35.邂逅
アスティから告白されて、結婚を前提にした付き合いが始まった。
「俺毎日この家に帰って来ますから」
王都での仕事がある彼は毎日移動魔法で王都に行き帰宅する。
誰かの帰りを待つことに最初は不安もあったけれど、毎日変わらず定時に帰宅すること、可能であれば昼休憩などにも戻って来るのでそういった不安は早々に無くなった。
「俺に監視魔法掛けてますから、不安になったらこの鏡でいつでも見てください」
リオンの不貞の証拠を映していた鏡を渡されたけれど、今のところ一度だけしか見ていない。
何となく気になって見たとき、アスティの顔が緩みっぱなしで高貴な方に呆れられていたのが見えて拍子抜けした。
表情を正しても、三分に一度緩む。
『アスティ、顔緩みすぎだぞ』
『すみません。この世の幸せを独り占めできてるので緩まずにいられず……。信じられますか?
帰宅したら可愛い婚約者が出迎えてくれるんですよ? もう……魔力暴走起こしそう……』
『止めろ、暴走させるな。国が危機に陥るだろう』
わいわいと楽しそうに仕事しているアスティに、思わず私まで頬が緩んでしまう。
お腹の子もボコボコと動いて同意してくれるかのようだった。
そんな彼を疑うこともバカらしく、鏡はお守り程度に持っているだけ。
そんな穏やかな日常が過ぎて、辛いことも微睡みのように薄れていたときの事だった。
「シーラさん?」
聞き慣れてはいないが、けれど聞いたことがある声がして振り向いた。
「あ、やっぱりシーラさんだった! お久しぶりです」
「あ……えっと……」
サラサラのストレートヘアを揺らしながら近付いてくる女性に見覚えはある。確か。
「ラムリアです。マルセーズに行ったときにディランのパーティーメンバーだった」
「ラムリアさん! お久しぶりです」
マルセーズで倒れたときに着替えなど介抱してくれたのが彼女だったと思い出す。
パーティーの中で治癒魔法師としてメンバーたちを支えていた。
他の女性陣が派手目な人だったから、ラムリアさんの落ち着いた雰囲気はパーティーの中で安心できる存在だった。
「ちょっと前にギルドで見かけて、そうかなぁと思ってました」
「ちょっと前……って、もしかして視線を感じるなぁって思ってたの、まさかラムリアさんだった?」
「すみません。不躾でしたね」
あのときギルドで感じた視線はラムリアさんだったのか、とホッとした。
変な人じゃなくて良かった。
「でも、どうしてここに?」
ラムリアさんはどちらかと言えばディランさんを献身的に支えていた印象だった。
だからここにいるのに違和感がある。
穏やかな笑みを浮かべていたラムリアさんは「あちらで話しましょう」と手を引いてくれた。
広場にあるベンチに腰掛けると自然に息を吐く。
もうすぐ生まれそうなほど膨らんだお腹を擦るのがくせになっている。
「大きなお腹ですね。もうすぐ、ですか?」
「ええ。生まれるのは楽しみだけど、大きなお腹ではなくなることがちょっと寂しいかなぁ、なんて」
目を細めて、慈しむような目線を向けられ、ちょっと緊張してしまう。けれどラムリアさんはちょっと寂しそうな表情をしていた。
「私がここにいるのは、まあ、パーティーを抜けたからなんです」
苦笑しながらラムリアさんは言う。
「私、ディランのこと、愛していました。
でも……だから、ディランとの子が欲しくなっちゃって」
その気持ちはよく分かる。
愛する人との子を授かりたいのは殆どの女性が思うだろう。
「だから、お願いしてみたんです。
まあ、結果は惨敗なんですが。
彼、貴族の四男で家を出て来たんです。だからおいそれと血は遺せないって」
あの面倒見よいリーダーが元貴族だったの?と内心驚き、確かに身のこなしもスマートだったな、と思い出す。
「子を作らないから、ハーレムでいたいから結婚もしない。みな平等に愛する。誰も特別扱いしない。それが条件でそばにいたけど……。
欲が出ちゃったんだなぁ……」
それから二人は沢山話し合って別れることを決めたらしい。
その後ラムリアさんはクエストで出会った男性と親密になりアルストレイルに定住するつもりで住み始めたらしい。
ギルドに書類を提出するときに私らしき人を見つけて、声を掛けるか迷っていたのだそう。
「今は幸せです。愛されるって嬉しいですね」
そう笑った彼女の笑顔は眩しかった。
「あの、シーラさん。ディランたちに会ったことお話してもいいですか? 結構心配してたので」
一瞬迷ったけれど、リーダーにはお世話になったし挨拶もできてなかったから了承した。
落ち着いたら移動魔法を習って王都に行ってもいいかもしれない。
アメリにも会いたい。
ラムリアさんと話して、別れようと立ち上がったとき、お腹に痛みが走った。
予定日は少し先のことだと思っていたけれど……
私は座り込みお腹を抱えた。
「大丈夫ですか? シーラさん!」
「う……痛い……」
顔色を変えたラムリアさんは走ってベラさんを連れてきてくれた。
「ん、陣痛だね。シーラさん、動ける?」
痛みをやり過ごしながら頷くと、ベラさんは周りにいた人に指示を出した。
そして支えられながら病院へ行き、私は新たな生命を生み落とした。
途中でアスティが来てくれたみたいだけど、壮絶な痛みで気にしている余裕は無かった。
けれど産声を聞いた瞬間、その痛みを全て忘れてしまった。
「おめでとう。よく頑張ったね」
ダリアさんがきれいにした赤子を連れて来た。
一目見た瞬間、父親にそっくりでどきっとしたけれど、その小さな温もりは確かに愛しい存在だった。
「シーラさん、入ってもいいですか?」
扉の外から遠慮がちな声がして、ダリアさんに言って入れてもらった。
アスティはそばまで来ると「お疲れ様です」と労ってくれた。
そして私の枕元に眠る小さな子を見て、目を細めて優しい眼差しになった。
父親にそっくりな子を見て、アスティは受け入れてくれるだろうか。
無条件に好きと言ってくれたけれど……という不安はその表情を見ると消えていく。
「可愛いですね。ほら、目があって、鼻があって、口があって、俺にそっくり。髪の毛サラサラなとこも一緒です」
なんて、嬉しそうに言うから、つい笑ってしまった。
「その理屈で言ったら世の中の赤ちゃんみんなあなたにそっくりになるじゃない」
「シーラさんが生んだ子だけが俺の子ですから」
アスティの長い指が赤子に触れる。
「これからよろしく」と言うように、手に触れると握り返され、益々嬉しそうにしていた。
「もう名前は決めてあるんですか?」
「ええ。この子の名前はラルフよ」
「ラルフ。……これからよろしくね」
退院後、私はギルドにラルフの新規登録をした。
と、同時に、アスティと婚姻届を出す予定だったけれど、婚外子ということで生後半年間は再婚できないらしい。
半年経てば完璧ではないがある程度魔力回路図も定まるので、再婚できるそう。
その日を待ちわび、子育てに追われているとさらに三ヶ月が過ぎた。
平穏は突如として破られる。
「シーラ」
聞き慣れた声に身がすくむ。
まさか、ここにいるはずがないと思いながら、振り向くと、幽鬼のように表情を失くした男が立っていた。




