41.ただ、もう一度【side リオン】
王都でシーラの情報を得るのは、簡単なことではなかった。
騎士団を辞め冒険者となっても、同業者たちからは遠巻きにされ、敵意を向けられることもあった。
「シーラさんいなくなって回復薬手に入れられなくなったよなぁ」
「クエストも慎重にならざるをえない。まあ、やり方を変えなきゃいけない時期なんだろうな」
酒場で会話を聞き情報を集めているときも、シーラが如何に冒険者たちに感謝されているかを聞かされるばかりだった。
「離婚したらしいから独り身だろう? 公私共にパートナーになってほしいよ」
そう言ったやつは一人や二人じゃない。
「嫁さんになって家で待ってくれてたらクエスト頑張れるよなぁ」
そんな素晴らしい妻だったのに、捨てるなんて、と目線で言われているようで居心地が悪かった。
冒険者たちの話を総合すれば、シーラは離婚して早々に王都から消えたらしい。
どの方面に向かう馬車にも目撃情報は無く、本当に煙に巻くようにいなくなったそうだ。
無闇矢鱈に探すのは効率が悪い。どうしようもなく八方塞がりで、会えない日々で余計に思いが募っていく。
「ねぇ、ディラン、私、あなたの子がほしい」
酒場の隅で女たちに囲まれたパーティーのリーダーが、女に詰め寄られていた。
シーラもほしいと言っていた。あのときちゃんと話を聞いておけば何かが変わったのだろうか。
「冒険者になったときに言っただろ。俺は子は作らない。誰とも結婚しないし、お前もそれを承知だったんじゃないのか?」
「でも……時が経てば気持ちも変わるわ。私は子がほしい。あなたとの絆が……」
リーダーは溜め息を吐いて頭を掻いている。
女はみな同じ事を思うのだろうか。
切実な顔はいつかのシーラを思い出させる。
……シーラも、どんな気持ちだったのだろう。
「子どもを絆の道具にするな。双方が納得して作るならだが、お前が俺の特別になる為に子どもを欲しいと言うなら拒否する。……どっちにしろこんな場所で立ち話するような内容じゃねぇ。
部屋に行ってろ」
リーダーはこちらに向かっている。不自然に思われない為に不浄場へ行く振りをした。
「片方が望まぬまま生まれた子の末路を考えたら、おいそれとは作れないだろう?」
すれ違い様にそんなことを呟かれ、バッと後ろを振り向く。
俺に言ったのか、ただの独り言か。
それからも二人を注視していたが、とうとう女はパーティーから姿を消していた。
男は毎日酒場で管を巻き、残りの女たちに慰められている。
みっともない、こうはなるまい、本当に愛しているなら追い掛ければいいのに、と思っていた。
「ラムちぃ西の方の冒険者の街に住むことになったんだって」
「そうかい……」
「知り合った人とそこで店開くんだって? あの子なら繁盛しそうだね」
「近くに行ったときはお邪魔しちゃおうよ」
西の方面はシーラの故郷があると言っていた。
確か、フレイルチェスト……ザイン団長が行った場所だ。
「お、お前、なんかイイ奴持ってんな」
「アルストレイルのギルドに売ってたんだよ。素早さがめちゃくちゃ上がるからいいぞ」
「最近凄腕の回復薬師でも来たらしいな」
別の方向から聞こえてきた会話に耳が向く。
回復薬師……と聞いてシーラを思い浮かべた。
まさか、と鼓動が速くなる。
それから俺はシーラではなく、ハーレムを抜けた女の行き先を聞いて回った。
決定的だったのは、ワイバーンが出たと言った冒険者の会話。
「こないだワイバーンが出たんだけどよ、アルストレイルで買った回復薬飲んだら楽勝だったんだよ」
間違いない、シーラはアルストレイルにいる。
ハーレムの女の滞在先もアルストレイル。
おそらくそこにいると、言いたかったのだろう。
西へ行かなければ。
そう、思って辿り着いたのに。
「これ以上私の邪魔をしないで。消えてちょうだい」
そう言われて胸を抉られたような感覚がした。
もう、間に合わないのか?
