48.天と地と【side アスティ】
シーラさんと初めて朝を迎えて、そのあどけない寝顔に爆発しそうなくらいの幸せを感じていた。
血の繋がりのある父親に会って、感じたことは何も無かった。
もっと何かを言うべきだ、とか、母のことに対して色々あったはずなのに、何の感情も湧かなかった。
あの人にも事情があったのだろうが、そんなの関係無い。
結局不貞の事実が残っただけだ。
もう二十年以上も前の話で、証拠も無いから糾弾もできないしするつもりもない。せいぜい独り身で寂しい末路を迎えろ、という気持ちだけだった。
やはり不貞は誰も幸せになれない。
虚しくて、やるせなくて、アホらしい。
目の前にいる愛しい人を悲しませてまでやるべきことじゃないと改めて確認できただけでもあの人の価値はあったと思うことにした。
あの日から俺たちは夜一緒に寝ることになった。
とはいえ、何もしない。できていない。
ただ、抱き締め合って眠るだけ。
服を着たまま触れ合って戯れたりはするけど、繋がることはまだ怖かった。
それをすると、子ができる。
不貞の罪は子に移るような気がして、今まで一度もしたことがなかった。しないことが一番の対策だから。
周りが不貞に関われば、頑丈に閉められた扉は綻んでしまう。親がしていたら、特に。
俺はシーラさんやラルフを裏切る真似をするつもりはない。けれど人の心は分からない。
何故か親がそうだと、子も巻き込まれる可能性が高い気がする。
不倫に巻き込まれた子どもたちは、自身もシタりサレたりしていた。
だから俺は結婚しないと決めていたし、子どもなんてもってのほかだった。
でも、シーラさんに出会った。
恋をして、絶対に誰にも奪われたくないと思った。
本当ならば深いところでも繋がりたい。
沢山積もりに積もった愛を伝えたい。
でも臆病な俺は踏み出す勇気が足りない。
夫婦となったのに、夫の役割を果たせていないのに情けなさで自己嫌悪に陥る。
それでもシーラさんは待っててくれる。
拙い表現を受け止めて、返してくれる。
「私ね、あなたと出会えて幸せだなぁって感じるわ」
そう言って笑ってくれる。本当に好き。大好き。
「自分が幸せだと、過去の人も幸せになればいいのに、って思っちゃうのよね。傲慢かしら」
「過去の人……って元夫?」
「そう。リリアちゃんの為にも再婚して三人で仲良くすればいいのにな、って」
……それは無理だと思う。
「……あ、そう言えば言い忘れてましたが。
シーラさんが慰謝料を請求して払って、同意書にサインしないとあの二人は再婚できないです」
「えっ?」
「不貞した二人の再婚条件って厳しくて、まずサレた側へ謝罪の気持ちを表して許しを得ないといけないんです」
「そうなの」
大体サレた側は、自分を傷付けた二人が幸せになることが許せないから同意書にサインで拒絶する。
会いたくなければ代理人でも可だが、殆どが許さなかった。だから再婚した例は少なくて、結婚生活を全うできた人にいたってはゼロだ。
「じゃあ慰謝料請求するわ。同意書にもサインしなきゃね」
ニッコニコで言うシーラさんは、リオンに対する未練はゼロだ。あれだけ縋られても絆されてないのに、毛の先程同情した。
そんなわけで、シーラさんが慰謝料を請求すると言うので、俺は再び書記官と共にマルセーズの母子のもとへやって来た。
リオンは騎士を辞めたので、以前住んでいる家からは引っ越したようだ。
とはいえあれ以来ずっと監視魔法は作動していたからどこに、なんて知れたこと。
書記官からの何か言いたげな視線を感じ、躊躇わずに扉を叩いた。
「はい」
以前と変わらぬ声は少し気怠げで違和感をおぼえたが、待っていると扉が開かれた。
「シアラさんですね。お久しぶりです。以前お会いしました婚外子調査員のアスティと申します」
「……ひっ……!?」
見開いた目、以前より乱れた髪と服。
ああ、これは――と笑顔を崩さないように取り繕う。
「か、帰ってください。今日は都合が悪いので、別の日にしてください!」
「あなたが懇意にしてらっしゃる男性の奥様より、慰謝料の請求がありましたので伺った次第です」
どっちの? という歪んだ顔からは以前の面影は見られない。本当に不倫に縁がある奴は反省しない。
「シアラ? お客さん?」
まあ、不倫する奴なんてこんなもんだよな。
「いいからこっち来ないで!」
以前来たときに問題無さそうだったからそのままにしておいたが、俺の人を見る目も大したことなかったな。
となると、子どもが気掛かりだ。
「中にいらっしゃるのは新しいパートナーの方でしょうか? ご結婚されるならリリアちゃんの件はどうされますか?」
「リリアは私が育てます! 教育費用も払います。だから……っ」
「だ、そうですよ、リオンさん」
後ろの男に聞くと、女は声にならない悲鳴を上げた。
「ち、ちが……違うの、これは……」
「新しい男ができたなら、そう言えよ……」
「リオンが私達を捨てるって言うから……! だから、私……!」
「裁定員さん、この場合はどうなりますか?」
「それも含めて話し合いましょうか。中に入れていただけますか?」
ニッコリと微笑むと、女は項垂れて扉を開けた。
それを見て本物の書記官が顔を出す。
何か言いたげな顔をしていたが、素知らぬ振りをした。
「それでは改めまして。アスティと申します。
あなたは……こちらの女性とはどういったご関係で?」
「あ……初めまして、ダリオと申します。シアラさんとは以前酒場で一緒に働いていました」
真面目で優しそうな印象だったのになぁ……。俺の人を見る目は本当に大したことないらしい。
「なるほど。今は……どういったお付き合いをされていらっしゃいますか?」
「あの、それって言わなければいけませんか?
それに裁定員て、何ですか?」
一般に真面目に生きていれば、知らない知識は沢山ある。
一度道を誤れば、それを正す為の知識が必要になってくるが、この男はそれを持っていないのだろうな。
まあ、なるべくなら知りたくなかった知識の部類になるだろうが。
「私はこちらのリオンさんとその妻の離婚の話し合いのときに裁定した者です。
リリアちゃんをご存知ですね?
リリアちゃんはリオンさんとシアラさんの娘で、私生児です」
男は目を見開いて俺と女を交互に見ている。
女は顔色悪く俯いている。そう言えば今日はお茶を出す余裕すらなかったのか。
「シアラ……、どういうことだ? リリアは婚外子で、そこの男に捨てられたんじゃなかったのか……?」
困惑気味に聞いているが、彼女は何て嘯いたんだろうな。
「あんたも騙されてんな。俺は婚姻中にシアラに誘われて抱いたよ。たった一回でリリアができた。
その後は……妻に言えない罪悪感で逃げて……いわゆる不貞関係だったよ」
「ちょっ……と待ってください。私生児……? シアラが、誘った? まさか、そんな……」
男は頭を抱えてテーブルに肘を突いた。
王太子妃殿下の声が脳内に響く。
『女はね、ある意味女優よ。清楚清純を装った女が一番質が悪いわね。自分の売り方を知っていて、男のツボを突いてくる。
よくいるでしょ。庇護欲をそそるって女。
顔の良し悪しなんてどうでもいいの。肉体関係に顔は関係ないから。
私、そういう女、だーい嫌い』
つまり目の前の女はそういうタイプなんだろう。
故意か無意識かは分からないが、リオンも目の前の男も見事絡め取った手腕はさすがと言える。
長くなったので分けますm(_ _)m




