7.繋がる家族
アスティとの間に生まれた女の子は、フレアと名付けた。
いくつかの候補を考えて、とある理由で決めた名前だ。
「フレアは魔力高そうですね。暴走しないようにしないといけませんね」
アスティと私の回路が相性が良かったのか、生後半年の検査でフレアはラルフ以上の魔力を持っていることが判明した。
身体の大きさに反して魔力が多過ぎると身体が熱くなるらしく、熱暴走を起こして発熱しやすくなる。
そのせいかフレアは頻繁に熱を出していた。
一日中ふにゃふにゃと不機嫌で、夜中もあまり眠れないらしい。
ベッドに寝かせると火がついたように泣くので、日中ずっと抱っこしておかないといけない。
デリラさんに申し訳無いけれど、気にせずフレアを見てやれ、と言われてほぼ仕事よりあやすことを優先している。
ラルフのときはほとんど泣かなくて楽と言えば楽だった。ポチ様に懐いているから手が離れるのも早かった。
けれどフレアはそうもいかず、日々戸惑いと心配が募っていく。
ぐったりとして帰宅すると、アスティが替わってくれるので遠慮なく甘えられるのは幸いだ。
「シーラさんは寝てください。フレアは俺に任せて」
「でも……」
「大丈夫です。魔力制御は慣れてますから」
熱冷ましは飲ませたけれど下がらず、熱くて寝苦しいのか、フレアはぐずぐずしながら顔をしかめていた。
そんなフレアをアスティは自分のお腹に乗せて背中を優しく叩く。
すると落ち着くのだろう。ふにゃふにゃぐずっていたフレアはやがてすぅーっと穏やかな寝息をたてはじめた。
アスティも幼い頃はよく熱を出していたらしいからミスティさんも同じようにしてくれていたのかもしれない。
「俺も魔力が多かったでしょう? だからこうして母さんがくっついていてくれたそうです」
「そっか……。私、熱冷ましくらいしか作れなくて無力さを感じているわ」
「シーラさんの熱冷ましも必要なんですよ。フレアもちゃんと飲むでしょう?」
「ええ。効いているならいいんだけどね。辛くなったら言ってね。替わるから」
「ありがとうございます。シーラさんもほら、そろそろ寝ないと明日に響きますよ」
お腹に乗せたままのフレアと、隣で横になっている私に掛布を掛けて、アスティはベッドにもたれたままの姿勢だった。
右手はフレアの背を擦り、左手で私の頭を撫でる。
安心できる存在が嬉しくて、私はそのまま眠りについた。
翌朝、起きるとフレアはアスティの腕の中ですやすやと眠っていた。
額に触れると熱は無さそう。
ホッとひと息吐くと、そっとベッドから抜け出した。
扉を開けるとラルフがいて、寝惚けまなこをさすりながら心配そうに見ていた。
「お母さん、フレア大丈夫?」
「ええ。お父さんが一緒にいてくれたからもう大丈夫よ」
フレアが熱が出たので、昨夜はラルフはポチ様と一緒に寝ていた。
けれど妹が心配だったのだろう。
「ラルフはちゃんと眠れた?」
「うん。ポチ様いたから」
「心配してくれたのね。ありがとう」
頭を撫でるとラルフは照れたようにはにかんだ。
赤ちゃんの頃から手が掛からず、それに甘えてしまっている。
ラルフも甘えてくることはあまりなく、気付けば触れ合うときも少ない気がする。
「ラルフは優しいのね。大好きよ」
ぎゅっと抱き締める。小さく身動ぎするのは驚かせたからか、照れ隠しか。
本当は寂しい思いをさせてしまっているのかもしれない。
この子は敏い子だ。
アスティとの血の繋がりが無いこともいずれ気付くだろう。
そのときに疎外感を感じさせないように大切に思う気持ちは伝えなければ。
フレアは月が経つと段々と安定してきたようで、夜中にぐずることは少なくなった。
夜はアスティが担当だったのでホッとした。
今はフレアを間に挟んで三人で寝ている。
ラルフも時々一緒に寝ているけれど、フレアに遠慮してしまうのかポチ様の方に行くことが多かった。
ラルフの好きにさせたい気持ちと、遠慮を取り払って一緒にいたほうがいいという気持ちと、我が子なのに距離感が掴めず悩んでいたとき、今度はラルフが高熱を出した。
ラルフの体調は普段から加護を与えたポチ様が管理していて、そうそう崩すことはなく健康体だった。そんな子が高熱を出したことで少なからず動揺してしまった。
「お母さん……」
「体起こせる? お薬作ったよ」
「ん……。ごめんなさい……」
「謝らなくていいのよ。無理をさせてしまっていたのね……。ごめんね」
顔を真っ赤にしてふうふう息をするラルフは、それでも私に心配かけまいと笑顔を作った。
ぐったりしながら薬を飲むと、再び掛布をかけてやる。
額のタオルを冷やして交換すると、気持ちよさそうに表情を緩めた。
「お母さん、ぼく、大丈夫だから、フレアのとこいっていいよ」
「今日はあなたについているわ」
「でも……」
「ラルフ、お熱があるときくらい遠慮しないで。あなたはまだ三歳なの。ポチ様から色々教わって知識は豊富にあっても、まだまだ子どもなのよ?」
随分と聞き分けがよくて忘れてしまいがちになるが、ラルフはまだ小さな子どもだ。
今まで大丈夫だからと後回しにしていたことを後悔する。
親が二人いるのに、二人ともフレアに構いきりでは本末転倒だ。
こうしてラルフがフレアを優先させてほしいと言うのを鵜呑みにしては、そのうち溝ができてしまう。
「ラルフも家族なのよ。お兄ちゃんだからって我慢しちゃだめ」
「でも……僕は……」
お父さんの子じゃないでしょ?
