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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
番外編

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8.命尽きるその時まで【side アスティ】

 

 ギルドからの要請で、救難信号が上がった辺りに赴くと、小さな洞穴に血塗れの見知った顔を発見した。

 意識は無いがゆっくりと胸が上下しているので命はまだあるようだ。長年の経験からか自ら応急処置をしたようで、特に血溜まりは無く見た目には出血は止まっているように見える。

 ただ、気になるのは左目だ。

 あれはもう治癒魔法を施しても治らないだろう。

 傷の辺りに瘴気が漂い、治療を妨げる間に視力は失われる。

 唯一、俺の愛する妻であるシーラさんが作った万能の回復薬ならばその呪いさえ無効化するだろうが……

 あれは国王陛下から許可の無い作成は禁じられてしまった。

 取り扱いは慎重にしなければ、シーラさんがどこぞの輩に狙われてしまうからだそうだ。効果が強すぎるのもダメらしい。

 それでも病や傷から人を救いたいと、シーラさんは効果を少し弱めた万能の回復薬モドキを作り、俺を始めとした親しい者たちへ配っている。


 力を振り絞り救難信号を出した後、気を失ってしまったのだろう男に万能の回復薬モドキを注いで治癒魔法を施していく。

 いつぞやのリオンの傷を癒せなかったプライドは、俺に更に効果の高い治癒魔法を会得させた。

 それが今出番になっている。実に腹立たしい。

 そして、俺は嫌でも目の前の男を見捨てることができなかった。

 何故なら、愛してやまない息子に似過ぎているからだ。血の繋がりが憎らしい。

 死にゆく様を眺めてもいいが、それは息子を見捨てるに等しい。

 願わくば俺の知らないところで息絶えればいいものを。


「……チッ」


 聞こえないだろう舌打ちが漏れたところで男の瞼が微かに動いた。


「……ここは……」

「おはよう。救難信号が出たから迎えに来た」


 男は目を開くと俺の姿を認識して顔をしかめた。

 しかめたいのはこっちなんだけど。


「……すまない」

「すまないって言うなら無茶しないでくれる?」

「……面目ない」


 流石に気落ちしているのか覇気が無い。

 そりゃそうだよな。

 男の左目は既に視力を失ってしまったのだろう。

 自身の手を見ながら呆然としている。

 モドキでは目の瘴気を払えず、ざっくりと深く抉れた傷はそのままだ。


「……俺は……冒険者を続けられるのか……?」


 男は呆然としたまま呟いた。


「リリアの費用を払わなきゃいけないんだ。シーラの子にも残してやりたい。それが……償いになると思ったから……」


 この国で安定して一番稼げるのは王宮勤めだ。

 ただし、不貞していた者は王宮勤めができない。隠し子がいるなんて以ての外だ。

 理由は、腐ったミカンの周りが腐る原理と同じ。

 倫理観が狂っていると同調するからだ。

 独身者でも同じ。

 誰にでも手を出す者は例え実力者でも即刻退職処分がなされる。


 次に稼げるのが冒険者だ。

 誰にでもチャンスがあり難易度によって報酬が変わる。

 ただし、報酬が高いほど危険も伴う。

 時に命の危険さえある冒険者はひと山当ててやろうという者たちの憧れでもある。

 ――そして命を落とす。


 救難信号が打ち上がると、ギルドに連絡が行く。

 そこから高ランクの冒険者へ連絡し、救援に行けるかが問われる。

 大抵が危険難易度も高いので、ミイラ取りがミイラになる可能性もある。

 目の前の男のように大人しくしていればいいが、時には暴れて既に失血死……なんてのもあった。


 ただ、シーラさんの回復薬を持っていた奴はほぼ命を繋いでいた。

 即時に回復し、その後も効果が持続する為、冒険者たちに人気だった。

