5.引き取った理由
暗幕魔法の中でひとしきり泣いて、心配そうに見てくるダガートさんは、泣いている間ずっとそばにいてくれた。
それから、覚束ない足取りの私の手を引いて、ダガートさんは駐屯地まで連れて帰ってくれた。
「今日はゆっくり休んで、また明日」
自室に戻って準備されていたご飯を食べて横になる。まだ明るいが、目を閉じて眠気に誘われる。
翌朝、日の出と共に目が覚めた。
泥のように眠っていたことに驚いた。
まだ短い間しか勤めていないのに、身体は既に慣れていることに苦笑した。案外ふっきれているのかもしれない。
気持ちを切り替え、今日は仕事なので、目覚めの湯浴みをして支度をする。
結局、私は次の職が見つかるまでは騎士団の駐屯地でお世話になることにした。
私たち寮母の朝は早い。
騎士たちは自主的に早起きをして訓練をする。
その為陽が昇る前には起きて朝食の準備を始める。
陽が昇り始めると殆どの騎士たちが準備体操を始め、ランニングと基礎体力作りを始め、打ち合いをして朝食。
それまでに準備しておかなければならないので大変だが、商会の手伝いをしていたときも早かったし忙しかったので慣れている。
「エルシーさんおはよう」
「騎士団長、おはようございます」
騎士団長のダガートさんは謎が多い。
寮に住んでいるが、プライベートな部分は殆どが謎に包まれている。
元々冒険者で、傭兵の仕事を主に担っていた。
とある戦場で諜報員の方と出会い、騎士団に招かれ、あっという間に団長になったらしい。
そんな彼は、上半身裸で汗をかいて、首から下げている手拭いで汗を拭っている。謎を知りたくて、じっと見てしまった。
「あー、その、エルシーさん、……その、大丈夫か?」
ダガートさんに問われて顔が赤くなる。
「昨日は、すみません。お見苦しいところを見せてしまいまして……」
「気にするな。大声で泣けば、案外スッキリするだろ? そのうち『なんで泣いてんだ?』って冷静にもなれる」
確かに途中からなんで泣いてるんだろう? って思いながらだった。
それに誰かにみっともない姿を見られて、今まで耐えていたことが解放されたような気にもなった。
「あと、あいつ……リリアには仕事の邪魔をするなって言ってるから、その……できたらエルシーさんにはここに残ってほしいと言うか」
頭を掻きながら言われたことに、心臓がドキリと反応する。
「あ、いえ、そんな、別に私はなんとも……」
「俺としてはエルシーさんに残ってもらいたい。
飯も美味いし掃除も行き届いてる。ギルダも太鼓判押してる」
ギルダとは恰幅のいい寮母さんだ。私がここに来て間もないのに過大評価じゃないだろうか、と思うが素直に嬉しかった。
「とはいっても、嫌なことは我慢してほしくねえ。だから、急いで次を探すから、それまでもう少し堪えてくれな」
ダガートさんの心遣いにチクリと胸が痛む。
何でも無いと言えば嘘になる。ここにいるとずっとリリアと共に過ごさなくてはならない。
「リリアは……俺の養子なんだ。元部下の子で、俺も監督不行届だったからな……」
ダガートさんが口を噤む。
彼にもなにか事情があるのかもしれない。
監督不行届なだけで、養子になんて普通するだろうか?
「騎士団長は、独身でしたよね?」
「ああ」
「どうして養子にしようと思ったんですか?」
ダガートさんが、特例で養父になったことは聞いている。
通常養親になるには両親が揃い、夫婦仲が良好なことが大前提だ。他にも素行調査を行い、人となりが考慮され、慎重に検討がなされて、また養子となりうる子との相性も見て初めて養親になれる、と以前商会にいたときに私生児養護の寄付のお願いをしに来た人から聞いたことがある。
ダガートさんは騎士団駐屯地に住んでいて、養子の安全が確保されていること、常に誰か大人がいて、子の面倒を見ることができること、衣食住の確保が容易な環境が配慮されて一人でも養父になれたとギルダさんに聞いた。
だから、所属する騎士も寮母たちも、みなでリリアを育てているのだと言っていた。
ただ、環境が整っていても、責任が伴う養父になろうと思う人は稀だ。さらに独身男性が、というのはほぼ皆無だろう。
だから、純粋に気になった。
「リリアの父親は王都からの遠征騎士だった。もう、死んじまったが、俺も知ってるやつだった。最初は、そいつが家族と一緒に住むって言っててよ」
ダガートさんは複雑そうな表情を浮かべた。
「俺は祝福してたんだ。だが、王都に正式な妻がいると考えつかなかった。アホだろ? 家族手当の書類もロクに審査もせず通してよ。言い訳にしかならんが、奴は相当強かった。存在がありがてぇとしか思わなかったんだ」
自嘲したような笑みにお気の毒だ、という感情が湧いてくる。
リリアの父親が、王都に妻を残しながらシアラと子どもを作った。
その妻の気持ちを考えたら胸が痛い。
どれだけ辛かっただろう。どれだけ痛かっただろう。
遠征に行く夫の無事を祈っていたのに、夫は見えないところで別の幸せを築いていたのだ。
「だから、まあ、罪滅ぼし、的なやつ、かな。知らずにいたからな」
「でも、それは騎士団長は関係ないじゃないですか」
騎士の父親が不貞をしたとして、なぜ遠征先の騎士団長が責任を感じないといけないのだろうか。
「不貞をしたのは父親の騎士で、シアラです。子を作ったのはプライベートな話。職場は関係ないじゃないですか」
ダガートさんが悪く思うこともないだろう。
遠征部隊を一人一人把握するなんて無理だ。
それこそ大魔道士の監視魔法でもない限りは。
「俺が、もっと早く気づいてりゃ、とは思うよ」
「それでも……」
ダガートさんは不意に優し気な表情になった。
見たこともないような顔でどきりとする。
「エルシーさんと一緒だな」
言われて、ハッとなった。
私がダリオと結婚していなければ。
ダガートさんが早くに不貞に気づいていれば。
似たような後悔を抱えて、頭を悩ませている私たち。
「俺が悪くないなら、エルシーさんも悪くねぇだろ?」
昨日、自分を責めていたことを思い出して口を噤む。
「それとこれとは……」
「まあまあ。ま、それだけじゃねぇんだがな。
俺も……まあ、リリアと似たような境遇だったからな」
「……え」
ダガートさんはニカッと笑うと、身体が冷えるから、と立ち去ってしまった。
「似たような境遇って……」
ダガートさんも……不貞に悩んでいた時期があるということ?
彼は独身のはずだが、離婚経験があるということなのだろうか。
「……もったいないな」
なぜか、私なら、という考えが頭をよぎり、ハッとしてかき消した。
「仕事しなきゃ」
騎士たちが訓練を終えて既に朝食会場へ行っているだろう、と慌てて向かった。




