34.目指すは【side リオン】
あれから騎士団の奴らがよそよそしい。
魔物退治に出向いても、いつの間にか単独行動になっていたりする。
俺が先陣を切って魔物を屠る間、仲間たちはその残党を狩っている。
以前は連携して皆で戦っていたのに。
「お疲れさん」
「……ども」
労いの言葉をかけてもふい、と逸らされる。
皆疲労が目に見えて出ている。……以前はまだまだ活発に動いていたのに。
気まずい思いをしたまま、けれど遠征に行けないストレスは朝、鍛錬をすることで発散させていた。
家にいても誰もいない静かな空間は、嫌な気持ちが増長する。
疲れ果ててもどうせ眠れない。
目を瞑ればシーラの姿が浮かぶ。
頭では分かっているのに体が勝手に家中を探してしまい、残った片割れの食器を見つけては崩れ落ちるばかり。だから最近は家にも帰っていない。
マルセーズへの転勤は断った。
あそこに行ってもシーラはいない。
「よお、リオン。毎朝精が出るな」
「団長」
この日も素振りをして型を取っていると団長に声を掛けられた。
汗を拭い木剣を下ろして頭を下げる。
「たまには手合わせするか」
「っ光栄です。よろしくお願いします!」
「ああ。……お前、剣帯はしてないのか?」
団長の言葉に無意識に腰に手が回る。
シーラから貰った剣帯は最近はしていない。
「あ……切れそうなので職務中以外は外してます」
「なるほど。ではお前の実力が分かるということだな」
言うや団長は構えを見せる。辺りの空気がピリッとしたものに変わり、俺も迎え撃つ為に構えた。
ヒュンッという音がして、団長から振り下ろされた剣が眼前に迫る。受け止めた瞬間手が痺れる程の衝撃を受けた。
ぎりぎりと鍔迫り合い、流して打ち合う。
払い、突き、切り落とし、型を意識しながら動かしていく。
剣帯が無いと息が上がる。疲労から思考が鈍る。
だが団長は息一つ上がっておらず、元々の実力の差を思い知らされた。
「っあっ!」
木剣の乾いた音が響いて、汗で滑った剣が飛んで行く。その瞬間勢いよく喉元に突き付けられた。
「っはぁ……はぁ……降参です」
肩で息をしながら両手を上に挙げると、団長はにやりと笑みを浮かべた。
「まだまだだな。脇が甘い。型に囚われすぎて相手の動きに一瞬遅れてる」
「……はい」
「驕らず鍛錬を続けろ」
「はい! ありがとうございました!」
団長自ら稽古を付けて貰えるのは貴重な経験だ。
俺はこれからも騎士団に貢献するつもりでいる。
だが。
「フレイルチェストに行くことになった」
「え……」
「今回の不祥事で自らの管理責任を問うた。俺の認識不足だ。本来なら責任をとって退団すべきだろうが止められてな」
「それ……は……」
俺の……せい、なのか?
心臓が嫌な音を立てる。
「まあ、独り身のヤモメだ。ただこの年だから向こうに骨埋めることになるだろうな」
団長には世話になった。
まだ何も知らない新人だった頃、上司としていたのが団長だった。
同じ討伐班の班長で鍛錬もずっと面倒を見てくれた。
団長になったとき、誇らしくて、誰よりも喜んだ。
「リオン」
名前を呼ばれ、肩が跳ねた。
「俺は部下のプライベートにはあまり口出ししたくない。だが、そろそろ手放すべきだと思う」
何を、と問わずしても理解できた。
だがそれはできない。尊敬する団長に言われても、諦めきれなかった。
「お前には守るべき小さな子がいる。もう身軽じゃないんだ。私生児にした責任はお前が負わねばならん。
最後の忠告だ。愛しているなら手放せ。元嫁さんの邪魔はするな」
「……」
「自業自得で失くしたものに追い縋るな。それから慰謝料は払えよ」
団長の言葉が重くのしかかる。
愛しているなら手放せ?そんなことできるわけがない。
シーラには家を守ってもらわねばならない。
「あと飯食って早よ寝ろ。睡眠不足は思考を削り取るからな。眠れなくても目を閉じとけ」
団長の後ろ姿を見ながら汗を拭う。
双肩にのしかかった物が重くてしばらく動けなかった。
その後重い足を引き摺り着替える為にロッカールームにやって来た。
「あ……」
そいつは俺のロッカーの前で、扉を開けて何かを持ち、右手には短剣を握っていた。
目の前がカッと熱くなり考えるよりも先に体が動いた。
周りが騒然としているが構わなかった。
何より、シーラとの繋がりを絶たれたようで苦しかった。
殴る俺、殴られる男、止める奴ら。揉みくちゃになり騒ぎを聞き付けた団長が一喝して収まった。