 治癒魔法師いらずなので、パーティー編成の幅も広がった。

 目の前の男も持っているはずだ。


「何で回復薬を使わなかった? 死にたかったのか?」

「使えなかった。俺にはもうこれしか無かったから……」


 見慣れない剣帯からぶら下がった小袋は、回復薬が入っているだろう膨らみがあった。

 万能の回復薬を作ったときから何年経過したと思ってるんだ。


「いつまでもそんなモンを大事に持ってるんじゃねぇよ。子どもたちに償いするにしても、命あってのものだろうが」


 不貞によって生まれたこの男の娘は、一年前から国の教育機関に通いだした。私生児の彼女にかかる費用は莫大なものだ。

 発覚からの猶予は約三年。

 唯一費用が免れる方法は、相手の女が潰してしまった。最初から再婚していればこんなふうになることもなかったかもしれない。

 それでも三年の間、こいつは寝る間も惜しみクエストに入り浸り必要最低限以外は子どもの名義で貯蓄しているのは知っていた。

 教育費用は毎年払わなくてはならない為、稼がなければ早々に資金は底をつく。

 娘だけの分を貯めればいいのに、名も呼べない息子(聞かれてないから答えてない)の分まで貯蓄しているのには驚いたけれど。


「シーラが……これを持っていればいつだってシーラが応援してくれている気がしてた。

 大丈夫だって言ってくれてる気がして……」


 未練がましく小袋を握り締める。

 シーラさんが作った物じゃなければ今すぐに破壊してやるのに。


「いつまで別れた妻にしがみついてんだよ。

 あんたが裏切ったんだろうが。シーラさんはもうあんたを思い出しもしない。息子だって……気にもしてない。もうあんたとは他人になったんだよ。バカじゃねぇの。

 リリアちゃんの分だけならそこまで追い込まなくていいだろうが」

「そういうわけにはいかないだろう……。名前も呼べなくても、会いたいときに会えなくても……愛した女が生んでくれた、血を分けた子なんだよ……」

「なにが愛した女だよ。お前たちは罪を犯しても、みなが当たり前にしている事を償いにできるからいいよな」


 ……本当に腹が立つ。

 あれだけ自己愛を爆発させておきながら今更子どもに対して金を払うとか改心しないでほしい。

 クズはクズらしく、最期まで貫き通せばいいものを。


「俺はまだ冒険者を続けられるのか?」

「死にたいなら続ければいい」


 元々この男は魔力が無い。魔力回路図が行き止まりになっているのだ。

 迷路のように張り巡らされた魔力回路図は、繋がっていなければ魔力を発現できない。

 回路が全身に行き渡る程魔力が多くなるが、この男は繋がった箇所が無い。

 魔力が無ければ魔法を使えず、己の力のみで戦わなければならない。

 シーラさんの剣帯は、魔力無しにとって最適なアイテムだった。……もう無いけどな。


「これからどうしたら……」


 頭を抱えて項垂れる男に苛立ちが募る。

 見捨てたいのに見捨てられない己の甘さにも。


「……一つ、紹介できる仕事がある」


 男はゆっくりと頭を上げた。

 その縋るような目も止めてほしい。ラルフに懇願されているみたいで己が揺らぐ。


「ただし、リオンは死ぬ。物理的に死ぬわけじゃない。表舞台に出られなくなるだけだ。

 子どもにも父として会えないだろう」


 二度と父とは名乗れないだろう。万が一、子を人質に取られれば容赦無く切り捨てられる。

 だからリオンとしての生を捨ててもらう。


「……子は……リリアはどうなる……? シアラは帰って来れるのか?」

「リリアちゃんは養子に行くことになると思う。

 養子になれば学ぶ為の費用は免除される。

 二度と会えなくなるが、……遺産として給金を遺すことは可能だ」


 表舞台にいれば私生児の問題はついて回る。

 いつかは父娘で暮らしたいと思っていたのだろうが、普通に働いては私生児の学ぶ資金は稼げないし冒険者としてもやっていくのはもう無理だろう。


 何かを得るとき、何かを手放さなければならなくなるのはままあること。

