33.告白
「俺の母は、元々は王宮で魔道士として勤めていたそうです。その中で、ある既婚の男と……そういう関係になり、俺を身篭りました」
アスティは、俯いたままぽつりと話し始めた。
「俺を妊娠したと分かったとき、母は王宮を辞めました。不貞した者は王宮勤めができません。
もしも独り身の母が身篭ったとバレたとき、父親が誰なのか詰め寄られる前に誰にも告げずに消えて冒険者になったそうです。
その時に相手の記憶を消して操作して、無かった事にしたらしいです。だから相手は俺の存在を知りません」
アスティは膝の上できつく拳を握り締めている。
自分の出自を知った彼の心情はどれほどだろう。
「俺の……魔力回路図も少し弄られてて、誰かに調べられても分からないようになってるらしいです。……ちなみに弄られたから魔力が多いらしいです」
先程からさらりと言っているが、記憶操作も魔力回路図を弄るのも禁忌魔法に分類されている。
そんな魔法を躊躇いなく使えるのはおそらくアスティのお母さんだけだろう。
――そうまでしてもアスティを生みたかった。
相手を愛していたからか、それとも宿った命を愛おしく思ったからか。
「……軽蔑、しましたか?」
俯いたまま、惑いながら……自嘲したようにアスティは呟く。
それを見て、私はゆっくりと頭を振った。
「実はね、ミスティさんの蔵書を見せてもらったときに……その、日記を見つけたの。
勝手に見たことは謝るわ。
それに……書いてあったの」
アスティは私に振り向き、目を見開いた。
「だから、アスティが不貞を許せない理由が分かって腑に落ちたの。それと同時に、自分の存在も許せないんだろうな、と思ったわ」
離婚の話し合いのとき、リオンに浮気された当事者の私よりアスティの方が憤っていた。
不貞により生まれた自分の存在が、誰かを苦しめることになるのは辛いことだ。
親が加害者であることに罪悪感を持ち、自分を責め続けているだろう彼を軽蔑なんてできない。
アスティは再び前を向き、前髪をくしゃっと上げた。
「ずっと、自分が生きていていいのかって思ってました。不貞された人たちの助けになって償った気になっても、拭えなかった。
でも……」
私を見つめてくる彼に、鼓動が一際跳ねた。
「シーラさんが俺を生かしてくれました。
クサクサしたときも、落ち込んだときも、いつもシーラさんの言葉に救われてました」
少し泣きそうな表情に胸がきゅっと締め付けられる。アスティが自分を責め続けていたことに悲しくなった。
「俺ね、シーラさんが好きです。大好きです。
本当は一人で生きていくはずだった。
でもシーラさんに会って、こんな俺でも生きていていいんじゃないかって思えた。
シーラさんがリオンと別れる時、誰よりも私生児になる子を思いやってくれたことが嬉しかったんだ」
「アスティ……」
「離婚して独り身になったら冒険者たちに狙われる、って俺の実家に連れ込んで……。
ごめんね。後から思えば俺結構卑怯だよね」
「そんなことないよ」
リオンから逃げる為、王都を離れなければならなかった。行く宛も無く、妊娠初期の体であちこち馬車で移動することは難しいと思っていた。
だから誘ってもらえて嬉しかった。
「アスティが提案してくれたから助かったよ。
ここに来て、ポチ様や精霊たちに会えた。
回復薬もだいぶ改良できた。師匠と呼べる人にも会えた。ここで穏やかに過ごせてありがたいよ。
家事をしてくれる魔道具もあるし」
実際に住んでみると居心地が良すぎて引っ越しをしなければ、という気持ちが日に日に減ってしまった。
「ねえシーラさん。俺ワガママ言わないからそばにいさせて下さい。好きです。もうシーラさんじゃないと満足できません」
「ちょ、ちょっと」
アスティはずいっと近寄り縋りついてきた。
「俺ずっと働いてきたから貯金は沢山あります。
聖龍の角千本くらいは買えると思います。
勿論これからもバリバリ働きます。
あ、私生児がいる孤児院に寄付だけはさせてください。それ以外はシーラさんの好きに使って構いません。だから……」
私の手を両手で包み込みながら取り自分の額に付ける。必死に希う姿に戸惑いながらも嬉しくもあった。
「シーラさん、俺と家族になってください。
俺父親がどんなのか分からないけど、お腹の子もシーラさんの子だから無条件に好きです」
けれど家族、という言葉に躊躇する。
例えばアスティと再婚して……また裏切られないとも限らない。
家族だったはずの人に裏切られた記憶は、次へのステップを躊躇わせた。
「……すみません。俺怪しいですよね。
シーラさんが不安になるようなら俺自身に監視魔法も付けられます。
あの鏡に映ります。シーラさんが見たいときに見ていいです」
そんな私の気持ちを、知ってか知らずしてか、この人は先回りして拭ってくれる。
「あなたは……どうしていつも私の思考を読んだように先回りしてくれるの?
