29.幸せを求む【side アスティ】
シーラさんの存在は俺の中に強く残ったようで、ギルドにいるときはしばらく二人組の噂に聞き耳を立てた。
とはいえただの淡い憧れ、当時は名前もよく覚えていなかった。
話しかけることもできないヘタレは遠くから見てるだけでせいいっぱいだった。
俺はその頃諜報のクエストばかりを受けていて、彼女たちとは光と影という正反対の存在だったから、シーラさんが結婚した頃には思いも薄くなっていた。
だから、調査対象の母子の相手がリオンで、その妻がシーラさんだと思わなかった。
シーラさんの何が不満なんだ?
優しくて、活発で、周りにいる人を元気にする力がある。
そんな彼女を裏切るなんて、俺だったらできない。
リオンの裏切りを見てショックを受けて倒れたシーラさんがあの日の母の姿と重なって。
真っ先に駆け寄り確かめ、生きているのにホッとした。
シーラさんが離婚を選んだとき、リオンの子の幸せを願っていた。
それは俺にとっても救いで、私生児の俺も幸せになる権利はあるのか、と淡い気持ちが芽生えてくる。
母の不貞を知り、母が後悔しているのを知り、生まれた時から親の咎を背負わされた俺はどこかで幸せになるのを諦めていた。
自分は幸せになってはいけない。
自分は生きているだけで裏切りの証となる。
生きているだけで、誰かを傷付ける存在となる。
だから、シーラさんの言葉が信じられなくて、自分のことじゃないのに嬉しくて。
――実際はできないんだけど、誰かが幸せを祈ってくれる、これだけで何だか救われた気がした。
そんな中、ギルドを通じて王都騎士団から依頼が来た。
二人の騎士の素行調査だった。
リオンの問題が明るみになり、騎士団はその在り方を問われている。
ザインさんが指揮を取り、一斉に私生児がいないか調べることになったのだが、二人の既婚者に疑惑が浮上した。
一人は月のうち三回くらいリオンと同じく遠征する奴だった。
元々遊び人で妻も片目を瞑っているようで、こちらは遊び慣れているからか避妊は怠らなかったようだ。
もう一人は調査開始から顔が青褪めていた。
詳しく突き詰めると、王都の娼婦に子が生まれていた。
週のうち二日は騎士団で訓練が長引くから、と嘘をつき、娼婦と子の所へ行っていた。
子は既に十歳で、三年間の不正受給がなされていたことになる。
そのうち返還請求がいくだろう。
調査が終わってザインさんは肩を落としていた。
部下の不始末を気付かなかったことを恥と思い、一時は退団しようとしていたがザインさんのように下を思いやる団長は中々いない。
何とか説得して騎士団には残るが団長の座は明け渡すと言っていた。
騎士団の件が落ち着いてきた頃、冒険者たちが本格的にシーラさんを探し始めた。
アルストレイルは余所者を入れないから簡単には見つからないだろうが時間の問題だ。
俺も覚悟を決めなければならない。
「あー! アスティさん、ちょうどよかった!」
ギルドに寄ると、ニーナさんに呼び止められた。
カウンターのそばにはシーラさんと一緒にクエストに同行したときのパーティーリーダーのディランさんが難しい顔をして立っていた。
「ちょっと聞いてくださいよ! シーラさんの元旦那さんの騎士さんが、こんな物を持ってきたんですよ」
ニーナさんが顔を歪めて見せたのは、ギルドに提出する婚姻届だった。
それを見れば……ニーナさんの表情が歪むのもよく分かる。
夫の欄にはリオンの名、そして妻の欄にはシーラさんの名前が書いてあったからだ。
「シーラさんとの離婚は成立しています、って何度説明しても、アンデッドみたいに這い上がってくるんですよ。
それに本人のサインでないと受け付けできません、て言っても何度も来るから怖くて」
ニーナさんいわく、最近のリオンは幽鬼のようになって怖いらしい。
今日も来て、見かねたディランさんが追い払ったのだとか。
「それにね、……リオンさん、冒険者登録までしてるんですよ。騎士団はどうしたんですかね」
――それを聞いて嫌な予感がした。
こういう時の直感はよく当たる。
「なあ、アスティ。お前さんはシーラさんの居場所は知っているんだろう?」
「……ええ」
「今のリオン見てたら何するか分からん空気があった。見つかれば……」
ディランさんは言いにくそうに口を開く。
「連れ戻すだろうな。どんな手段を使ってくるか分からん。あいつの持つ剣帯は加護が強いからな……」
アルストレイルは余所者を受け付けない。
ただ、冒険者には甘い部分がある。
更に強い者は興味を惹かれやすい。
「アスティ、シーラさんを守ってやれ」
ディランさんの言葉に、俺の背筋がびっと伸びた。
短めですみませんm(_ _)m
次回、一方その頃――




