42.死ぬのは俺が許さない【side アスティ】
プロポーズは想像してたようにはできなかったけれど、シーラさんから思いを返されて、なんと、キ……キスまでしてしまった。
花束を渡して、指輪を嵌めて、見つめ返されたらまるで吸い込まれるようにして唇に触れた。
軽く、本当に触れるだけのものだったけれど、お互いに照れてシーラさんがとても可愛かったのを覚えている。
翌日、二人でギルドに婚姻届を提出した。
ラルフの出生届も、父親の欄に俺の名前を書いて再提出した。
王太子殿下の書状を見たギルド職員の目が飛び出さんばかりに見開かれていたのが印象的だった。
それからは仕事にもやる気を出してバリバリ働いて、シーラさんの回復薬で殿下の子息も小康状態を保てるようになったので、妃殿下が公務に復帰した。
と同時に王太子殿下の公務も通常に戻ったので、
ようやく素材調達に行けるようになったのだ。
「アスティがいない間に作れたらかっこよかったのに……」
シーラさんは既に万能の回復薬の制作に着手していた。なけなしのできた試作品は冒険者たちに使用感を聞いているらしいがあまりよくないらしい。
もっと沢山の素材を集め、試作しなければ王太子殿下の御子息に飲ませられない、とシーラさんは言う。
だから俺は素材調達のクエストを受けた。
本当は報酬はいらないんだけど、けじめだから、と譲らない。
そんなところも好きだ。
以前は断られたが、今度ばかりは俺も関係あるから遠慮なくクエストに行かせてもらう。
シーラさんの名前で発注すると、かなりの数の冒険者が集まった。
デリラさんは釈然としない顔をしていたけど、シーラさんの回復薬によって助けられた冒険者がそれだけいるということだ。
俺は最高ランクの冒険者として指揮を任された。
今回の目的は聖龍の角とユニコーンの涙。
いくつかのチームに分かれクエストに赴く。
俺はユニコーンの涙担当になった。
ユニコーンの涙は俺なら友好的にすぐ採れる。
この際だから散々泣かせて搾り取ろう。
「わかっているとは思いますが、クエスト中は私闘を禁じます」
レア素材のクエストはしばしば略奪されることがある。冒険者の中の暗黙のルールで禁止されているが、ルールを守らないやつはいるものだ。
特にリオンの方を見ながら言う。奴もクエストに参加していた。
リオンの元同僚もいた。娼婦との私生児がいる男だった。
娼婦という職業柄、多数の候補がいた為曖昧になっていたが、魔力回路図を照らし合わせるとあの同僚と合致した。
あの同僚が来たときは避妊薬を飲まなかったらしい。プロ失格だろ。
私生児の不正受給返還の為、彼は騎士団を辞めたと聞いた。騎士団の給金じゃ、返還なんかできないもんな。
ちなみに彼の妻は愛想を尽かし、二人に慰謝料を請求して離婚した。
私生児がいるくせに何故か妻に離婚したくないと縋ったらしいからどうかしている。
……そこはかとなくイヤな予感がする。
俺はクエスト受注者の中から統率が執れそうな奴を聖龍の角チームに送り、見張りを頼んだ。
俺が無事クエストを達成し、聖龍の角を取りに行った奴らの様子を見に行けば、膝を突いたリオンに元同僚が剣を振りかざしていたところだった。
「っにやってんだクソがぁああああ!!」
元同僚の手をめがけて攻撃魔法を放ち、同時に拘束魔法で縛り上げる。
「があっ!?」
血の付いた剣が宙を舞い、少し離れた地面に突き刺さった。
ゆっくりと、リオンの身体が傾き、ずさっと倒れ込んだ。
「シーラさんの発注クエストで何やってんですか。私闘禁止って言いましたよね。バカなんですか? ああ、バカだから感情に任せて逆恨みするんですよね」
「なにっ!?」
「どの口がリオンを責めてんですか。そっくりそのまま返って来てますよ」
「クソッ! 拘束を解け!」
「うるさいですよ。ちょっと黙っててもらえます?」
拘束魔法から逃れようと身を捩るが更に拘束が強くなる。あまり動くと骨がやられるが知ったことか。
それよりもリオンだ。
ここに回復術師がいないのが痛手だ。
俺は万能だが特出しているわけではない。
それでもしないよりはマシだと応急処置を施す。
「どーせ無用の長物でしょ。あんたの回復薬貰いますよ」
「ふざけっ! ぐあっ」
ぎゃあぎゃあ喚く元同僚の口を魔法で縫い合わせて塞いだ。喋ろうとすればかなり痛いだろう。
リオンを仰向けに寝かせ、口から回復薬を注いでいく。
シーラさんの初発注クエストで死ぬとか許さない。
今こいつが死んだら、シーラさんの気持ちに小さな引掻き傷となって遺ってしまう。
そんなのは許さない。
何とか胸の傷を癒やしているうち、リオンが薄らと目を開けた。
「俺を……助けるのか……」
掠れた弱々しい声が癪に障る。
「お前がどこで死のうが関係無いが、今じゃない。シーラさんに憂いを残したくない」
「……そうか……」
「それに、あんたまだシーラさんに償ってないでしょ。慰謝料だってまだだ。死んで楽になろうなんて思うなよ。生きて償え」
……クソ、僅かに心臓は外れているようだが、傷口が完全には塞がらない。
回復を阻害する何かが仕組まれているのか?
「シーラは……消えろと言った。このまま……消えた方が……いいんじゃないか……」
「女々しい、鬱陶しい。ちょっと黙れ。いつまで自己憐憫に浸ってんだよ。消えたきゃ勝手に消えろ。だが今じゃない。死んで、思い出として美化されんのはごめんだ。クズはクズのまま生きろよ」
リオンはハハッ、と力無く笑い、目を逸らした。
肩が震えているから嗚咽を堪えているのだろう。
「……俺は……間違えた……。シーラを……大切にしなきゃいけなかったんだ。
あんなに……支えてくれていたのに……」
「喋らないで。クソ、だめだ、傷口が塞がらない」
「シーラに……伝えてくれ。『すまなかった』と……」
「断る。言いたきゃ自分で言え。とりあえず移動魔法で帰還する」
リオンに触れながら移動魔法を使う。
拘束した奴はあとで回収すればいいか。
移動魔法で向かった先はベラさんの病院。
事情を説明するとすぐに治療を開始した。
そのままシーラさんが待つデリラさんの店へ。
「シーラさん、聖龍の角とユニコーンの涙採ってきました。今すぐ作れますか?」
「アスティ!? って、あなた血まみれじゃない。どうしたの?」
「説明はあとです。重傷者がいます。かなり出血して危険です」
シーラさんの目付きが変わった。
「分かったわ。すぐに作る」
材料を渡すと、デリラさんと顔を見合わせて作業に取り掛かった。