俺にチャンスは無いのか?
シーラの家に入れたのに、すぐに追い出された。挙げ句の果てには小さな光る物体に追い掛け回され、森の中を彷徨わされ、ようやく森を抜けたと思えばアルストレイルの冒険者たちに睨まれた。
「あのさ、今更シーラさんに何の用なの?」
「変な男に追い掛け回されて、街を出て行ったらどうしてくれんのよ」
冒険者たちの反応も冷たい。
ようやくシーラを見つけたのに、手も伸ばせない。
会いたくても会えず、家に行こうと森に入っては迷って入口に戻される。
「シーラさんに近付くなよ」
「そっとしといてあげなよ」
ただ、会いたいだけなんだ。
会って話がしたい。
抱き締めて、口付けたい。夫婦だから。
――夫婦だったんだから、愛し合っていたのだから。
『愛しているなら手放せ。元嫁さんの邪魔はするな』
団長の言葉が甦る。
今捕まえておかないと、二度と会えなくなってしまう。
シーラ、俺が間違っていた。
シアラとはただの一時の過ちだったんだ。
気持ちなんか微塵もなかった。
愛している、と言ったかもしれないが、それはただ、欲求に対する見返りだ。
どうしたらきみに会える。
どうしたら許してもらえる。
本当に愛しているのはシーラだけだ。
会いたい気持ちが日々募る。けれど何かに阻まれたように姿を見ることすらできない。
そんな中、シーラがクエストを発注していると知り、無我夢中で飛び付いた。
取り仕切るのが離婚の話し合いをしたときにいた裁定員だったのには驚いたが、彼は最高ランクの冒険者でもあるらしい。
クエスト受注者はいくつかのチームに分かれて行く。俺は聖龍の角を取りに行くチームだった。
これが成功したら、話ができるだろうか。
愛していると伝えられるだろうか。
切れかけの剣帯は、袋に入れて首から下げている。
シーラの思いが詰まったこれは俺の今の支えだ。
クエストを受けた冒険者たちに配布された回復薬はシーラの思いやりだ。
やっとの思いで聖龍に会い、角の欠片を手に入れた。
「これで……シーラが喜ぶだろう」
思えば結婚している間も贈り物などあまりしなかった。
シアラには家を与えたり他にも生活に困らないようにしていたくせにな……
なぜ、蔑ろにできたのか。
なぜ、シーラから目を逸らせたのか。
だが今からまた始めればいい。
今度こそ、きみを幸せにすると誓うから――
「……え……」
背中に感じる、熱い感覚。
何事かと思う間に見えた、背中から胸に伸びた、赤い剣先。
剣先がゆっくりと背中に向けて吸い込まれていく。
「か……は……」
膝から崩折れ、血を吐きながら膝を突く。
胸から流れる大量の赤は、どこか現実的ではない。
「お前が……お前が私生児なんか作るから……っ!」
聞き覚えのある声。かつて背中を預けていた奴だった。
彼も娼婦と子を儲けていたはずだ。
「妻に離婚を言われた。私生児の不正受給の返還を言われた! お前が……お前がバレなければ、うまくやれたのに……!」
――ああ、戦場で、頼れる同僚はお前だけだったのに。
「お前の剣帯も、あれがあったから俺が出世できなかった」
ロッカールームで剣帯を切るお前を見て、軽く絶望した。
ひゅー、ひゅー、と息が漏れる。
胸を押さえるが血が止まらない。
だがシーラの回復薬を使う気にはなれない。
だって、これは……
シーラからの最後の贈り物かもしれない。
「死ね! リオン!」
赤い剣が振り上げられた。スローモーションでゆっくりと動くそれを、ただ見ていた。




