6.果報は寝て待つもの
期待して、期待した分だけ辛くなる。
赤い印を見る度に落胆する。
アスティとの子を授かりたいと願い始めて早二年が経過した。
確かに最初の頃は月のものも安定してなかったので気長に構えていた。
今は安定しているし、頻度も問題ないと思う。
けれど私の体は嬉しい知らせをもたらしてはくれない。
「シーラさん」
お腹を押さえた私の表情を見てすぐに察したのだろう。すぐに近くまで来て抱き締めてくれた。
「ごめんなさい」
「謝らないでください。シーラさんはラルフを生みました。原因があるなら俺の方でしょう?」
だから気にしなくて大丈夫です、と優しい声に包まれる。優しければ優しい程、どうして、と思い悩んでしまう。
「大丈夫ですよ。こればかりは気まぐれな神が微笑むのを待つしか無いです。それより俺としてはシーラさんが思い詰めてしまう方が悲しいのですが」
「そうは言っても……もしかしたら私に原因があるのかもしれないわ。ラルフを授かるまでに五年あったのだし」
「あー、それこそ嫌な男を思い出してしまうので俺泣いちゃいますよ?」
大袈裟に泣く真似をされ、唇を引き結ぶ。
アスティに過去の私はどうしてもあげられない。だから私は過去を引っ張り出して悩むのはすぐに止めた。
「問題なくても授からない夫婦は沢山います。気長に順番を待ちましょう。もし俺たちに順番が用意されていないならそれはそのとき考えればいい話です。それより始まったなら身体を冷やさないようにしないと」
落ち込む私の手を引いてソファに座らせると、慣れたように台所へ行きお湯を沸かし始めた。
ぼうっとしている間に温石を袋に入れてブランケットと一緒にソファに置いてくれた。
「はちみつと生姜湯です。体が温まりますよ」
「……ありがとう」
一口含むと心も体も温かくなっていく気がした。アスティの思いやりが詰まっているのかもしれない。
何も言わず、隣に座って温もりを分けてくれることに目頭が熱くなる。
「シーラさん。気分転換にクエスト行きませんか?」
「……え?」
「ラルフは俺が見てます。短い時間からまた始めてみませんか?」
アスティの言葉をよく呑み込めず、呆然としてしまった。
「家の中にじっとしてるだけじゃ息が詰まるでしょう?たまには思い切り外の空気を吸って、身体を動かすのはどうかな、って」
……それはもう、諦めてしまったということだろうか、と心臓がぎゅっとなった。
「あ、諦めたわけじゃないですよ。ただ、ストレスを溜めるのはよくないって聞いたんです。
シーラさんは元々月の半分はクエストに行っていたでしょう?だからそろそろ体力回復も兼ねて動いてもいいんじゃないかな、って」
本当にこの人は私の思考を先回りしてちゃんと不安を解消してくれる。
ラルフも離乳は完了しているし、少し家から離れてみるのもいいのかもしれない。
それから私は、アスティが休みの日に簡単なクエストに行くことにした。
とはいえ、いきなりパーティーを組んで迷惑かけてもいけないし、ということで、まずはソロクエストから。
思えば確かに最近は移動魔法を駆使していたし、回復薬の材料集めは家の前の庭で済ませていた。
そのせいか確実に体力が落ちていた。
……というか、最近気にしてなかったけれど、お腹周りにお肉が付いてきた気もする。
確かにお腹に巻く皮のコルセットがきつかった気がするし、ダイエットにもいいかもしれない。
気付いてしまえば夜、アスティに触れられることが急に恥ずかしくなった。
「あ、アスティ、待って」
「どうかしましたか?」
「私、気付かなかったんだけど、前と比べたら格段にお肉が……っ!」
「んー、俺前のシーラさんの身体知りませんから。常に今が基準なんで気にしてないです」
「ま、待って」
静止も聞かずにやり込められ、相変わらずたっぷりと愛される。
気にしないとはいえやっぱり恥ずかしいから、ちょっとハードなクエストにも行った方がいいかもしれない。
そんな理由で、私は以前の伝手を頼り王都のギルドでディランさんのパーティーメンバーとして参加することになった。
「久しぶりだなぁ! 元気だったか?」
「ディランさんもお久しぶりです」
「シーラちぃだやっほー」
ディランさんのパーティーは、ラムリアさんが抜けただけで変わらぬ顔ぶれだった。
以前と同じくみんなをサポートしながらクエストをこなしていく。
今回は肩慣らしということで、近くの森のレアモンスター狩りをすることになった。
斥候がモンスターを誘き出し、そのモンスターを足掛かりとしてレア物を誘き寄せるのだ。
長丁場になるかと思われたが夕方前にはレア物を狩ることができた。
だからあまり遅くならずに解散となったのだけれど、色々と積もる話もあるからと夕食に誘われた。
「シーラちぃ赤ちゃんほしいのかー」
「そういえばラムリアにも生まれたのよね」
「女たちだけで見に行ったのよ〜。可愛かったわぁ、ラムリアと旦那様の赤ちゃん」
「ラムちぃ子ども好きだったもんねぇ。幸せそうでなによりー」