 今まで好き勝手にし、逃げ回っていたツケは大きく膨らみ取り返しがつかなくなってから容赦無く現実としてのしかかる。

 それもまた、自業自得だ。


「リリアと……シーラの子に……ちゃんと行くなら」

「そこは手続きする。では、今からお前は死ぬ」

「最後にひとつだけ聞きたい」


 縋るような目に不快感を感じながら質問を促すと、ようやく聞いてきた。

 最後の情けで答えてやれば、噛み締めるようにして何度も反芻する。


 頬に一筋の涙を流し、男は黙って目を閉じた。




「あの二人、結構使えるらしいね」

「元騎士だから情報を聞き出すのは慣れてるでしょうね。更に一人は生粋の遊び人、一人は愛していなくてもそういうふうに口を動かせる男ですから得意分野でしょう」


 王家の影として動く諜報部員たちは、王家の影とは言うが実質王家とは別の家が主体になっている。

 行き場の無い孤独となった者たちが多く、正規だが裏稼業になる為金払いはいいが彼らが表舞台に出ることはない。

 それでも自ら幸せを掴み引退する者はいる。ただ、中々替えがきかない為後任を探すことが難しかった。


「ルシオン、ダウト、次は南部の方に行ってくれ」


 元騎士の二人はよく働いてくれる。

 人当たりの良さ、周りを見る目は他の諜報部員たちにも見習わせたいくらいだ。

 特に左目に眼帯をしたルシオンは、その姿のみで任務をやってのけているようだ。

 時折ペンダントに入れた二人の子どもの肖像画を見ては遠い目をしている。給金は殆ど貯蓄し、子が成人したタイミングで遺産として支払われるよう手配されている。

 ダウトは隠し子こそいなかったものの、妻に愛想を尽かされ離婚された元騎士だ。

 遠征先で頻繁に女性と遊び呆けていたくせに、幼馴染みだった妻に捨てられた途端意気消沈して腑抜けているところをルシオンの紹介でこっちに引き入れた。

 最初は渋っていたが元妻へ慰謝料という名の遺産が残せるなら、と承諾した。

 こちらは元々の性質で上手く渡り歩いているようだ。


 時折表舞台を思い遠くを見る二人は何を思うだろう。

 後悔しても時は戻らない。

 二人は二度と、表舞台には帰れない。

 逃げ続けた先、己の欲望を優先させた結果が今だ。


 せいぜい表にいる傷付けた人たちの為に働いてもらおう。


 その命が尽きるまで。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

不定期で番外編を更新してきましたが、シーラとアスティの周りのお話はあとは幸せにしかならないので一旦終了となります。

とはいえ、この作品のテーマである「不貞の子にも幸せを」ということでリリアのその後も書きたいと思っています。

こちらは視点が変わりますが定期連載したいな、と思い鋭意準備中です。

出来上がり次第連載再開しますのでそのままお待ちいただけると嬉しいです。


待つ間に新連載「お飾り妻の心得~きみを愛することはないと言われたので、旦那様の恋を応援します!~」を始めましたのでこちらもよろしくお願いいたします。

久しぶりのほのぼの系です。


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ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
うーん。いやいや、ペンダントに写真入れないで。入れるのは、不倫してまで作った大切な子どもだけにして。そんな奴に見られてるかも、と思うと悪寒走るよね。 ハニトラ要員、最高です!これぞ適材適所ですね!納得…
お前らかーい! 子供からすれば、成人後に遺産としてお金が貰えるなら、それはそれで気持ちの整理になるかもしれませんね。 お金もなんにもなかったら、なんとも虚しい。恨みつらみは抱えて生きていくだろうけどね…
 ダウト、あの時クズを背後から刺したヤツとは別ですか?
感想一覧
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