書籍発売記念/見届ける者【side ポチ様】
「あんたも……来る?」
王宮の魔法牢に閉じ込められていた精霊は、手を差し伸べてきた女の誘いに気まぐれに応じた。
魔法牢で魔力を奪われ、体力も落ちて気弱になっていたせいもあるのかもしれない。
普段ならこんな牢、吹き飛ばしてしまうのに。
「あたしね、王宮辞めることにしたんだ。しばらく一人じゃ寂しいからさ、一緒に来てくれてありがとう」
赤く、緩やかな髪をなびかせて俺の頭を撫でる。
俺は犬ではない、誇り高き銀狼だ、と言い返したかったが、魔力も体力も気力もなかったため、「わん……」としか声が出なかった。
その後、女──ミスティは知り合いの故郷へついていくことにしたらしい。
だがそこは冒険者としてやっていくには、案件がおとなしすぎて稼ぎに不安があったらしく、知り合いに暇を告げ、もっと稼げるという街へ向かった。
その街は隣にあるアルストレイル。
冒険者たちが集う街だった。
ミスティは豪快な性格で、持っている魔力を常に全力投資するような女だった。
一人で危険な魔物を退治し、帰還後は酒場で冒険者たちと酒を酌み交わし情報を得ていた。
「今は酒は飲めないよ〜! そういやさ、犬飼ってるんだけど、名前まだなんだよね。何がいっかな」
「犬ぅ? 犬ならポチだポチ! ココホレワンワンてなぁ。ガハハハハ」
「ポチぃ? ウケる! それ採用!」
そんな酔っ払い共のせいで俺の呼ぶ名がポチに決まった。
真名は別にあるというに、加護やら契約やらがめんどいから知りたくないとミスティが言ったため、仮の名を付けろと言ったらこの有様だ。
俺は誇り高き銀狼だというのに!
「わん!」
「ポチも嬉しそうだ! 良かったねぇ」
何もよくない! キャウン!
不満だらけだったが魔力が心許ない俺は、しばらくミスティから魔力をもらって、とりあえず子犬くらいには成長できた。
そのうちミスティは金を貯めて街外れに小さな家を買った。
めんどいから、と家の前の草っぱらも、家の裏の森も買ったらしい。
「ほら、ここならポチの魔力も回復しやすいだろう?」
魔力が満ちた森の中にいるだけで、確かに回復してくる。ここにいれば確かに全盛期の力が戻りそうだ。
だが、俺は──
ミスティは何も言わず笑った。
一緒に住むことはできないと言われたみたいだった。
その後、森に住めるようになったお礼と、銀狼の力を見せるべく、ミスティの狩りにお供をするようになった。
「ポチ! そぉれ!」
「キャウン!」
ミスティの掛け声に合わせて獲物を狩り、くわえて持って行くと頭を撫でてくれる。
嬉しそうにするから、俺もちょっと誇らしげになる。
銀狼の力を思い知ったか!
だがそれは短い間だった。
忘れそうになるがミスティは身重の身。
次第に腹が目立つようになり、狩りも大人しくなった。
だから俺は仕方なく獲物を狩りに行き、ミスティに献上した。
「ありがとね、ポチ」
「どうってことない」
人語を話せるくらいに魔力が回復した俺は、今や大型犬くらいに成長した。
それを不思議とも思わないミスティは、くしゃくしゃと俺を撫でまくる。
一人は寂しいのか、たまに一緒にいようと家に入れてくれる。
ここに住んでやってもいいんだぞ、という言葉は、無言の圧力で言えないままだ。
しばらくして、ミスティが一人の男の子を生んだ。
「この子の名前は、アスティだ」
ミスティに似ない髪色と目に、ちょっとだけ腹が立った。
アスティを生んで半年後、ミスティはまたクエストに行くようになった。
なるべく報酬が高いものを選んで短時間で済ませてくる。
常に険しい顔をして、いつ死んでもいいくらいの勢いだった。
アスティは友人に預け、何かに追われるように、とにかく金を貯めまくっていた。
でも、なるべく夜は帰ってきて、アスティと一緒に寝ていた。
そんなある日、ミスティがフラついていたことがあった。
「おい、しっかりしろ」
「ん……ああ、ごめんごめん」
アスティが五歳くらいのときだった。
さすがに毎日休み無くクエストに行っているんだ。このままじゃ命に関わる。
このときの俺は、体長3mくらいに成長し、全盛期の力を取り戻していた。
普段は犬くらいのサイズだが、いざとなったら担げるし、背中に乗せていける。
「お前は一人で頑張りすぎだ。お前に何かあったらアスティが独りになるだろう?」
「ポチの生意気~。でも、うん、分かってる。ごめんね」
こういうとき、人間ならば一緒に金を稼げるのだろうか。
俺が人間になれば、今以上にミスティを支えられるのだろうか。
──夜に、アスティを見て、「ごめん」と言いながら流れる涙を拭いてやれるのだろうか。
ここにいもしない、アスティの存在すら知らない、男を忘れさせてやれるのだろうか。
ミスティに抱く感情は、恩人の範疇を超えている気がする。だが、そんなことを気にする段じゃない。
