last.未来へ
国王陛下に謁見して、男爵位を賜ったけれど特に生活に変化は無かった。
いつも通りアルストレイルの家で過ごし、デリラさんの店で作った回復薬を時折ギルドに持って行って回復薬を卸す。
ちなみにデリラさんへの褒美は、貴重な薬の材料セットらしい。
「あんたは病に関する薬は苦手だからね。あたしが動けるうちに覚えなさいよ」
そう言われて少し切なくなった。
デリラさんには少しでも長く現役でいてほしい。
ミスティさんへの褒美は、アスティが蔵書にあった研究成果を一部提出して、魔法や魔道具に関する研究が認められて飛躍的に進化したことで名誉魔道士の称号を賜った。
家にある自動箒や食べ物を温めるやつが世に出回るととても便利になると思う。
研究の進化にはアラスターさんも尽力しているという。彼なりの償いなのかもしれない。
記憶の改ざんや、魔力回路図をいじるやつはさすがに禁術となったので封印された。
それがまた、ミスティさんの偉大さに拍車をかけたから皮肉だ。
償いといえば、リオンからようやく慰謝料が預けられた。
私が要求したのは金貨八百枚だったけど、千枚に増えていた。
ラルフへの養育費のつもりなのかもしれない。
シアラさんの分かもしれない。
どちらにせよ、返すにしてもリリアちゃんの莫大な教育費用を稼ぐ為、マルセーズを拠点とした冒険者となったらしい彼に会うこともない。このまま有り難く貰っておくことにした。
初回だけかと思えば、この後も養育費の名目で振り込みは続いた。
どんな心境の変化があったのだろう。
ラルフはもうアスティの子として届けてあるから要らないと言えば要らないのだけど、いつかラルフに本当の父親のことを話してもいいかもしれない、とは思うようになった。
もちろんアスティの意見も聞いて、それを踏まえた上で、会う、会わないの最終的な判断をするのはラルフだ。
変わらない日常が幸せで、満たされている。
愛する人がいて、穏やかで安定した生活が送れて、ようやく気持ちも落ち着いてきた。
アスティとは毎日一緒に寝るようになった。
ラルフは赤ちゃん用のベッドに寝かせて、時折三人で眠る。
色気も無いけど誰かの温もりに包まれて、目覚めたときにその寝顔が見れることが幸せで仕方ない。
大抵アスティの腕の中で目が覚めて、起きようとすると抱き寄せられるからしたいままにさせている。
そんな彼が、ある夜固い表情でベッドに座っているのを見たときは、釣られて顔が強張ってしまった。
「……寝ないの?」
「……寝ます。寝るけど、……寝ません」
顔を赤くして、手はぎゅっと握って、緊張しているのが伝わってくる。
ごまかすように赤ちゃん用のベッドにいるはずのラルフに目をやると、姿が見当たらない。
「アスティ、ラルフは?」
「ラルフ……は、ポチ様に来てもらって、別の部屋で寝てます」
ということは、と思うと途端に意識して鼓動が速くなる。
初めてじゃないくせに、どうしたらいいか分からなくてとりあえずアスティの隣に腰掛けた。
「きょ、今日は、良い天気でしたね」
「へっ? ……そ、そうね。ちょっと曇ってて肌寒かったけど」
「あ、暑いより、い、いいかな。うん、はい」
アスティの緊張が伝わって、私も何て返したらいいか分からなくなる。
余裕も何も無い自分の情けなさに悲しくなった。
「あー、違う。すみません、天気とか、どうでもよくて! シーラさん、今日は、俺、シーラさんの夫になりに来ました」
「アスティは私の夫よ、ね?」
真っ赤になった少し泣きそうな顔が更に真っ赤になっていく。それに胸の奥が疼いた。
「名実ともに、です。正直に言います。俺、したことありません。今まで怖くて、しようと思ったこともありません。
不貞に付き物だし、嫌だった。性能がいい避妊薬があっても、万が一子ができたら、それが私生児になったら、ってのも嫌だったから、できませんでした」
アスティは顔を覆いながら吐露してくれた。
それは彼が一歩前進する為に勇気を出しているということだ。
「不貞に関係した子どもが、また因果を引き継ぐって思ったら気軽にできませんでした。