盛り上がる女性陣とは反対に、一人むっすりと酒を煽るディランさん。その様子に呆れたのか、こっそりと耳打ちされた。
「ディランね、本当はラムリアを手放したくなかったのよ。ずーっとグチグチ言ってるわ」
「なんだかんだ長かったからね〜。でもお互い望んでないと不幸になるのは残された側と子どもだからねぇ」
片方が望まないと確かに残された方は不幸になる。勝手に生んだのだから、と育児に参加しないこともあるだろう。
苦労するのは生む側だ。
育てる責任はほぼ母親に降りかかる。
「ディランはねぇ、臆病なんよー。別れるのも失うのも怖がりさんなの」
「子どもなんてふにゃふにゃの存在が怖いんだって。まあ彼自身授かれないように魔法印してるんだけどね」
「面倒見はいいけどね〜。私たちは自由に動けるけど子どもとなるとそうはいかないから怖いらしいわぁ」
ディランさんが結婚もしない、子も儲けない理由はなんとなく分かってしまう。
子どもは生まれて育て上げるまで親の責任が伴う。
人の道を踏み外さないように、誰かを傷付けたりすることがないように、と教え諭さなければならない。
その覚悟もないままただ生み落とすだけではいけないだろう。
誰かが守らねば育たない存在。
大切に守り慈しみたいのに不慮の別れをさせられる事もあるだろう。
子を儲けることは親の欲だ。
けれど、私はそれでもアスティとの子を望みたい。
「俺ぁのことはいいんだよ。シーラ、子どもはな、本来生まれること自体が奇跡なんだよ。
一人の女が生む子どもの数なんてそう多くはない。欲の成れの果てなんて思わせちゃなんねぇ。
二人が望んで、迎え入れる。
本来はそれだけでいいんだよ」
酔っ払ったディランさんは、机に突っ伏して寝息を立て始めた。
そんな彼を見て女性たち三人は苦笑する。
「ディランーこんなとこで寝ないでよー」
「はぁ、また担いで行かなきゃならないの……」
「もうここに置いて行っていいんじゃない?」
「ごめんね、シーラちぃ。うちら一旦部屋に戻るね」
私もそろそろいい時間になったので、お暇することにした。
外に出て辺りを見るとだいぶ暗くなっていた。空気を吸い込むと、家の周りとは違うと感じ途端に恋しくなってきた。
すぐさま移動魔法を使って帰宅する。
「まー! かーり!」
「シーラさん! お帰りなさい!」
二人のワンコが笑顔で出迎えてくれた。ラルフのお口周りにクリームが付いているので食後のデザートでも食べてたのかな?
「シーラさん夕食は?」
「ディランさんに誘われてご一緒して来たわ」
「じゃあデザート食べませんか? ラルフも今食べてたんです」
夕食はお腹いっぱい食べたけれどまだ入りそうだったのでいただくことにした。
いつものお店の私が大好きなケーキ。
余分に買ってきてくれているアスティの気持ちに嬉しくなりながら一口含む。
「……あれ?」
「どうかしましたか?」
「あ、うん。味、変わったかな、って思って」
「そうですか? ……俺はあまり分からなかったな。他の食べます?」
「うん……。あ、それ貰っていい?」
無性に一つのケーキが気になって仕方がない。けれどそれはアスティは好きだけど、いつもの私なら選ばない味だった。
「珍しいですね。どうぞ。俺こっち食べますね」
「ごめんなさい。あなたのとっちゃったわね」
「お気になさらず。シーラさんがこの味に興味を示していただけて嬉しいです」
何をしても嬉しそうに言う彼に顔が緩んでしまう。
アスティのケーキを一口食べると、意外にも美味しくてハマってしまった。
「意外にも……いけるわ」
「でしょう? さっぱりしてるし甘いの欲しいけど甘ったるすぎないのがいいときはコレがいいんですよ」
今まで食べなかったのが不思議なくらいぱくぱく食べてしまった。
その夜、不思議な夢を見た。
小さなアスティと、ラルフが一緒に遊んでいる夢。
「まま、この子はね、女の子だよ」
「えっ」
ラルフがぷくっと怒ったようにして何かを言ったあと、驚いて目を覚ました。
隣を見ればアスティが気持ち良さそうに眠っている。
本当に彼にそっくりで、少しくすんだ銀髪はアスティの父親と同じだった。
もしかして、まさか、と胸がざわめく。
まだ分からない、期待しちゃだめだと言い聞かせてもどこかで確信めいてお腹を押さえた。
夜が明けたらベラさんのところへ行かなければ。
それから確定されて、アスティに伝えると、なぜかスローモーションで両手を挙げてあわあわした後顔を覆って泣き出した。
抱き締めたいけど潰したらどうしよう、と言うから両手を拡げて迎えた。
耳元で掠れた声で「ありがとう」と言われ、私も目が潤んだ。
その後、私は夢の通り、アスティにそっくりな少しくすんだ色の銀の髪を持つ女の子を出産した。
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騎士の夫〜の番外編も、もう少しだけ続きます。
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