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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
番外編

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3.宮廷薬師の一日

 

「シーラ! 待っていたぞ」

「王子殿下におかれましては……」

「挨拶など堅苦しい事はよい。早速遊ぶぞ」

「なりません。恐れ入りますが王子殿下。挨拶は人付き合いにおいて基本中の基本です。

 親しき仲だからこそ礼儀を欠いてはならない、と東国の教えにもございます。

 それに私は教育係でも遊び相手でもございません。ただの薬師です。よって、本日ここに参りましたのは」

「ああ、もう! 小言はいい!」


 むすっとした王子殿下にニコリと笑み、滋養の薬を差し出した。

 王子殿下は躊躇いがちに受け取ると、蓋を開けて一気に飲み干した。

 今までの苦い薬を避けたかったのだろう。それでも観念して飲み干すのは二度と病に冒されたくない気持ちがあるからか。


「……飲みやすい」

「よく飲めました。これは滋養のお薬です。病魔に冒されて体力が低下した王子殿下のお体が、早く治りますように、とお願いしながら作りました」

「そうなのか?」


 笑顔を返すと、不思議そうに瓶を見ていた王子殿下の顔色が薄く色付いてきた。


「体が軽くなってきた」

「お薬が効いた証拠ですね」


 王子殿下の様子を見ながら、その効果を自分で試したときのことを思い出していた。


 あの日――


 アメリに久しぶりに再会し、話が弾み、息子たちを預けて来たアメリが夕方頃には帰宅するというので私もそれに合わせて帰宅した。


 そう。


『仕事が終わったらまた迎えに来ますね』


 アスティの言葉を楽しい時間を過ごしたことで頭の中から追い出してしまったらしい。

 仕事を終えてギルドに迎えに来たアスティは、ニーナさんに気まずそうに「シーラさんはお帰りになったようですよ」と言われるまでギルドの内外を探し回ったそうだ。

 そんな事とはつゆ知らず、私は呑気に家でアスティの帰りを待ちながら夕食を作っていた。


 帰宅したアスティに悪びれもせずにけろっとして「お帰り」と言うや、アスティに抱き締められ、ぼろぼろに泣かれた。

 そこで私は思い出したのだ。我ながら最低だ。


「シー……シーラさん、無事で……よかっ、何で……俺、忘れ……」


 顔をぐしゃぐしゃにして泣くアスティは置いてけぼりにされた幼子のようで瞬く間に罪悪感にかられた。責めるでもなく心配が先にくるから余計に胸に来た。


「ごめんなさい。そうよね、迎えに来てくれるって言ってたものね」


 ラルフより泣いている彼を何とか宥めたけど、その後べったりくっついて離れなかった。

 いつもならそっと避けるけど、この日は好きにさせておいた。

 何度も謝り、頭を撫でて離れて行かない事を確認するように抱き締めた。


 その夜のことは推して知るべし。

 何度もいる事を確認しながらアスティの気が済むまで付き合った結果、翌日はへろへろで動けなかった。


 当のアスティはニコニコしながらラルフのご飯を済ませると、いつものように仕事へ行った。

 アメリとの会話が反芻する。

 昼頃になんとか起き上がると、準備されていた食事をありがたく頂き、準備されていたお風呂に入り、滋養の回復薬を作って飲んだ。


 それが、今王子殿下が飲む滋養の回復薬だ。

 その日の夕方には体力も戻っていたから効果は抜群だ。

 仕事から帰宅したアスティに改めて謝罪をして、忘れないように気を付けることを約束してようやく許してもらえたのだ。


 そんな回想をしていると、王子殿下の体調はすっかりとよくなったようだ。


「シーラの薬はよく効くな。あのときは本当に苦しかった。父上から『きっとよくなる』と言われても、苦いのに効かないんだろうって思ってた。

 けど、飲みやすいのに効果が高くて、おかげでこうしてベッドから出て体を動かせる。

 感謝してもしきれないな。

 そうだ、御礼に俺の婚約者になるのはどうだ?」


 御年六歳の王子殿下はキラキラした瞳を向けてきた。

 これだけで婚約者にしようとするのはいささか安易ではないだろうか。


「大変光栄にございますが、私は既に結婚しております。我が国は一人の夫に一人の妻。私は夫を愛していますので殿下の妻にはなれません」

「そんなっ!」

「ですが、これからも殿下の健康を守る為、薬を作らせていただきますね」


 ショックを受けた王子殿下は、泣きそうな表情を唇を震わせながらぐっと堪えた。


「俺の申し出を断ったこと、後悔しないな?」

「夫と離れる方が後悔します」


 ふぎゅるっと声がして、みるみるうちに瞳に涙が溜まっていく。けれどそれをぐいっと拭い、鼻を広げながら涙が溢れるのを我慢していた。


「シーラは贅沢だ。だが、感謝している。

 何か褒美を取らせたいのだが……」

「褒美は国王陛下から賜りました。王子殿下からいただけるのであれば、健康でいて下さることが褒美になります」

「俺が……元気なことが褒美になるのか?」

