1.書記官のぼやき
アスティと一緒にいた名も無き書記官のお話です。
「だぁかぁらぁ、真実の愛なの。運命。分かる?」
「へえ、そうなんですか。それはそれは」
「ダァとは別れられないよ。奥さんが別れれば解決しちゃうのに」
「なるほどなるほど」
ニコニコと笑って話を聞いている俺のバディであるアスティさんだが、これ全く話を聞いていないと分かってしまうのは長年の経験からか。
「あー、でもぉ、お兄さんくらいかっこよかったら、アタシ乗り換えてもいっかもぉ」
何を勘違いしたのか、女は髪をくるくると指で遊びながら上目遣いで見てきた。
最近のアスティさんは、愛する妻と新婚ほやほやでラブラブで、毎日鬱陶しいくらい惚気ている。
以前は俺に近寄ると怪我するぞと言わんばかりに尖っていて、ある意味初々しかったが最近は愛し愛されているせいか雰囲気が柔らかくなり、いたずらっぽく笑う様で周りのハートをロックオンしてしまうのだ。
今日のような不倫の慰謝料請求の代行のとき、途中から何故か色気を出しては対象を虜にしてしまう。
それで女性がときめき、その後浮気カップルの殆どが破局を迎えているから最近では不貞クラッシャーなんてあだ名が付いている。
ちなみにクネクネの上目遣いはアスティさんにとっては地雷だ。
長年の付き合いから俺には分かる。
途中から色気を振り撒く理由は容易に想像がつく。
アスティさんは絶対、対象者の話を聞いているふりをして聞いていない。
ニコニコ笑いながら相槌を打ち、考えているのは奥さんと子どもの事だろう。
二人のことを思い浮かべるアスティさんは、ドキドキするくらい色気がある。
ちなみに本人は無自覚で、対象から離れた瞬間無になるのだ。
「はー聞き取り終わり。あーもうホント疲れた」
家から出た瞬間、移動魔法で帰城してソファにドカッと座り、肩をぐるぐる回しだす。
「とかなんとか言って、途中からまともに聞いてなかったでしょ」
「途中から同じ言語のはずなのに、よその国に来たみたいに脳が理解を拒否してたよ。あいつらってさ、何でありえない事ばかり言ってんだろうね。あー、早く帰りたい」
ぐったりしながら代行の報告書を自動筆記しながら不機嫌になるアスティさん。
ちらりと見れば、慰謝料の請求金額は倍になっていた。
「でもさ、ちょっと煽ったらどんどん金額吊り上げてくれるからオトクだよね。
給金から直接支払いになったし、そもそもの金額をもっと増額すればいいのにね」
黒い笑みを浮かべながらアスティさんは呟く。
話を聞いているふりをして聞いてないくせに、適当におだてて慰謝料を増額していくのだ。
『真実の愛って値切れるんですね』
『あなたたちの愛って、それくらいの価値しかないんですね』
『そちらの方のお値段がそれくらいなのですね』
ムキになった相手は気付かぬうちに価値を高められ、払うべき慰謝料を増額させられている。
怒りが冷めたとき、詐欺だと言うのだろうか。
それともアスティさんと比べてしまうのだろうか。
いずれにせよ、不貞カップルが破局してしまうのだから笑うしかない。
「しかし王太子妃殿下の仕事も早いですよね。
先日の女性の処分のあと即会議を開き慰謝料と養育費を直接給金から引かれるようにしたのですから」
「誰にでも分かりやすく謝罪の意思があることを伝えるのが慰謝料なのに、払わない、払いたくない奴らが多過ぎるんだよ。やりたい事やった結果苦しむ人がいるのに謝りもせずに開き直るか被害者面するのなんなの。
遊びたいなら別れればいいのに縋り付くのも意味分かんない。もはや喜劇だよ」
相変わらず不貞に対する嫌悪が酷い。
自身もそれで傷付いてきたから、憎む気持ちは良くわかる。
「騎士団の改革にも着手されてるんですよね?」
「ああ。遠征は独身者のみになったし、回復薬より鎮静剤や避妊薬を支給する事になったらしい。
で、違反者はこれ」
アスティさんは二本の指をハサミのように動かした。思わず「ひゅおっ」と声が漏れた。
「国王陛下や王太子殿下は同じ男だから情状酌量されていたけど、今回は王妃殿下と王太子妃殿下だからね……」
ああ……
あのお二方なら喜んでしそうだ。
「まあ、それなりに慈悲はあるだろうから……」
言いながらアスティさんもトオイメをしている。
男からすれば筆舌に尽くしがたい事をお二人はやってのけるだろう。逆らわないが吉である。
「そ、そういや、最近のアスティさんは色気マシマシですよね。ハニトラ要員にとかは……」
無理に話題を変えようとすると、反発する力が強くなる。周りの空気が凍り付き、圧縮された時点で失言に気付き文字通り息が止まり危うく致命傷になりかけた。
「ああ、何か最近欠員出たらしいね。何でも真に愛する人ができたんだろう? とても喜ばしいと思うよ。けれどね、俺はハニトラはしないよ。万が一があっては嫌だからと最初から王太子殿下にも言ってあるし、相応しい適任者はその辺探せばいくらでもいるだろう? 更に言えばね、俺は愛する女性と息子がいるんだ。二人を悲しませるような愚かなことをすると思う? 俺のせいで二人から捨てられたらさ、もう世界なんか滅べばいいと思うよ。そうだ、そうしようか。ああ、けれどそれではシーラさんもいなくなってしまうとか耐えられない。シーラさんとラルフ以外を滅ぼすね。というか、そういうのはさ、独身で身軽でチャラい奴がやればいいんじゃないかな?」
畳み掛けるような圧力、有無を言わさない程の冷たい微笑。
東国の冒険者が言っていた。
優しい人の笑顔は三度までだと。
今ので一回分減った。確実に減った。下手したら二回分減った。怖い怖い。
無言でコクコクと頷いた。彼は絶対に怒らせてはいけない人だ。
家族を悲しませるようなことを促すと本当に世界を滅ぼしかねない。
「ほ、ホントに家族が大事なんですね」
冷や汗を拭きながら話題を変えると、先程までの圧力はどこへやら、顔を極限までへにゃりと緩ませた。
「聞いてくれる? 最近ラルフがさ、離乳食食べるようになったんだけど、ヒナみたいに口開けてむぐむぐしてるの見るともう、こう、わーってなるんだよね。
赤子ってなんであんな可愛いんだろうね。シーラさんの子だからかな、他の子より百倍可愛い。でも最近犬と一緒に寝てて、夜もそっちが良さそうで父としては寂しいんだけどその分シーラさんといちゃいちゃできるっていうか」
くるくると変わる表情。本当に、幸せそうだ。
そして話は尽きない。
あれ、これ俺仕事終われるのかな……?
ああ、けれど。
俺もいつかは家族ができるのかなぁ……
そんなことを思いながら、今日も仕事は残業になりそうな予感がした。
大変お待たせいたしました。
不定期で番外編を更新していきます。
今の所皆様が気になっている、または感想欄にてリクエストをいただきましたお話といたしましては、
・アスティとシーラのいちゃいちゃをもう少し!
・アスティとシーラの子は生まれるのか?
・リリア一番可哀想じゃない? 親の身勝手に振り回された彼女に幸せはあるのか?
と、この辺りかなぁ? と思います。
現在構想を立てている段階ですが、気長にお待ちいただけると幸いです(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




