『いやだぁ、離婚したくないぃ』なんて泣いて縋るのを蹴り飛ばしてやったんだ」
ギルダさんはあっけらかんとして笑うが、当時は相当な修羅場だっただろう。
子どもまでいたのであれば、その苦労は並大抵のことではないはずだ。
「まあ、そんな感じだから、団長が就任したときにいたく同情してくれてね。『俺らが稼いでくるから、その分子どもに苦労をかけさせないでやってくれ』なんて言ってね、今の待遇になったんだ。ああ、単身者も変わんないよ」
ギルダさんいわく、破格の待遇で上の学び舎にまでやれると思っていたのに、息子はいつの間にか憧れていた騎士になったらしい。
騎士団寮にいるそうだから、見逃しているのかな?
「そういえば、団長って、今何歳くらいなんですか?」
「ああ見えて30くらいかね。もう8年になるかねぇ。あたしの息子も今じゃ立派な騎士さ」
からからと笑うギルダさんも、まだ十分若いと思う。
……私もこれくらい笑い飛ばせるようになるのだろうか。
「エルシー、あんたも辛いことがあってここに来たんだろ? 今はすごく辛くても、必ず、いつかは晴れる時がくる。女はね、前を向いたら早いよ。そしてもう振り返らないでいられる。
だから、それまではゆっくりしな。焦ってもいいことないからね」
ギルダさんはにっこりと笑って背中を叩いてくれた。
見透かされているが、不思議とイヤじゃない。
私の心もいつかは晴れるのだと保証をもらえた気がして心が軽くなる。
「出掛けるんだよね。引き止めて悪かったね」
「いえ。ありがとうございます、ギルダさん。ちょっとだけ、気持ちが楽になった気がします」
「そうかい。ならよかった。ああ、ほら、早く行きな。お天道さんが高くなっちまうよ」
「はい、行ってきます!」
ギルダさんに向けた笑顔はきっと、自然なものだっただろう。
ここにいる人はみな温かい。
ダガートさんも、ここにいてほしいと言ってくれた。
ギルダさんも、私が帰って来れる場所を作ってくれる。
とてもありがたい。
少し、考えてみてもいいのかもしれない。
いや、やっぱり他を探すべきだ。
相反する考えがよぎっては掠めていく。
どちらがいいのだろう。
まだ答えは出ない。だが、焦ることもないのかもしれない。
外に出れば、眩しい陽射しが私を照らす。
いつかは、こんなふうに晴れることを信じて。
打ち切りみたいなタイトルと引きですが、まだ続きます
(*ᴗ ᴗ)⁾⁾ペコリ




