49.覚悟【side アスティ】
「ダリオさんはそちらの女性と、将来的にどうなさるおつもりですか?」
「……っシアラとは、その……」
目線が泳ぎ、女の顔色は増々悪くなる。
書記官は口を引き結んだ。無の境地だ。さすがのリオンも気付いたようで、唖然としている。
「言い方を変えましょう。今の奥さんと別れて、そちらの女性と結婚しますか? リリアちゃんの養育も引き受けますか?」
「いや、だから、その……」
「あんた。あんたはどーすんの。再婚すんのはどっち? リオン? それともダリオ?」
強めに問い掛けても女は背中を丸め、俯いたまま顔を上げない。
この母子に関しては、私生児と確定した後も「要経過観察」だった。
シーラさんが再婚を要求していたからだ。可能性がゼロではないなら、どうなるか分からない。
だから、監視魔法を解いていなかった。
生活能力が無い女性がお金を稼ぐ方法なんて限られてくる。
とはいえ不特定多数は受け入れ難かったのだろう。
目を付けたのは、過去に自分を好いてくれていた男だった。
時間の経過と共に状況が変わったなんてお構いなしに、如何に自分が辛いかをアピールすれば絆される奴もいる。
男に未練があれば尚更だった。
「待ってください。……なあ、シアラ、俺はリリアが婚外子だって聞いたから妻と離婚してお前と再婚しようと思ってたんだ。
私生児なら話が違うじゃないか」
「ダリオさんと再婚するなら、リオンが同意すればリリアちゃんはあなたの子になります。
ただ、片方はリリアちゃんの親ですので私生児は変わりません」
この辺りの話はややこしくて。
私生児が全く血の繋がりの無い親元に引き取られるなら「養子」となり、教育費用は国から出る。
片方が実親ならば、教育費用は自己負担だ。
その場合、金額は新たな親の収入から算定される。
両親が揃えば「嫡子」となれるが……そこまでいけたケースは少ない。
男女関係無く、リオンのように不貞相手を簡単に捨てるからだ。
「俺はすまないがシアラとは再婚しない。今日ここに来たのはリリアの今後について話したかったからだ。子どもは幸せに、ってのは元妻の望みでもあるから。
だからそっちと再婚するなら反対はしないがリリアの教育費用は払わない」
「そんな……!」
「そりゃそうだろう? 教育費用だけ持ってかれるのは俺だけ不利じゃないか。
どうせそのうち面会すらなくなるんだろう?」
「リオンが……あなたが悪いのに……!
あなたが私たちを捨てるって言うから……!」
「だからまた既婚者に手を出したのか? ……救いようがないな」
「あんたに何が分かるのよ! ちょっと震えた声出しただけで簡単に騙される男が悪いんじゃない。
あんたたち、よほど嫁に不満があるんでしょ?
あたしは悪くないわ。ただちょっとか弱く見せただけ」
……ああ、男二人、戦意喪失しちゃった。
まあ、一理あるがさすがに続けて既婚者はアウトだ。
「シアラさん。申し訳ないのですが、あなたが故意に既婚者に手を出した事が確定したので、王太子妃殿下の裁定行きとなります」
一瞬、女の顔が歪んで、すぐに潤んだ瞳になる。
なるほど、これは名女優だな。
「ね、ねえ、リオン。私、あなたに捨てられたからダリオに慰めてもらってただけなの。
愛しているのはリオンだけよ。信じて?」
リオンは頭を抱えて項垂れた。人の振り見て何とやらなんだろうな。
シーラさんを蔑ろにしてこんなんを選んだとか、と思うと笑えるけど表に出さないようにしないと。
「いや……どうやって信じろと言うんだ……」
「あ、あたしは襲われたの! 無理矢理されたの! 怖かった!」
いやもうこれ茶番だろ? ダリオも目を丸くして頭を抱えだしたぞ。
「まあ、とりあえず、妃殿下のもとにご案内しますね。書記官、彼女を捕まえて。俺触りたくないから」
暴れる女に拘束魔法をかけ、俺だって嫌ですよ、と言いたげな目を無視して書記官に女の腕を持たせて俺は書記官の肩を持つ。
「二人はここでお待ちください。すぐ戻りますので」
頭を抱える二人を置いて、王太子妃殿下のもとへ移動した。
「あら、殿下の部下の子じゃない。どうしたの?」
「お忙しい中失礼致します。私生児に関する法の違反者をお連れしました」
王太子妃殿下の目が細められた。その様はまるで獲物を定めた女豹のようだ。
「うふふ、先日の騎士外れは手応えが無かったから楽しみだわ」
リオンを刺した元騎士は、あのあとうっかり回収するのを忘れて拘束されたまま二日ほど放置してしまっている間にすっかりと廃人になってしまった。
あの辺りは時折大型の魔物が出るからすぐにでも、と思ったが、パパと呼ばれて浮かれてしまい忘れたのだ。幸い魔物は俺の魔力に近付けず、騎士に手出しはできなかったようだが間近に迫る魔物、動けず、声も出せない状況に大の大人が恐怖に震えて回収したときにはうわ言を呟くばかりだった。
不貞、私生児に加え殺人未遂まで犯した為、王太子妃殿下の管轄へ。
その後どうなったかは分からないが、手応えが無かったというなら廃人のままだろう。
「ちょっと、誰よ、あんた」
「あら~、私好みの活きのいい雌猫ね。あなた何をなさったの?」
「私生児出産後、再度既婚者に手を出したようです」
「あらあらあらあら、まあまあまあまあ」
王太子妃殿下は扇を広げうっとりするように笑う。私生児に関する法の取り締まりは王太子妃殿下の管轄だ。この法が定められたときもその当時の王妃殿下、王太子妃殿下が中心となって定めたらしい。
「可愛らしいお顔。女という武器を利用してきた顔をしているわ。妻に愛されて衣食住整った幸せそうな既婚者を狙って落としても、満たされないでしょう?
