43.万能の回復薬の効果
アスティから貰った材料と、精霊たちの加護を得た材料を混ぜ合わせていく。
ミスティさんが示したレシピと混ぜ合わせる順序、魔力の込め方、何度も読み込んで頭に叩き込んだ知識をフル活用して細心の注意を払いながら作っていく。
聖龍の角からの神聖力とユニコーンの涙の生命力が虹色の輝きを生み出し、そこに精霊の力が加わると淡く光り、やがて大きなエネルギーを生み出した。
光が収まると、そこには虹色の液体が残っていた。
小瓶に注ぐと光が反射してキラキラと輝く。
「でき……た……?」
「ああ……。ミスティの想像の中の物と同じだな。相変わらず正確な理論を生み出す」
デリラさんは感心したように唸っている。
そばにいたポチ様も精霊たちの力が役に立ったことが誇らしいのか、尻尾をパタパタとさせていた。
「……と、こうしちゃいられないわ。重傷者がいるのよね」
「試作だが大丈夫かね」
「俺が保証しよう。シーラ、行って来い」
ポチ様のお墨付きを貰い、私は移動魔法でベラさんのもとへ向かった。
アスティはクエストの終了を冒険者たちに知らせにまた戻ってしまった。
べっとりと付着していた血は重傷者のものだろうけど、気が気じゃなかった。
新婚早々未亡人だなんて笑えない。
「ベラさん、重傷者はどちらですか?」
「シーラ! できたんだね!」
「はい。精霊の主様からも保証をいただいたので大丈夫だと思います」
ベラさんに案内されて室内に入る。
ベッドに横たわる人を見て、私は息を呑んだ。
ゆっくりと、近付く。
大丈夫だ。これはただの患者だ。
顔色悪く目を瞑る男の様子を目で追っていく。
だいぶ血が失われたのだろう。顔色は紙のように真っ白だ。眉間の皺は痛みに耐えているのだろうか。胸に巻かれた包帯には赤が滲み、怯むな、震えるな、と大きく深呼吸をした。
「起きてますか?」
声を掛けると男の瞼が震えた。
ゆっくりと、微かに開いた目は、驚きと安堵に満ちているようだった。
「……はい……」
「あなたを回復させる薬を持って来ました。ただ、これは試作品です。絶大な効果の対価に何か起こるかもしれません。
……あなたは、この薬を、飲みますか?」
意識が無いなら事後許可だけど、あるなら事前に許可を取る。
品質は保証されても同意してもらったほうがいいからだ。
「……お願いします」
男――リオンは弱々しく答えた。
とはいえ私はアスティの守護魔法のせいか、彼に一定距離以上近付けない。
ベラさんにお願いすると、察してくれたのか回復薬の小瓶を受け取った。
リオンの口に回復薬が注がれていく。
私は違和感や変化が無いか、見逃さないように彼を見ていた。
全て注がれ、こくん……と喉が鳴った。
するとリオンの身体が淡い光に包まれ、胸の辺りに凝縮された。それが収まると顔色が戻り、呼吸も落ち着いているように見える。
「どうですか?」
「背中と胸の痛みが完全に失くなった。失われた血は戻らないが、命の危機は脱したようだ」
リオンはぐっ、と拳を握り手応えを確かめている。
「それは良かったです。どこか不調に感じるところはありますか?」
「いや。……ありがとう、シーラ」
頬を赤らめ、目を輝かせて見てくる彼に若干……気持ち悪さを感じた。
「治ったなら良かったです。おだいじに」
「ま、待ってくれ。少しでいい。話がしたい」
……またか、と眉間にしわが寄ってしまったのは仕方がないだろうと思う。
「頼む」
仕方がないので目に付いた椅子に無言で腰掛けた。
今度はどんな言い訳をするのだろう?
「まずは、助けてくれてありがとう」
「はあ」
「それから、……ごめん。シーラを裏切ったこと、私生児がいたこと、死んでも償いきれないくらいシーラを傷付けてしまった」
「……」
「このケガは元同僚にやられた。そいつも私生児がいて、俺の件があって明るみになった。
それを羨ましがられて……恨まれたらしい」
私の知らない間にそんなことが起きていたのか。
「死ぬかもしれないってなったとき、もっとシーラを大切にすればよかったって後悔した。
シーラは……ずっと俺を愛してくれていた……」
……あれ、これもしかして続く?
「さっき気を失っていたとき、夢を見てたんだ。シーラが生んでくれた子どもと、広い草原で走り回って。
シーラが笑顔で見てて、すごく、幸せな、夢だった」
……回復薬の後遺症とか? せん妄……?
「シーラ、ごめん。本当にごめんなさい。
お願いします。もう一度俺にチャンスをください」
リオンは頭を下げた。
……虚言? それともまだ夢を見てるのかしら。
「私はあなたとやり直すつもりはないわ」
「シーラ!」
「妄想も大概にして。気持ち悪いわ。
それにマルセーズの母子はどうするのよ?」
「教育費用は何とか稼ぐ。シーラに迷惑はかけない」
「生活費はどうなるの? 冒険者になっても金貨を稼ぐのは大変じゃない。
法外な学費以上に稼がないと生活費を出すのは私でしょう。迷惑だわ」
「頑張って稼ぐ。シーラがサポートしてくれたら百人力だ」
無駄にポジティブな人って話が通じなくてこわいわ。
「お断りします。私のサポートを受ける価値無しだわ。まるで現実が見えていないのね。
あなたと暮らすメリットが、私には無いわ」
リオンは悲痛な表情を浮かべた。
私が絆されるとでも思ったのかしら。
「仮にチャンスをあげたとして、冒険者となったあなたは、私のサポートを得て自由に飛び回るんでしょうね。
私が見ていないのをいいことに、女性と一夜を過ごすかもしれない」
「浮気はしない。二度としないよ。誓ってシーラ以外を愛さない」
「信用ならないわ。数年嘘をつかれていたんだもの。あなたの言葉に真実は何一つとして無かった」
リオンは「違う、違う」と言いながら髪を掻きむしる。
「ねえリオン。何が一番惨めだったか分かる?
回復薬を作って善意で値段を下げたら、夫が遠征に行く理由に使われた。遠征先で隠し子を作られていたわ。
生活費を一定額出し合ったらあとは貯金とお小遣いにしたら、愛人を養われてた。
あなたがマルセーズの母子のところへ行く度、あなたの無事を祈ってた。
私がやってたこと、全部、あなたがマルセーズの母子のところへ行くのを結果的に助けていた。
剣帯もそう。自分が良かれとしていたことが、不貞のきっかけになって、助けになっていたのが許せない」
バカみたいじゃない。
私が不安で無事を祈るしかなかったとき、向こうは楽しくよろしくしていた。
自分で遠征を増やす口実を作って、あの時を思い出すと自分自身に腹が立つ。
「そんな思いを植え付けた相手と、どうしたら一緒に暮らすなんて発想ができるのかしら」
蒼白な顔をした彼を冷たく見下ろした。




