5.案ずるよりも
アスティと結婚して、意識しなかったわけじゃない。
それは男女が結ばれると自然に行き着く考えの一つだと思う。
リオンのときもそうだった。――愛し合っていると言える行為ではなかったけれど、ラルフというかけがえのない命を授かった。
過程はどうあれ、大切な存在が増えることはいいことだ。
だから、これは自然なことで、何も臆することは無いのだ。
かと言って、私から言うのも何だか恥ずかしくて、かと言ってラルフがお願いするから、とも結局言えず、その日は静かに二人で眠った。
ここ最近はポチ様がラルフと一緒に寝る為、夫婦で寝る事が増えた。
かといって、毎日営みがあるかと言えばそうではない。アスティから求められる事もあるが、何もなく寝る前の口付けのみで眠る事の方が多い。
ちなみに何となく避妊薬を飲んでいるので、当然子は授からない。
新婚の頃は二人の時間を楽しみたいから、とかラルフに配慮して、と言い訳もできたが、結婚から半年以上が経過した。そろそろ考え始めてもいいのかもしれない。
とはいえ……
「……ラ!」
そうよ、避妊薬を止めたからってすぐに授かるとは限らないわ。現にリオンとは五年かかったし。まあ、それは協力を得られなかったから、とはいえ絶妙なタイミングで授かったとも言えるわね。
「……ーラ!」
あ、でもアスティのお母様は一回だったのよね。
魔力的な相性とかもあるのかしら?
「シーラ!」
「うひゃいっ!? っあ! 大変!」
回復薬を沸騰しないように煮詰めながら混ぜていたが、いつの間にか釜の中はボコボコと音を立て泡立ち、ヘドロのようにドロドロとしている。
これでは誰が飲んでもマズイと分かる失敗作だ。
「心ここにあらずだねぇ」
「すみません」
釜の火を止め熱冷ましの魔法を掛ける。こうなってはもう使えない。
せっかく精霊たちに貰った材料だったのに……
「何かあったのかい?」
「……何か、というより、そろそろ考えなきゃいけないことなのかな、と思いまして」
「考える?」
「ポチ様を通じて、ラルフからリクエストが入ったんです。……その……、弟や妹を、沢山、作れと……」
まさか息子からそんなことを言われるなんて予想もしていなかった。しかもまだ一歳にも満たない赤子からだ。
加護を授けたからポチ様と意思疎通ができるらしいけれどまさか息子からのお願いがそんな……しかも初めてのお願いが刺激的な物だとは思わなかった。
「ほー、つまり二人目をねぇ」
「今は何となく避妊薬を使ってるんです。でも半年経ったし、そろそろ考えてもいいのかな、って。けど私から避妊薬止めようとも言い難いし、かといって悠長にしていたら私も三十になるし」
「まあ、確かに子育ては体力のあるうち、とは言うね。子どもの体力は無限大だ。いつでも最大火力、そしてエネルギーが無くなったらストンと寝る」
ラルフはまだ立ち上がったばかり。ハイハイでさえ家中探検して回るのだから、これから歩き出して走り出したら……私ついていけるかしら?
「まあ、あんたらが互いに欲しいと思うならその時なんだろうよ。あたしはアスティの子が見れるなら嬉しいけどね」
アスティは幼い頃殆どをここで過ごしていたと聞いた。デリラさんからすればアスティを我が子のように思っているのかもしれない。
「あたしは子がいなけりゃ結婚もしてないからさ。アスティの子は孫みたいなもんだよね。
あ、勿論ラルフも孫みたいなもんだよ」
「……デリラさんは結婚しなかったんですね」
「そうさねぇ。若い頃好いた男はいたんだがね。彼には妻子がいたんだよ。バカみたいに幸せそうな顔する人だったねぇ。まあ、奪いたいとか思わなかったから見てるだけだったけどね。
後から思えば妻と子を愛しているのがありありと伝わってくるから好きになったんだな、って思ったね。
まあ、その後はいい男に巡り会えなかった。それだけさ」
「そうだったんですね……」
「全く誘いが無かったわけじゃないよ。人生何でもタイミングって重要だね。結婚したいとき、子が欲しいとき、互いに合わないと中々難しいやね」
デリラさんは私から見てもいい女性だ。
もしもその男性に好意を伝えていたら……
いや、デリラさんは伝えないだろう。
奪いたいとか思わなかったと言っていたし、それが誰であれ不貞に誘うようなことはしないだろう。
「ま、あたしもアスティの面倒見てたからさ。ラルフも面倒見てるしね。
子育ては慣れてるから安心しな。一人や二人増えても構わないよ」
「ありがとうございます。頼もしいですね」
子育ての環境は支えてくれる人がいるから大丈夫だろう。
……アスティが欲しいと言ってくれるなら。
その夜、ラルフをポチ様に預けてアスティと話をする事にした。
何故かベッドに正座して、お互いガチガチに緊張しているせいか時計の音がやけに響く。
「アスティ、あの……あのね」
「シーラさん、……その……俺……」
お互いに切り出して目を合わせて、目を丸くして。
緊張していたのがふっ、と力が抜けたように笑いあった。
「今日から、避妊薬……使わないでおこうと思います。本音を言えば子どもを授かることに躊躇いが無いとは言いません。けど、やっぱり想像するんです。
シーラさんと、ラルフと、俺と……その間にいる小さな子。家の前でピクニックして、はしゃいでる子どもたちを眺めて、お弁当食べたりして。
そういうの、いいな、って」
アスティは不貞の因果が子に向かうことを恐れていた。不幸になるかもしれないから、と行為をすること自体忌避していた時期もある。
そんな彼が前向きに未来を想像できていることに嬉しくなった。
「私も同じ気持ち。避妊薬を止めても相性とかもあるからすぐに、とはいかないかもしれないけど、いたらいいな、って思ってる」
こればかりは神のみぞ知る、といったところだろう。
仲良くても中々授からない夫婦もいれば、たった一度で授かることもある。
欲しい! と願って叶わなかったり、もういいや、って諦めた頃に来たりする。
どうなるかは分からない。けれど、……来てほしいと祈りたい。
「もし女の子だったら、シーラさんに似て可愛いだろうなぁ。……男の子だったら……俺みたいに捻くれたらどうしよう」
「あら。チビワンコが増えるのも面白そうよ?」
「ワンコは素直ですよ」
「私のワンコは一直線で一途なの」
アスティはにやけたいのを我慢するかのようにごろんと横になり、頭を私の膝に乗せた。
「甘えん坊ね」
「ワンコの特権ですから」
肩から垂れた髪をくるくると弄び、さらりと落としてそのまま長い指が頬に触れる。
指の背で髪を避け、親指でなぞられるとそわそわしてしまう。
お返しとばかりに柔らかな髪を撫で、額に口付けた。
「……やばい、幸せすぎて召されそう」
「長生きしてもらわなきゃ困るわ」
「子どもが生まれるまでは……いや、成人して、子どもが生まれて、またその子が生まれるまではせめて」
「どんどん伸びてる」
苦笑しているとアスティは起き上がり、啄むように口付けた。
「シーラさんと一緒なら、ずっと幸せでもいいですよね」
アスティは時折不安そうな瞳を見せてくる。長年の思考はちょっとやそっとじゃ溶けないのだろう。だから。
「あなたも、私も、幸せになるのよ。
ラルフも、……これから生まれてくるだろう子どもたちも」
不安が無くなるまで、何度でも言い続ける。
「愛しているわ」
こぼれんばかりの笑みを浮かべたアスティは、私を抱き寄せ口付けた。