「お前に加護をつけた。……アスティが悲しまないようにな」
加護を授けると、どこにいるか把握できる。
念話もできるし身体も頑丈になる。
魔力供給もできるしミスティの力も今より強くなる。
「耳痛いなぁ。……ありがとうね、ポチ」
俺はただ、ミスティに撫でられるのが、好きなんだ。
アスティがクエストに行きだした。
ミスティの力が急速に弱くなりだしたのはこの頃だ。
繋がってるからこそ分かってしまう。
けれど、ミスティはクエストに行くのを止めなかった。
「あたしはね、間違いを犯してしまった。償う機会も自分で潰した。でもそれは、アスティには関係がないことなんだよ。
人間のルールがあってね、あたしはそれに従わなきゃならない。アスティには人並みの幸せを手に入れてほしい。だから、間違いを犯した人間は、できることをやるしかないんだ」
あと少しだから、とミスティは微笑う。
「あたしがいなくなったら、アスティのことよろしくね」
ミスティの笑顔を見たのは、それが最後だった。
魔力の繋がりが途切れた。
胸騒ぎがして家に行くと、倒れた母を目の前にして佇むアスティがいた。
「──っ、アスティ、病院! ベラんとこ!」
俺の声に我に返ったアスティは、母を抱えて移動魔法を唱えた。
俺もすかさず後を追う。
だが、ベラの病院に着いたときにはもう、ベッドに横たわったミスティは動かなくなっていた。
病気だった。過労だった。
クエストなんか行かなければ、俺の魔力で治せたかもしれないのに。
「ミスティ」
起きろよ。
アスティを独りにしないんじゃなかったのか?
なに一人で寝てるんだよ。
──もう、俺の頭を撫でてくれないのか?
ぐしゃぐしゃ、わしゃわしゃと撫でられるのが好きだったんだ。
俺の身体に身を預けて眠るお前を見るのが好きだったんだ。
人間というものは、呆気なく生を閉じる。
儚くて、自分勝手で、残酷だ。
だが、そんなお前が……俺は……
ミスティの墓は、アスティと二人で話して精霊の木の根元にした。ここは魔力が豊富で空気もいい。きっとゆっくり休める。
目印になるように小さな石を組んだ。
それからアスティはしばらくしてあの家を出た。
王都に行って不貞野郎たちを叩きのめすらしい。
かと思えば急帰ってきたときには魔力が穏やかで、しかもえらくべっぴんさんを連れてきた。
ミスティの家に住むらしい。
「シーラ、っていったか。ミスティも気にいるだろうな」
シーラに加護をやろうとしたが、既に護られていた。
アスティは魔力が異質すぎてやれなかった。
だからシーラの腹の子に加護をやることにした。アスティの血は引いてないが、ミスティの孫みたいなもんだろ。
それから二人は結婚して、今は三人で幸せになっている。
俺もラルフの世話をするため、ほぼあの家に住みだした。
月日が経ち、これからさらに家族が増えるかもしれない。
ラルフに協力しろって言われたから。
俺はこの家族の幸せをいつまでも見届けるつもりだ。
「わんわ!」
「俺は銀狼だ!」
ミスティの守りたかった笑顔を、守護精霊として護るために。
ご無沙汰しております。凛蓮月です。
騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜
こちらの発売日が決定し、各種サイトで予約受付中となりましたので、ご案内させていただきます。
レーベル→ツギクルブックス様
発売日→2026/1/10予定
イラストレーター様→アオイ冬子様
定価:1,540円 (本体1,400円+税10%)
ISBN:978-4-8156-4055-2
サイズ: 四六判
現在、各種書店様、Amazonや楽天ブックスなどでも予定を受付中です。
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表紙もアオイ冬子様のイラストがまた素敵で……!
ぜひお手に取っていただけたら、嬉しいです。
紙書籍の帯についてくるQRコードを読み取って読める番外編もございます。
電子版も各種電子書籍サイトで配信されるかと思います。詳しくはご利用のサイトをチェックしてみてくださいね。
今後の情報はツギクルブックス様の公式サイト(https://books.tugikuru.jp/)や、公式X(@tugikuru)などをご覧ください。
そして、リリアちゃんの番外編を更新するする詐欺で表紙にエタるかも、と表示されるようになっていたことをお詫びいたします。
お飾り妻から、9月に入り別作品が受賞し、騎士の夫と併せて三作品の書籍化準備に入り、中々他に手が伸びない状況です。
なので、リリアちゃんの番外編は年明けになりそうです。お待ちいただいている皆様に申し訳なさすぎるので、第一話を公開いたします。
語り手はシーラではありません。
よろしければこちらもご覧いただけますと幸いです。




