46.謁見
アスティと買い物をして、悩みに悩んでようやく決めた一張羅を着て、今、私は国王陛下に謁見する為控えの間でアスティと二人待たされている。
緊張しすぎて朝から何も食べられなかったし、むしろ中から全て出てきそうで既に帰りたい。
「どうしよう……、粗相して斬られたりしたら……」
「大丈夫ですよ。堂々としてればいいんです。何も悪いことはしてないんですから」
「今からするかもしれないわ」
「シーラさんがいきなり斬られるなら王家を滅ぼしますからご安心下さい」
「相変わらず物騒ね!?」
「シーラさんを守る為なら魔王にでも何でもなります」
ニコニコとして言うものだから、アスティがいれば何だか本当に大丈夫な気がして緊張が解けた。
それからは時々深呼吸をしながら待っていると、国王陛下の侍従という方から呼ばれた。
「こちらから呼び出して待たせてすまない。楽にしてくれ」
国王陛下の前で跪いていると、案外親しみやすそうな声がした。
アスティに目配せをすると姿勢を戻していたのでそれに倣う。
見てみると、玉座に国王陛下、王妃殿下、そして若い男女お二人もいたからおそらく王太子殿下御夫妻だろう。妃殿下のそばには可愛らしい男の子もいるから御子息かな。
……王家の皆様揃い踏みで、私の心臓がばっくばっくと鳴り響いた。
更に何か偉そうな方が数名並んでいる。
小太りの男性、体格の良い男性、先程の侍従の方もいらっしゃった。長髪で神経質そうな男性は何故かこちらを睨んでいる。
「シーラと申したか」
「は、はい」
「此度は孫の病気を快癒してくれたこと、心から礼を言う」
王家の皆様が一斉に頭を下げた。
内心叫び出したいのをぐっと堪える。
「王子殿下のご病気が快癒されたのでしたら光栄にございます」
「うむ。……一時は覚悟しておったが、こうして元気になったのはそなたのおかげだ」
「本当にありがとう。私からもお礼を言わせて」
「い、いえ……」
王太子妃殿下は嬉しそうに、涙ぐみながら仰った。同じ子を持つ母として、子どもが病気をすると気が気じゃないというのは良く分かるから何だか親近感が湧いた。
「聞けば以前王都騎士団の回復薬を卸していたのもそなただったのだな。効果の高い回復薬を安価で卸して貰えるからと当時の騎士団長も言っておった」
「あ……えと、今はもう卸していません」
苦笑いをして事情を説明すると、王家の皆様は眉をひそめた。王妃殿下は扇を広げている。
「自治を認めていたら騎士団の秩序が大変に乱れていたなんて。
これは久し振りにテコ入れのしがいがありますね」
「好き勝手し放題は国として見過ごせませんわね。王家からただちに調査を入れて正さないといけませんわね、王妃殿下」
女性二人が怪しく不敵な笑みを浮かべられた。
男性たちは気まずそうに目を逸らす。
「まあ、まあ、話を戻すぞ。シーラよ。そなたの作る回復薬は効果が高い。そこで良からぬ連中が狙うやもしれん」
「それは……どういう……?」
「極端な話、シーラ嬢の作る回復薬を求めて暴動が起きる可能性がなきにしもあらず、ということだ。特に今回息子を治した薬の存在が貴族たちに出回ると、争奪戦が繰り広げられるだろう。
今は王子の病気が完治したことはごく一部の者しか知らぬが、噂は確実に広まる。そうなると生命の危険さえ出てくるのだ」
ひえっ、と思わず口を押さえた。
デリラさんが「とんでもないシロモノ」と呟いたのはこういうこと?
「そこで、シーラを王家で保護することにした。
功績を讃え、そなたに一代限りの男爵位を授け、王子の宮廷薬師に任命したい」
「これは王家で安全を確保する為でもある。
とはいえそなたも生活があるだろうから常駐でなくとも構わない」
これって断れるものなのだろうか。
断って、いいものなのだろうか。
「身に余る光栄ですが、今回のことは、私一人で成し遂げたわけではありません。
万能の回復薬も、既に亡くなっている夫の母が理論を立て、それを参考に作成致しました。
試作は師匠と共に致しました。ですから、私だけ、というのは……」
今回万能の回復薬ができたのは、周りにいる人たちの協力無くしてはできなかった。
だから、私だけしていただくことに気が引けたのだ。
「ふむ。確かに理論が上手く組み立てられないと魔法薬は作れない。……そなたの夫の母と言うと……」
「夫の母は以前宮廷魔道士だったそうです」
「なんと! 名は何と言う?」
「ミスティさんです」
その名を告げると、場にいた男性の一人の顔が驚きに変わった。
何故かこちらを睨みつけていた、長髪の男性だ。
「宮廷魔道士ミスティの名は知っている。アスティの母だったのだな」
「素晴らしい魔道士だったと聞いている。ある日突然辞めてしまって、魔法師団長も残念がっていたな」
国王陛下に話を振られた長髪の男性は難しい顔をしていた。ミスティさんのお知り合いなら当時の話を聞いてみたいけど難しいかな。
「ふむ。そなたの話は相分かった。
だが平民のままでは何かと危険だ。どうか爵位を持つことを受け入れてほしい。
既に亡くなった者には栄誉を授け、そなたの師匠は別で褒美を取らせよう」
これはもう受け入れるしかない感じかな。
爵位なんて身に余るシロモノだけど、王家からも守られるならば悪い気はしない。
「かしこまりました。謹んで、お受けさせていただきます」
こうして私は男爵位を賜った。
時折王子殿下の様子を見て、体調不良の際は薬を処方すればいいらしい。
それに……爵位を得ることで、物理的にリオンから離れられるかも、という打算もあった。
謁見の間をあとにして、少し離れた場所で急に足の力が入らなくなった。
アスティに支えられながら立つと、時間差で震えが襲ってきた。
「緊張したぁ! 安心したら何か震えてきたわ」
「シーラさんお疲れ様でした。立派な受け答えでしたね」
「もう何喋ったか覚えてない」
アスティに支えられながら歩く。なんとなーくな記憶はあれど、現実味がなくてふわふわしているようだった。
「とりあえず、デリラさんにも褒美があることを伝えなければですね」
「そうね。材料を取って来てくれた冒険者たちにも何か、と思ったけど、さすがに止めておいたわ」
「シーラさんたら大胆」
「だって、本当に誰一人欠けても成し得なかったもの」
相変わらず周りに支えられているな、と感じている。だから私もみんなを支えたい。
「おい」
声がした方を向くと、先程謁見の間にいた長髪の男性がいた。確か魔法師団長と呼ばれていた気がする。
アスティが私を庇うように立った。
「何か御用でも?」
「ミスティが死んだのは……事実か?」
憎しみが篭っているような表情が、何故か悲しげに感じた。




