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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
二章/新たな生活を始めます

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32/60

32.丘の上で


「……きれい」


 デートをしましょうと言うアスティの誘いを受けて、私は彼と一緒にフレイルトルムの丘にやって来た。

 離婚に向けての証拠集めのお礼にデートをしたいと言っていたからそれかな、と思っていた。


 ここはアルストレイルとフレイルチェストの間にある絶景スポットで、緩やかな傾斜の丘の上までの道はいい運動になると観光地にもなっている。


「良かった」

「よくこんな場所を知っていたわね」

「冒険者を始めて間もない頃にクエストでたまに来てたんです。

 丘の上に来るまでに依頼の素材があったりして」


 どうやらここはこの辺りに所属する冒険者たちが、精霊の森の次に目指す場所らしい。

 フレイルチェストに住んでいたはずの私だけれど、周りにこんな素晴らしい絶景スポットがあるなんて知らなかった。


「フレイルチェストはあの辺り?」

「あちらですね」


 アスティが差した方向は私とは違う方向で、自分の故郷の場所を間違えて気恥ずかしくなってそのまま指をくるくるして引っ込めた。

 すると「ふはっ」と声がして見てみれば、肩を震わせている。堪えきれない笑いが癪に障って、ついふてくされて歩き出した。


「シーラさん! すみません」

「笑うことないじゃない。初めて来たんだから間違えるわよ」

「そうですよね。すみません」


 気まずさからずんずんと足は止まらない。アスティも追い掛けて来るけれど止まれば羞恥にまみれそうで構わずに歩き続けた。


「ぅわっ!」


 足元を見ていなかったせいか、躓いてしまい体が前に傾く。まずい! と咄嗟にお腹を庇って目を瞑った……けれど、後ろからぐん! と引っ張られて気付けばアスティの腕の中にいた。


