表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
二章/新たな生活を始めます

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/60

28.私生児【side アスティ】


「よくよく考えるとえげつない制度ですよねぇ」


 書記官がトホホ、と溜息を吐きながら言っているのは、おそらく私生児に関する事だろう。

 見方によっては親子を引き裂くものだからだ。


「孤児院に入ることが必ずしも不幸ではない。

 不貞の末に産み捨てられた子でも通常と同じ教育を受けられる。

 ……その場合親の末路は知らんがロクでもない人生しか待っていないな」

「うぅっ」


 一度でも私生児を儲けると、男女に監視が付けられる。更生の余地があるか無いかを見られるのだ。

 これは近年から秘密裏に施行されている措置で、無駄に私生児を増やさない為でもある。

 更生し真面目になるならば監視は緩和される。

 ただし、更生の余地無し……例えばまた既婚者を狙う者は上に報告が行き、その先どうなるのかは俺も知らない。

 王太子殿下は「知らない方がいい」とだけ言っていた。王太子妃殿下の管轄らしい。あまり触れないでおこうと思う。


「遊びなら避妊するだろう。子を宿すと難しいらしいからな」

「そうですねぇ……。俺もさすがに……て、アスティさん、まさか……」


 ぐっ、と喉に何がか詰まったようになる。この手の話題は苦手だ。


「とにかく、子と離されたくないなら稼げばいい。そうして稼いで子に学業を修めさせた者がいる事も知っている」

「……あー……確かに、でも、規格外ですよ。

 アスティさんのお母さんは」



 物心がついた時から母さんと二人暮らしで、家の中に父の存在は皆無だった。

 気付けばアルストレイルのあの家に二人で住んでいて、日中母が不在のときは知り合いのところに預けられていた。


 俺が自分の出自を知ったのは七つになる頃から通い出す学び舎という場所に行きだしてから。

 母が家を空ける頻度が格段に上がり、週末にしか家にいないこともザラになっていた。

 ある日、俺は母の友人に泊まりで預けられていた。夜中に話し声がして目が覚めると母がいて、友人と何かを話しているようだった。


「今日もごめんね。仲間に無理言って抜けさせてもらったから」

「またすぐに行くんだろう? ……なあ、ミスティ。あの子を手放す事はしないのか?」

「……しない。辛くても、苦しくても、一緒にいることを選んだの。ちゃんと育て上げるのが私の生き甲斐なんだ。

 ごめんね、デリラさんには迷惑ばかりかけてるね」


 母の友人は難しい顔をしている。

 子どもの頃は何も思わなかったけど、たぶん母を心配していたのだと思う。


「迷惑じゃないよ。アスティは可愛い子だ。聞き分けもいいし物覚えもいい。

 だけどね、あたしはあんたが心配なんだよ。

 毎日昼夜問わず働き詰めじゃないか」

「大丈夫よ。フレイルチェストの魔法薬飲んでるし」

「あー! あの胡散臭いやつね! あたしのにしときなよさ」

「徐々に回復するのがいいのよ~」

「……もう。……けど、あの子の父親はホント、何やってんだか……」


 デリラさんの口から出た「父親」という言葉に息を呑んだ。もしかしたら自分が知らない父親の話が聞けるかも、と心臓の音だけを響かせて耳を澄ませた。


「あー……記憶とか、記録とか、色々改ざんしたからなぁ。今頃奥さんと仲良くしてるよ、たぶん」

「あっちには請求行かないのかい?」

「ん。……知らないからね、相手は。アスティが……自分の子が生まれたこと」


 母の言葉が上手く理解できなかった。

 ばくばく鳴る心臓が口から出てきそうで思わず口を押さえた。

 足が震えて座り込む。頭の中はぐるぐるしてどうすればいいか分からなかった。


「相手からしたら恐怖だよね。遊んでたつもりの女が勝手に子ども生んでたら。でもさ、あたしは……本当に……」


 笑い飛ばしたかったのを失敗したように母は笑った。

 いつも豪快に笑う人だった。

 いつも何事にも動じない人だった。

