40.格好がつかないプロポーズ
回復薬をアスティに渡してから、周りの方も元気になってきたようでひと安心。
私は私で既存の回復薬を作りながら、万能の回復薬を試作していた。
「ヒール草とマヒナオリ花、ドクケシ、メイテイ花、それから」
材料を鍋に入れ魔力を込めながら混ぜ合わせる。
細心の注意を払い、祈りも込めていく。
「マリョクノキ、リヒール……これを飲んだ人が……治るよう……」
私の物作りの基本は願い。魔力の素は祈り。
浮かべるのは使用する人の笑顔。
「ふう……」
「どうだい」
「デリラさん。やはり最大の材料である聖龍の角とユニコーンの涙が必須ですね」
「そうかい……」
今ある材料で回復薬を作ることは可能だ。けれど、全ての状態異常を治し、体力、魔力共に回復させる物を求めるならば、その二つを手に入れないといけないらしい。
「あとはその二つを手に入れてから……ですね」
「ギルドには依頼したんだろう?」
「ええ」
万能の回復薬を試作すると決めて取り掛かってすぐに、デリラさんを通じてギルドのクエストとして聖龍の角とユニコーンの涙の入手の依頼をした。
ベテラン勢を始めとして依頼を受けてくれたけど、成果は芳しくない。
それどころか偽物を持って来る人もいて、困っていた。
「目的の物だけではなく、他のレア素材を持って来たから買い取れ、っていうのもあって、ちょっと疲れました」
「最近は流れの冒険者も来るようになったらしいからね。他所モンは嫌いだけど、冒険者は受け入れる街だから仕方ないっちゃ仕方ないが……。
騎士団も無いし、冒険者の中からの自警団はあれどって感じかねぇ」
デリラさんもはぁ、と溜め息を吐いた。
アルストレイルに騎士団の詰め所は無い。隣のフレイルチェストにはあるけど、丘一つ向こうにあるからアテにはできない。
だから冒険者の中で有志が集まり自警団を結成しているけど殆どがケガや病気、高齢化で引退した人だった。
「せめて統率してくれる人がいれば……」
「アスティの仕事はまだ忙しいのかい?」
デリラさんの言葉に、知らずに膨れ面になってしまう。
「……最近なんかコソコソしてるんですよね」
そう。
回復薬を渡した日、アスティは仕事から帰宅して私の顔を見てびっくりしていた。
いつものように「ただいま帰りました!」とワンコのように明るく帰って来ると思っていたから、無言で帰宅したアスティを見た私の方がびっくりだった。
それから何だかソワソワして、私の手をやたらと触りたがったり、かと思えば好きな花を聞いてきたりと、絶対に何か隠し事をしている風なのだ。
ラルフに対しては相変わらずパパと呼ばせたいのかしつこいくらいに話し掛けているけれど、私に対しては目を逸らしたりじっと見てきたり、怪しいことこの上ない。
「アスティは浮気するような奴じゃないだろう」
「分かってはいますが……」
万が一、アスティが浮気したとしたら、私はもう誰も信用できなくなるだろう。
自身の生まれから不貞を恨み結婚しないと誓った彼は徹底して女性の影を排除していたらしい。
そんな彼が、私以外の女性と……なんて想像しただけで心臓が痛い。
先日の守護魔法だってそうだ。
あんな、自然に、慣れたふうにするから。
他の誰かにもしたことがあるのかな、って思ったら嫌だった。
「私、元夫の浮気とかも落ち込みはしましたが割と大丈夫だったので淡泊だと思ってたんですが、実はそうじゃないのかも、とか思ったら何か、もう、子どももいるのに、って」
自立した女性にならなきゃいけない。
強くあらねばならない。
そう思っていたけど、弱くなる自分に嫌気が差した。
「惚気かい」
「悩みですよ」
「知っているかい? 悩みごとの殆どは杞憂で、残りは少しの勇気があれば解決するってさ」
デリラさんは言う。
「うだうだ悩んでる暇があるならアスティと話しな。人の時は悠久ではない。毎日を悔い無く生きていきたいならばきちんと話し合うことだね」
確かに、話し合うことはいずれしなければいけないだろう。
でもそこで「シーラさん以外に好きな人ができたた」なんて言われたら……
「まあ、アスティが何をしたいかなんて何となく分かる気もするがね」
私は見当もつかない。
でもこのままモヤモヤしたままもイヤだ。
「答えてくれるでしょうか」
「シーラに誤解されてると知ったら自分を害しそうだから慎重にな」
アスティならありえるかも、とちょっと思ってしまった。
数日後、私はアスティの帰りを待っていた。
終業時間は不規則らしいけれど、思えばアスティは毎日決まった時間だったな。
「た、ただいま……」
移動魔法で居間に現れたアスティは、小さな声で言った。
「おかえりなさい」
じっと見つめるけれど、アスティは唇を引き結んで喉を鳴らした。
「話があるの」
一瞬にして表情が強張った。けれどいつもと違うのは、彼が私から目線を外さなかった。
「おれ、おれ、も。話が……ごくっ、あでぃます」
……?