その言葉に目を見開いた。
「フレアはお父さんの子で、お母さんの子で、僕はお母さんの子だけどお父さんの子じゃなくて」
ぐすぐすと泣き出したラルフの頭をそっと撫でる。
いつから知っていたのだろう。
まだ何も分かっていないと思っていた。
これは私の落ち度だ。ラルフを独りぼっちにしてしまった。
「ラルフ、あなたは誰がなんと言おうとお母さんとお父さんの家族なのよ。お父さんと血は繋がってなくても、お父さんはあなたが大好きよ」
今はフレアに構いきりだが、アスティはラルフが赤子のときからお世話をしていた。
むしろ積極的に可愛がっていたし、ラルフもアスティの行動を真似るようになっていた。
「勿論お母さんもラルフが大好き。ラルフが生まれてくれて嬉しいわ」
「ほんとう?」
「ええ。ラルフがお腹にいるって分かったとき、悲しいことがあったの。でも、ラルフのおかげで乗り越えられたのよ。
強力な味方ができたってすごく嬉しかった」
ラルフは目を細めてはにかんだ。
相変わらず実の父に似ているけれど、とても愛おしい存在だ。
「あのね、ぼくね、お兄ちゃんになったからね、甘えちゃいけないって、思ったの。
フレアにゆずらなきゃって」
「ラルフは優しいなぁ。でもそこは譲らなくていいのよ。お兄ちゃんになってもお母さんにとっては子どもなんだから」
「そうだよ!」
そこへ仕事から帰宅したらしいアスティがラルフの部屋に入ってきた。
「ラルフはね、俺の大事な子どもなの。
大好きな人なの。やっとできた、俺の愛する家族の一員だよ」
アスティはラルフの手を握り、回復の魔法を唱えた。
「ラルフが熱出したって聞いて早帰りしてきた。
シーラさんの薬飲んだからもう大丈夫だよ」
額のタオルに冷却魔法をかけてやる。
ラルフは私たちを交互に見て、安心したようにふっと笑って眠りに誘われていった。
翌日、薬が効いたのか魔法が効いたのか、ラルフはすこぶる元気になった。
そして、少しずつ遠慮も解け、自分の気持ちを話すようになった。
たった3つの子が気にしていたなんて、と二人で反省した。
「ラルフ、フレアの名前の由来、知っている?」
「いみ?」
「うん。候補はいくつかあったんだけどね、とあることに気付いてフレアにしたんだ」
アスティはそう言いながらみんなの名前を書いた。
「シーラ……ラルフ……フレア……アスティ。
しりとりという、東国の言葉遊びらしくてね。ひとつに繋がっただろう?」
誰が欠けても繋がらない。そこにいる確かな意味。
夫婦を繋ぐ子ども、子どもを繋ぐ家族。
「ぼくも……家族?」
「ああ。大事な家族だよ」
ラルフの瞳が細められ、口角が緩んでいく。そしてぽろぽろと涙がこぼれた。
あの日以来、ラルフはアスティの胸に顔を埋めて泣いていた。
それからラルフはアスティと一緒にフレアを可愛がるお兄ちゃんになった。
成長するにつれ、性格とかちょっとした仕草とかアスティに似てきた気がする。
フレアが歩き出す頃には家の前の原っぱで遊び、そこにアスティも加われば3人泥だらけで帰って来る。
叱るのはいつも私で、それでも楽しそうに遊んでいるからまあいいか、と苦笑する毎日だった。
そうして、私たち家族の絆が揺るぎないものに変わった頃。
リオンからのラルフへの入金が途絶えた。
追記
素敵なレビューをいただきました。ありがとうございます!
感想も嬉しく思います。いつもありがとうございます!