 そんな母が、泣いていた。それは幼い俺にとって衝撃で、これ以上は見てはいけない気がしてベッドに戻った。


 心臓のばくばくが収まるまで布団に包まり、先程聞いた言葉を反芻していた。


 要するに、俺の父には母ではない妻がいて、母が俺を生んだことは知らないだろう、ということ。

 だから最初から家にいない。

 じゃあ俺は……俺は、父に望まれて生まれてきたわけではない、と理解して、じわじわ涙が溢れて布団の中でずっと泣いていた。


 翌日、俺は町の図書館に行き調べ物をした。

 そして、この国で自分は明確に分けられている『私生児』になるのだと知った。

 私生児の扱いについても知った。

 学び舎の学費は国からは支払われない。

 じゃあ誰が?

 法外な値段を、誰が。

 ――そんなの、一人しかいない。

 母は、俺の学費を払う為に無茶なクエストスケジュールを組んでいた。

 子どもの俺から見れば法外な値段。

 まともな仕事じゃ払えないくらいの途方もない金額。それを稼ぐために。


 それを知っても、七つの俺には何もできない。

 相変わらず母は俺の前では豪快に笑う。

 夜中に独りで呟きながら懺悔するように祈る以外は明るくて前向きで、不貞などしない人のように見えるのに。


 母が言わないなら俺も忘れよう。そう思い、素知らぬ顔をして日々を過ごしていた。

 母が苦労して稼いだお金で学び舎に通い、ひたすら勉学に励んだ。

 十六になると簡単なクエストにも行くようになった。

 小遣いが欲しいから、家計を支えたいからと言えば簡単なものならば、と許可が出た。


 そんな平和な日常は、ある日、突如として終わりを迎えた。


 冒険者として安定して少しずつ稼げるようになり、クエストから帰還すると、母が倒れていた。

 医者が言うには過労だと。

 そんなになるまで働き詰めで、ようやく楽をさせてやれる、と思っていたのに、そのまま目覚めず帰らぬ人となった。


 母が不貞を悔いていたのを知ったのは亡くなってしばらくしてからだった。


 遺品の整理をし、ギルドに預けてあった金を請求すると多額の慰謝料が父の妻宛に預金されていた。

 記憶も記録も改ざんし、なかったことにしたがゆえに慰謝料を払う事も謝罪する事もできない。

 きっとそれが母を追い詰めていったのだ。

 学費を稼ぐためだけでなく、高難易度のクエストに挑む頻度は高かった。

 まるでいつ死んでも構わないというような、それくらい鬼気迫っていた。


 許せなかった。

 母の苦労を何も知らずにのうのうと生きているだろう父の存在が。


 だから俺は諜報系のクエストをこなし、様々な魔法を編み出した。

 探偵の真似事をしていたのはその頃だ。

 それが王太子殿下の補佐官の目に留まり、王宮諜報として活動をはじめたとき、俺以外の私生児の存在を知って愕然とした。


 そのほとんどが母親が養育しているのさえ知らなかった。

 法外な値段を払えず、身を売る者もいた。


 王太子殿下に私生児の保護を願い出るが王族として表立って賛成はできない、と言われた。

 だが知らないところで保護するならそれは目をつぶる、とも。

 私生児の集まる孤児院の経営は、殿下の側近の一人が代表で寄付を募り行われている。俺もクエストで稼いだ金の一部を寄付していた。


 毎年毎年私生児は現れる。

 不貞をするやつが後を絶たない。

 クサクサしてたときにクエストに行って、ケガをした。

 回復薬も無く魔力も尽きた。

 こんな場所で力尽きるのか、と己の生を嘆いていたとき、二人組の女性に助けられた。


「大丈夫よ。ほら、これ飲んで」


 口に入れられた回復薬は飲みやすくて、徐々に体力、魔力も回復していくのを感じる。


「ありがとう……」


 礼を言うと女性はニコッと笑って手を差し伸べてきた。


「あんまり自棄になっちゃダメだよ。生きていればきっといいことは起きるからね」


 見知らぬ人に見透かされ――励まされた。

 後にそれは冒険者たちの憧れの存在の二人組で、一人はアメリさん、そして俺に回復薬をくれた人こそがシーラさんだったことを知った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