「ええ。私が作った回復薬で元気になられるなら薬師として鼻高々になります」


 元々、お金や名誉なんて関係無かった。

 騎士団に卸していたときも、回復薬が誰かの役に立つならそれで良かったのだ。


「シーラの薬は好きだ。飲みやすいからな。

 これからも俺が元気でいる為に作ってくれ」

「仰せのままに」


 一礼し、殿下と目が合うと既に次代の為政者のような目になっていたのは私の贔屓目か。

 頷き合うと、そろそろ勉強の時間だと侍女に言われ、私は殿下のもとを辞することになった。


 殿下の部屋を一歩出ると、そこに意外な人物がいた。


「息子の様子はどうだ」


 一礼すると、その方は手を挙げられた。


「本日は滋養の回復薬を処方致しました。体力も回復してきているので、薬が効いているうちに基礎体力作りをして、医師の判断のもと徐々に日常生活に戻していただいてよろしいかと思われます」

「そうか。一時はどうなるかと思ったが順調で何よりだ」


 王太子殿下の表情が緩む。次代の為政者として感情を表に出さないと言われている方だが、我が子の事となると優しげな父親の表情になるのだな、と思うとなんだか和む。


「アスティを待っているのか?」

「はい。私の方が先に終わりましたので迎えに行こうかと」

「ああ。先日膨れ面していた事があったな。あまり彼を落ち込ませないように頼む。……世界の平和のためにも」


 苦笑する王太子殿下に冷や汗が流れた。

 王太子殿下にも言っているのか。


「夫がすみません……」

「いや、構わない。そういうところも気に入っている。それにアスティには私生児の問題に関して様々に助言を貰っているからな。

 今度はそもそも私生児を作らないように、と不貞の慰謝料についての法を整えることになったよ」

「そうなのですか?」

「ああ。不貞された側が新しい生活を始めやすいように、下限を金貨千枚にした。上限は無い」


 離婚するとき、リオンと共同の貯蓄と、推定の個人の貯蓄を鑑みて年収一年分にあたる金貨八百枚を請求した。

 下限が千枚になるならば、たとえ離婚時に子がいても贅沢をしなければ数年は猶予がある。その間に親は心身を癒やし、仕事を探すことができる。

 私生児でないなら学ぶ費用は国の負担だし、離婚できない理由の一つの問題を解消できる見込みがあるならば思い切りができ、いつでも去れる危機感を抱かせれば不貞の抑止力にもなりそうだ、と思った。


「それならば、冤罪に気を付けなければなりませんね。嘘の不貞をでっち上げられて不当に請求されてしまうかもしれません」

「冤罪か。そこまで気が回らなかったな」

「お金が関わると人は変わりやすくなります。わざと不貞させて……という発想をする人も出てくるかと」


 王太子殿下はふむ、と顎に手を触れる。

 不貞捜査は慎重になるだろう。


「調査はより正確に、となるだろう。

 アスティの協力が不可欠だな」


 そう言って頷かれると、聞き慣れた声がした。


「お呼びでしょうか」

「アスティ。ちょうど良かった」

「驚いたわ。お仕事はもういいの?」

「はい。今日はシーラさんの登城の日だと思いまして迎えに来ました。……今日は一緒に帰ろうと思いまして」


 神出鬼没の彼を見て、私は気まずくて無意識に頬を掻いた。

 殿下とお話ししているときは、少し扉が開いていたから、この様子だと先程の会話も聞かれていたかもしれない。


「迎えに来てくれたのね。ありがとう」

「少し、王城内を散歩してから帰りましょうか」

「いいの?」

「いいんです。仕事帰りだから誰も咎めませんよ」

「じゃあ、王城内デートね。案内してくれる?」

「よろこんで。では王太子殿下、御前を失礼致します」


 腰に手を回したアスティは、有無を言わさない笑顔を王太子殿下に向けた。

 話がありそうだったのにいいのかしら? と見ても嬉しそうに微笑むばかり。気にするな、とでも言うように腕を取って歩き出す。


「仕事だからって邪魔されたくないですからね」


 ぽつりと呟いた言葉に照れたのか、耳が赤い。


「いつも迎えに来てくれるから、今度は私も迎えに行こうかしら」

「シーラさんが迎えに来てくれるんですか? ……それはちょっと……だいぶ、嬉しいかも、です」

「そしたら忘れないでしょう?」


 アスティは目を丸くして、苦笑した。


「もう怒ってませんよ?」

「私が自分を許せないの。忘れるなんて二度としないわ。私はまだ若いんだし」


 アスティを悲しませてしまったことは反省すべきところだ。再発防止にも、私から迎えに行くことは良いことに思えた。


「アスティ、愛しているわ。ちゃんと、愛している」


 真っ直ぐ目を見て、言葉を更に足すと、顔まで真っ赤になって、腕も熱くなった。


「……早く、帰りましょうか」


 結局デートはできなかったけれど、お互いの存在と愛を再確認できた。


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デレデレデロデロかw はやくラルフの弟とか妹とかいっぱいにしろ
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