今、噛んだ?
「あ、あの、ここでは何ですから、あの丘に行きませんか」
心臓の辺りを押さえて、気のせいか顔が赤い。
体調が悪かったのかな?
「え、と、ラルフが一人になるわ……?」
「……く……、そ、そう、です、よね。……ラルフも連れていきましょう」
よほどあの丘が気に入っているのね。
モヤは一瞬にして拡がり気持ちを巣食っていく。
でも、ウジウジ悩むのはやめた。
そのときはそのときだ。
私がラルフを抱っこすると、アスティは私を抱き寄せて移動魔法を使った。
丘の上は風があって、草木をサラサラと撫でては音を奏でている。
腕の中にいるラルフは、目を細めながら風を感じているようだった。
しばらく風の音を聞いて、以前アスティが告白してくれたことを思い出した。
彼を信じたい。
私は意を決してアスティに振り向いた。
と同時にアスティは地面に片膝を突き私を見上げた。
その瞳には以前と変わらない熱が込められている。
「アスティ……?」
「シーラさん。俺、あなたが好きです」
懇願するような、切実な表情と声に胸が高鳴る。
「俺、本当に、あなたが好きなんです。
自分でも引くくらい、毎日シーラさんのことを考えています」
それは真剣そのもので、きちんと向き合わなければならないと思った。
「本当は、シーラさんの全てが欲しいと思ってます。でも、シーラさんの過去は欲しがらないって決めてます。だって絶対貰えないでしょう?
貰えないものを欲しがると、気持ちが飢えたままになるから。
満たされない物を、他で代用しようとするから」
それが、不貞に繋がるから、と、あとに続いた。
「でも、シーラさんの今と、未来は全部欲しいです」
そこまで言うと、アスティは空間魔法から大きな花束と、小さな箱を取り出した。
「シーラさん、俺と結婚してください。
王太子殿下から再婚の許可は貰いました。
名実ともに、シーラさんの夫になりたいし、ラルフの父親になりたい」
「アスティ……」
王太子殿下って国を治める国王陛下の御子息よね? そんな方から再婚の許可? と、何だかとんでもない言葉が聞こえた気がした。
「最近、何だか様子がおかしかったの、って、これ?」
花束は私が好きな花。そして指輪。
一つ一つの点が繋がって、ホッとするやら何やら……
「っすみません。俺、こういうの縁遠いって思ってたから慣れてなくて……まさか、シーラさんに誤解させてしまいましたか?」
表情が青くなり狼狽えるアスティが可愛らしくて、思わず撫でてしまった。
「誤解ならいいの。もしかしたら、飽きちゃったかな、とか、ちょっと」
「シーラさんに飽きるとかありえません。毎日シーラさんは生きてて、表情も行動も変わるでしょう? 一分一秒でも見逃したくないんです」
「そ、そう」
前のめりで言われて、けれど腕の中のラルフを驚かせないように声を抑え気味に叫ぶ。幸いラルフはすやすやと眠っていた。
「俺、結構欲張りなんです。
お互いよぼよぼになってもずっと一緒にいたい」
過去はいらないけれど、欲張り。馬鹿正直で愛おしい。
「私も、アスティが好き。ずっと一緒にいたい。
……私も欲張りみたい。あなたが他の女性と、なんて思ったらすごく嫌だったわ。
悩んで、もやもやして、でも、取り返してやる、なんて」
そこまで言うと、ふわりと抱き締められた。
間にラルフがいるからきつくはないけど、アスティの匂いが鼻をくすぐる。
「浮気はしません。一生シーラさんのそばにいさせてください」
「絶対に、しないで……」
「もちろんです。シーラさんを幸せにします」
ラルフを抱っこしていたから花束は受け取れなかったし指輪もできなかった。
格好つけたかったのに、と嘆いていたアスティも、愛おしい。
帰宅して、ラルフをベッドに降ろしてから指輪をはめてもらった。
花束を、居間に飾った。
そして、初めて、口付けをした。