俺はもう、ここにはいられないと思った。
尊敬する団長もいなくなる、人の物を勝手に壊す輩がいる。
そんな場所に未練は無かった。
「リオン」
「よぉカール。ああ、ちょうど良かった。シーラの居場所を知らないか?出て行ってもう半年以上になるだろ?そろそろ迎えに行ってやらなきゃいけないよな」
親友のカールは息を呑んだ。何度も瞬きをし、何かを躊躇うように口を引き結ぶ。
「俺は知らないよ。王都を出た、としか。アメリも行き先は聞いてない」
親友であるアメリに告げずに行ったのか。
シーラはそんな薄情な女ではなかったはずなのに。
きっと今独りで寂しい思いをしているだろう。
早く見つけて慰めてやらねば。
「そうか。はぁ、たった今から無職だよ。とりあえず冒険者登録でもするか」
思えば早く冒険者になるべきだった。
シーラと二人でクエストに行き報酬を貰う。
騎士団に入らなければ、という考えが脳を過ぎる。
「リオン、シーラさんは……」
「ギルドに行くなら婚姻届も出さないとな」
ぽつりと言った言葉にカールは絶句した。
何も言わない奴を横目に踵を返す。
ロッカーの中を片し団長に挨拶に行った。
辞める意思を伝えると「そうか」と言われた。
アッサリと退団届に団長印が押される。
これを以て王国騎士団員ではなくなった。
その後冒険者ギルドに登録し、婚姻届も貰った。
何度提出しても受け取られない。
途中でオッサンに止められてしまった。
次はこいつがいない場で出さないとな。
しばらくは王都周りでクエストをこなした。
ある程度資金も貯まった。
王都の自宅に私生児の件についての手紙が入っていた。
教育費用として年間金貨千枚必要らしい。
これも片付けておかねばならない。
俺はマルセーズへと向かった。
シーラと出会う前には無かった存在が俺の肩にのしかかる。
重くて辛くても下ろせないそれはへばり付いて離れない。
「リオン! お帰りなさい!」
以前はこの笑顔に癒やされていた。
「パパー!」
以前はこの声を愛らしいと思っていた。
けれど今は何よりも重い存在だ。
「シアラ、話がある」
シアラの笑顔が消え、小さく喉が鳴る。
立ち話もなんだから、と言われたが最低限を済ませたら出て行く予定だ。
リリアは奥の部屋へと下がらせた。
「ね、あのね、リリアの事なんだけど。その……」
「教育費用の事なら俺にも来ていた。再婚して実子届けを出せばいいのだろうが、シアラ、俺はお前とは結婚しない」
彼女の口が小さく「え」と開いた。
「リリアの費用は出す。シーラが……言っていたからな。だがもうお前と夫婦の真似事はできない」
目が驚きに見開かれる。何度も口を開いては閉じ、緩く頭を振る。
「うそ」と言われても動じない。
あの頃の俺はなぜあんなことをしていたのか。
「離婚、して、くれたんだよね? 私を愛してるって」
「お前の為じゃない。愛してるなんて口だけ動かせば愛してなくても言える」
シアラが手を振りかぶる。それは乾いた音を立てた。
「嘘、嘘つき! 愛してるって、唯一だって!
奥さんに愛は無いって!」
か弱い力で拳を作り、俺の胸板を叩く。
それでも気持ちは凪いだままだ。
「結婚できるって、信じてたのに……!
こんなだったら子どもなんか……!」
「……ママ?」
嗚咽をあげていたシアラの声に奥からリリアが出て来た。
不安そうに見ているこの子を見ても、以前のような愛着は無い。
「金はリリアの名義でギルドに振り込む。毎年金貨千枚は作るがそれ以上は期待しないでくれ」
それだけ言うと家をあとにした。
もう会うつもりはない。
それからはクエストで金稼ぎをしながらシーラを探した。
だが手掛かりも掴めないまま時が過ぎて行く。
情報を得る為酒場で一人で飲んでいた。
周りのざわめきの中、情報が無いか注力した。
「もー、ディランたら元気出しなよー」
「こないだ行ったクエストがさー」
「西の方でワイバーンが…」
「ラムちぃお友達できたんだって! それがね、なんとシー……」
「あー、そういう話は部屋で聞こうかなぁ」
俺はコトリとグラスを置いた。
目指すは西へ。
今話で第二章は終わりです。
次回より第三章になります。
もう少し続きますので最後までお付き合いいただけると幸いです。
よろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