あなたと出会って懇ろになっても妻と別れないのはあなたが根っから愛人にしかなれない枠だからよ。妻に勝った気でいて全く相手にされていないの、お気の毒ね」
閉じた扇で顔を上げさせ、美しい顔を綻ばせて吐くのは毒だ。女は屈辱にまみれた顔を真っ赤にしているが、拘束魔法で身動きもとれない。
「あなたのような雌猫が世に放っておかれると、私生児になる子が後を絶たないの。再犯は罰せよとの法だから……ごめんなさいね。
ああ、怖がらないで? ちょっと手を加えて二度と私生児を生み出さないようにするだけだから。……あなたもせめて独身の男性に手を出せばよかったのにね。
そこのあなた、こちらのお嬢様をお連れして」
命令された近衛騎士が「助けて!」と喚く女を担いで行ってしまった。
「彼女は……帰れますか?」
「彼女次第かしらね。皆が皆、あなたの妻のように優しい人間ばかりではないのよ。せめて最初の忠告で正していれば母子として普通に生きられたのにね。
私生児に関しては父親と話し合ってちょうだい。引き取れないなら孤児院かしらね」
やるせない気持ちが押し寄せる。
これで良かったのか、という気持ちが湧いてきて呑み込まれそうになる。
「元々、私生児の教育費用も親に対する経済制裁だったのよ。国としては子の為に贖罪するだろうと期待を込めていたのに、不貞をする者に誠意が無さすぎるのだもの。
だから今度は慰謝料や養育費もまとめて、給料差し押さえできるように法を整備するつもりよ」
それがいい、と思った。シーラさんもまだ払われていないと呆れていたから。
「それでは、失礼します」
王太子妃殿下のもとからマルセーズの家に移動すると、項垂れた男二人は帰らずに待っていた。
「シアラは……」
「不貞の再犯で王太子妃殿下の管轄になりました。おそらくもう戻らないでしょう」
二人の男が目を見開く。ダリオは特に青褪めていた。
「そんな……」
「分かりましたか? 不貞がもたらす現実を。
愛しているなら何故離婚しなかったんですか? 結婚したのに何故余所見する? あなたたちは結果、三人の女性を不幸にしたんです。
特に罪もない子どもと奥さんが一番の被害者ですよ」
男二人は押し黙った。いつだって一番傷付くのは無垢な存在だ。
自らの幸せだけを考えて、自分勝手な行動に巻き込まれた側はたまったものではない。
「シアラだけ、なぜ……」
「あなたたちはまだ初犯、あの女は私生児込みの再犯だからですよ。あなたたちも次はありません。被害者面とか止めてくださいね。不貞は一人じゃできませんから。これに懲りたら少しは身を改めるべきですよ」
軽い気持ちで始めたものが、とんでもなく重い結末になる。自業自得だし同情の余地も無いが誰もが不幸になることを知ってほしい。
「リリアはどうなる」
「あんたが育てるか、孤児院にやるか。
現実的に考えて冒険者は時間が不規則だし、孤児院に預けてたまに会いに行く、ですかね」
リオンは再び頭を抱えた。
自分のした事の結果が重しとなってのしかかる。
最初から逃げずに、シーラさんが言っていたことを実行していればこんな事態にはならなかったかもしれない。
そこに愛はなくても、リリアちゃんから見れば両親は揃っていたのだから。
不貞から始まったものは脆くて壊れやすい。
傍目には再婚して幸せそうに見えても、現実は違う様相をしていることもある。
こうはならない、と戒めのように心に刻む。
親の行動を子どもは見ているのだから。
その後、リオンは改心したのか、まずシーラさんに慰謝料を一括で支払った。
リリアちゃんは孤児院に預けられ、教育費用はリオンが支払っていくそうだ。
時折面会もして、いつかは親子で暮らせるようにしたいらしいが、こればかりはリリアちゃんの気持ち次第だろう。
ダリオは妻に全てを話し、慰謝料を払って再構築を目指すらしい。
初恋が幻想に破れたから妻に戻るって都合がいいが、夫婦の話し合いに外部が口を挟むのは筋違いだ。
だからこっそり奥さんに監視魔法付きの鏡を渡しておいた。どうなるかは二人次第だ。
こうして、周りの不貞の件が片付いて、ようやく、俺は決意を固めた。
次回、最終回です(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