「すみません。大丈夫ですか?」

「へ、平気……」


 転びそうになったせいか、アスティの温もりを背中越しに感じるせいか心臓が早鐘を鳴らす。

 抱き締められているわけではないのに、久々に触れた誰かの温もりに顔が熱くなった。


「からかったわけじゃないんです。シーラさんがあまりにも可愛いな、って思って」

「そ、そう……」


 可愛いとか言われたことあったっけ? と、それより躓いて危なかったことに冷や汗を掻きながら心臓はばくばくと音を立ててうるさい。

 落ち着け私。明言はしてないけど、ずっと敬語だし、多分アスティは私より年下のはず。

 大人の余裕、年上のできる女性として慌てず騒がず慎重に。


「シーラさん」

「ぅひゃいっ!?」


 相変わらずアスティは背中にいて、心臓を掻き乱してくる。

 頭の中が真っ白で、囁くような低い声が耳朶をくすぐって身動ぎすると、抱擁する力が少し強くなった。


「少し、聞いてほしいお話があります」


 トクン、と胸が鳴ったところで抱擁が解けた。

 背中の温もりがなくなったことに隙間風が入り込んだように冷えて心許ない。

 振り返ってアスティを見上げれば真剣な眼差しで私を見つめていた。

 早鐘を打つ胸を宥めながら頷くと、アスティはホッとしたように微笑んだ。


「立ち話は辛いでしょう? あちらに休憩できる四阿があるので行きましょう」


 そう言って差し出された手に重ねるのが自然なことだと思うようになったのはいつからだろう。

 つい先日までは拒絶していたのに、我ながらフラフラしすぎなのでは、と思うと重ねた手は握れない。

 けれどそれを見透かしたかのようにアスティの大きな手で包み込まれた。

 ゆっくりとした歩調は気持ちを落ち着かせるのにちょうどいいはずなのにちっとも静まらない。

 こんなに余裕が無かったかな? と自分でも驚いて何も話せない。

 四阿に着くまでどちらも話せず、風がそよぐ音だけが耳を撫でていた。


 四阿に着くとアスティは椅子の汚れを浄化して、空間魔法からクッションを取り出してそれに私を座らせた。

 慣れた手付きで今までもこういうシチュエーションがあったのかな、と思うと少しモヤモヤしてしまう。

 彼は有能な賢者だし、きっと引く手あまただろうと思うのは変わらない。


「どうぞ。クッションはいつも俺が使ってたやつで申し訳ないんですが」

「あ、ありがとう」


 少し気まずそうに頬を掻く姿に先程までのモヤがいとも簡単に吹き飛ばされてしまう。

 どうしていつも思考を読んだかのように不安を打ち消してくれるのだろう。


「冒険者を始めて、ここを知ったとき、色々悩みができてクサクサしたときとかよく一人でここの景色を眺めていたんです」


 アスティは隣に腰掛けると前を向いた。

 彼の銀色の髪が風になびいてサラサラと揺れる。

 紫の瞳を細めて身を委ねるように遠くを見つめていた。


 とりとめもない話をするうち、騎士団の進捗も教えてくれた。

 現在の騎士団は遠征は独身者のみで構成されているそう。

 リオン以外にも既婚者で私生児がいる人がいたことで大幅に見直しがなされたらしい。

 私の回復薬も無断での持ち出しが禁止され、使用する場合は名前、所属、使用意図、数量を記入しなければならず、また未使用の際は返却もしないといけないそう。

 面倒だけれど戦い以外の用途で使用が発覚し、その責任がリオンに集中したことで内部がだいぶ荒れたらしい。

 それの収拾をつけるザインさんの苦労を伺い知り、何とも言えない気持ちになった。


「まあ、今までよく見逃されてきましたよ。

 片目を瞑ってたらやりたい放題なんだから両目を見開いて洗い出さないといけないとボヤいてましたから」

「大変ね。……まあ、今まで見逃してきた分のツケだと思うけどね」

「確かに。これを機に色々と改めてほしいですね」


 親の不実によって傷付く子どもがこれ以上増えなければいい。

 生まれただけで原罪を背負わせてしまうのはかわいそうだ。

 騎士団へ投じた一石は、国中に波紋となって拡がるだろう。

 世間を騒がせ、不貞している人たちに問題を突きつけて現実を知らしめ、不幸になる子が一人でも減ればいいと思った。


「でも、ありがとう、アスティ。あなたのおかげでここまで終われた。……私は何もしてないんだけどね」

「シーラさんがありがとうって言ってくれるだけでめちゃくちゃ動けます。もうそれだけで動く理由になります。

 まあ、仕事半分なんであまり気にしないで下さい」


 そうは言うけれど、実際にアスティがいたことで助かってる分は沢山ある。

 彼がここまでしてくれることが嬉しい反面、自分の不甲斐なさに悲しくもなるけれど、私もアスティが笑ってくれるとホッとする。


「でも、どうしてここまでしてくれるの?」


 それでもその理由が気になって、尋ねてみた。

 アスティは真顔になって目を逸らす。やがて彼は意を決したように深呼吸をした。


「……俺ね、シーラさん」


 アスティは遠くを見たまま口を開いた。

 その目はいつになく真剣で、思い詰めたような表情に胸がつきんと鳴った。


 下を向いたアスティは目を伏せて、唇を引き結ぶ。

 私は何も言わずに彼が再び口を開くのを待っていた。


「……俺、……私生児なんです」


 風の音が、私たちの間を流れた。



本業のピークが過ぎたようです。

大変お待たせしました。ぼちぼち更新していきますのでよろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

ストックは無いので自転車更新になります。

皆様からの励ましのお言葉もありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
ワクワク、ハラハラしながら読んでます。 忙しいと思いますが更新されるのを楽しみにしています。
お忙しい中、更新、ありがとうございます。 出きるときで構いませんので、完結まで、頑張って更新してくださいね。 とても楽しみにしてる作品です。
更新ありがとうございます。まだまだ寒暖差が激しいですからご無理をなさらず、ご自愛くださいませ。
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