そうやって私の不安を打ち消してくれるの、そんなの……」
ダメだって言い聞かせても勝手に淡い気持ちが育ってしまう。頼りたくなる。
それじゃダメだ。依存したくない。
そう思っても寄りかかりたくなってしまう。
「読心術は使えないです。ただ、シーラさんにしたいこと、伝えたいことを伝えているだけです。
好きだから、できることなら何でもしたい。
……甘やかしたいんです」
アスティがそっと指で頬に触れる。
いつの間にか雫が伝っていた。
「何度でも言います。シーラさんが好きです。
抱き締めてもいいですか?
嫌なら……拒絶していいですから」
もう拒むことはできなかった。
嫌じゃなかった。むしろしてほしいと思った。
アスティは窺うようにゆっくりと私を引き寄せて背中に手を回した。
大きくなったお腹に配慮してか、きつく抱き締めるというわけではないけれど背中にある手の温もりが心にじわりと浸されていく。
「温かい……ですね……」
「そうね……」
誰かの温もりなんて久し振りだった。
抱き締められただけで満たされた気持ちになることを忘れていたから。
アスティは肩に額を付け、緩く擦り付けた。
ふわふわの髪がくすぐったくて、つい頭を撫でてしまった。
「撫でられるの、二回目ですね」
「あ、嫌だった? ごめんなさい。ふわふわしてるなぁ、ってつい」
「いえ、恥ずかしいけど、嬉しいです」
アスティはそのままされるままに撫でさせてくれた。
「なんか、幸せです。ヤバイです。このまま世界を滅ぼせそうです」
「物騒ね!? 世界を滅ぼすのは止めてね?」
「だってシーラさんを抱き締めて、頭撫でて貰えて、この世の幸せ独り占めみたいで、嬉しすぎて爆発しそうです」
幸せが爆発するのはいいけれど、なぜ破壊行動に繋がるのか。
「じゃあ幸せじゃないようにするわ」
「それはっ! 嫌です。すみません。世界を滅ぼすのは止めます。その代わり救います」
「何よそれ」
ふふっ、と思わず笑みが溢れる。
思えば彼の言動に知らず頬が緩んでしまっていた。
最初は変な人、という印象が強かったけれど段々と優しさや引っ張ってくれる強さに惹かれていた。
でもやっぱり変な人かもしれない。
「……すみません。俺、こういうの初めてで、距離感とか掴めなくて。気持ち悪かったら言ってください。可能な限りで自重します」
けれど、不思議と嫌じゃない。
むしろ愛おしささえ芽生えてくる。
「嫌じゃないわ。嫌なら拒否してる。
……アスティの気持ちは嬉しい。あなたこそ私でいいの?」
私は自分に自信があるわけじゃない。むしろ不安しかない。
そんな私にアスティは真剣な表情を見せた。
顔を赤らめて、その瞳に熱を宿して。
「シーラさんがいいです。
一生に一度、誰かを好きになったのがシーラさんで良かった。
好きです。シーラさんが大好きです」
今度は私から抱き締めた。そして胸の中で囁く。
「……私も」
好き、と言って、爆発しないように祈るうち、抱き締め返される力に少しだけ驚いた。