でも……俺は、シーラさんとちゃんと夫婦になりたい。色々考えてこのまま『かもしれない』って悩むより、シーラさんと向き合いたい」
たぶん、彼が決断するのに想像もつかないくらい悩んだのだろう。常に不貞に翻弄されて傷付いて、それでも幸せになりたいと願う。
思わず彼を抱き締めた。
幸せにしたいと改めて強く思ったから。
「愛してる」
耳元で囁く。アスティの肩が震えた。
「あなたはちゃんと考えて、思いやれる人だわ。
私のことも、子どものことも。
惑うことがあっても、きっと思い留まれる。そう、信じているわ」
アスティの腕が背中に回る。夜着を握る手が熱い。
「マルセーズに行ったとき、ランディさんに言われたわ。『理解できないことは無理にしなくていい』って」
顔を上げたアスティの濡れた頬を拭う。
「デリラさんにも言われたわ。『悩みごとの殆どは杞憂で、残りは少しの勇気があれば解決する』って」
ゆっくりと頭を撫でる。傷付いた幼子のようにあどけない顔が嬉しそうにはにかんでいる。
「怖ければゆっくり進めればいいの。まず私たちが愛し合うことから始めましょう。子どものことも、避妊薬もあるし。
私たちが不貞をしなければ、因果は断ち切れるかもしれない」
アスティは目を見開いて、小さく頷いた。
「いつ、いつかは、シーラさんとの子も欲しいです。ラルフも可愛いけど、俺、欲張りだから」
「そうね。私も欲張りだから、家族が増えるのは賛成よ」
ふふ、と笑うとアスティの唇が頬に触れた。
何度も、何度も、軽く、優しく。
「シーラさん、好きです。大好きです。
シーラさんを見てると、こう、わーってなって、魔力が爆発しそうになって、それを、伝えたいです」
「相変わらず物騒ね! ……受け止めるけど、私も……言う程経験無いから、お手柔らかにお願いします」
頭を下げて、上げたと同時に唇を塞がれた。
「ちゃんと、上書き、しますから……」
ゆっくりと、身体が横たえられる。
恥ずかしくて身動ぎしたのを、縫い止められた。
泣きそうなあなたの頭を撫でる。
くすぐったそうに、嬉しそうにしながら手を取り口付ける。
きっと、本当は嬉しくて幸せで、泣きたくなるくらいに切なくて愛しくなる事。
愛する人の鼓動を間近で聞いて、互いの温もりを感じる事。
新たな表情や仕草を発見して、増々愛しさが募る事。
言葉では足りない気持ちを受け止める事。
「愛しています、シーラさん」
「私も……」
ゆっくりと、気持ちを伝え合う。
幸い、時間は沢山ある。
私たちはまだ夫婦として始まったばかり。
未来へ向けて。
まずは口付けから始めましょう。
この度は「騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
令嬢ものに飽きて、気楽に平民の話を書こう。
格式に囚われず、緩くいこう、と書き始めた当作品ですが、想定以上に好評をいただきまして、読んでくださる読者様が多くてとても励みになりました。
途中休載を挟みましたが待ってて下さる方が多く、本当に支えになりました。
感想も沢山ありがとうございます。
励ましや考察など、によによしながら拝見しておりました(*´∇`*)
誤字脱字報告も、見落としが多かったので助かります。いつもありがとうございます。
そんな当作品ですが、現在【書籍化】のお話を進めさせていただいております。
詳細の発表はまだ先ですが、二冊目の書籍を出していただけることになったのは、応援していただいた皆様のおかげだと思っております。ありがとうございます!
当作品をきっかけとして、既刊をお買い求めの方もありがとうございます。
気になる方は作者の活動報告に情報がありますのでご覧ください。
本編はこれにて完結となりますが、番外編も構想中です。
落ち着いたら少しずつ出力していこうと思います。
こんなのが読みたい!などありましたら、感想欄にお寄せください。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
最後になりますが、評価を頂けると今後の参考や励みになりますのでよろしければ下の方の★〜★★★★★を押して頂けると嬉しいです。




