25.摘み取られた芽
アスティの母ミスティさんが所蔵する書物は様々な種類があった。
特に魔法に関するものが大部分を占め、魔法知識の基礎から応用、上級、魔道具作成入門、玄人向け、魔法医学の雑学など多岐にわたる。
かと思えば料理の基本、暮らしに便利な物を紹介したもの、人間関係の構築の仕方、初めまして赤ちゃんなどの育児書もあって、一人の女性がここで実際に息子と暮していたんだ、と実感させた。
「色々な書物があるのね」
「散らかっててすみません。これでも亡き後に片付けしたんです」
「いいのよ。まるで宝探しみたいでワクワクするわ」
実際に読みたい本を探すには大変だろうけど、幸い今の私には時間は沢山ある。
じっくりと読み耽るのもよさそう、と思った。
とはいえ今は回復薬の性能を上げる方法を探さねばならない。
今、私が作る回復薬は……言ってしまえば適当だ。初心者がやる方法を自己流にしただけ。
メインの薬草を魔法鍋に入れて純水を入れて煮立たせてバフ魔法を唱えながら混ぜるだけ。
ちなみに作り方は薬師によって変わるから間違いというわけではない。……雑なのは認めるけれど。
精霊の森から採取する材料は王都で作れる物と比べれば質がよく、魔力含有量も多い。
それを使用して作った回復薬は王都で売っていたときよりも基礎性能はいいはずだが、この街の人には合わない。
ベラさん曰く私の回復薬はバランス型。
何かに特化させなければならない。
攻撃力や守備にする?
それとも、素早さ、魔力、体力――
いまいちどれもピンと来ず、眉間に皺が寄っていく。
どれを取っても少数にしか刺さらないような気がした。
沢山の書物の表紙とにらめっこしながら物色していると、背表紙が色褪せた物が目に入った。
気になって手に取ると、それは女神フレイルの童話だった。
人の娘に転生した女神フレイルは、癒やしの力を持っていた。
人々の傷を癒やし世界を回り困っていた人を助けた。
いつしか娘は『聖女』と呼ばれるようになった。
私の生まれ故郷のフレイルチェストに住む者ならば誰もが知る童話だ。
何度も読み返されたせいか、色褪せて擦り切れている。
「懐かしいですね、その本」
「うゎぁっ!?」
本に集中していたせいか、アスティが覗き込んだのも気付かなかった。
驚きすぎて心臓がドクドク鳴っている。
「す、すみません! 驚かせるつもりはなくてっ! そのっ! わっ!」
私の叫びにアスティの方が驚いて飛び退いた。
と思えば書棚に当たりずざざざっと蔵書が落ちて来る。
あっという間に彼は本と埃にまみれてしまった。
「だ、大丈夫?」
「ぅえっ、ケホッケホッ、っ、あ、だめです、シーラさん来ちゃ! 汚れるし埃を吸ったらお腹の子に影響があるかもしれない」
助けようとしたけれど、アスティは腕を伸ばして拒絶した。
とはいえ真っ白になった彼を放ってもおけず、周りに散らばった蔵書を手に取っていく。
その中で見つけたのが、『万能の回復薬を作るには』と書かれた薄い書物だった。
表紙をめくると手書きの文字がびっしりと書かれてある。
ふと、回復薬の癒やしの効果を最大限にするためには、という走り書きが目に止まった。
パラパラとページをめくり、文字を追う。
材料は一般的な物からレア物まであった。
精霊の森でいくつかは集められそうだけど、今の私だと冒険者に頼まなければならない貴重なものまであった。
私には固定のパーティーは無い。以前はアメリと組んでいたけれど、彼女が一人目を身篭ったときから実質解散したようなたものだ。
だから今までは固定パーティーを組んでいる人に声を掛け、採取などは自分の足で出向いていた。
王都のギルドではサポーターとして様々なパーティーに参加させてもらえたから生活に必要なお金以外は殆ど貯金できた。
「それ、たぶん母が書いたやつですね」
アスティの声がして、心臓が跳ねた。
集中しすぎていたみたいでちょっと気まずい。
「癒やしの効果を最大限に……?」
「え、ええ。ここのギルドに所属する冒険者たちは何かに特化していた方がいいらしいの。
だから癒やしの効果に注目したこのノートにとても興味が湧いて」
「へぇ。……ヒール草とマヒナオリ花なんかは精霊の森にありますね。さすがにユニコーンの涙や聖龍の角なんかは……あ、俺が取って来ましょうか」
アスティは輝くような表情で言った。
私はそれに素直に頷けなかった。
リオンの裏切りを知ってから、私はずっとアスティに頼りっぱなしだった。
不貞の調査から離婚の話し合い、引越の準備までまさにいたれりつくせり。
ありがたいし助かったのは本当だけど、このままアスティにおんぶに抱っこは嫌だった。
「いいわ。少しずつ回復薬を改良してそれを売って、お金が貯まったらギルドに依頼するから」
「え……、でも、俺が行った方が早いですよ。ほら、最強ランクの冒険者だし」
「いい。いらないわ。ずっとあなたに頼りきりだと、私は何もできない人になりそう。それは嫌なの」
この家も魔力を込めるだけで動く便利な魔道具がある。生活にゆとりができるのはありがたいけど慣れて依存すると、ここ以外で住む選択肢が無くなってしまう。
今はアスティの好意に甘える形でお世話になっているけれど、いずれ彼に――そう……愛する人ができたら出て行かなくてはならないだろう。
私は他の男の子を宿しているし、普通はわざわざ訳ありなんて選ばない。
――愛を誓い合った人でさえ、他の女性と家族になったから。
「ごめんなさい。あなたの気持ちは嬉しいわ。
でも、私は自分の力で生きていきたい。
……この子の為にも」
大きくなってきたお腹に手を当てる。
アスティは何も言わないけれど、彼の顔は見れなかった。
間に流れた音一つしない静寂は、彼の衣擦れで打ち破られた。
「……分かりました。すみません、なんか、俺出しゃばっちゃって、……恥ずかしい」
「アスティの助けはすごく助かるわ。本当に、ありがたいと思っているの。移動魔法も便利だけど……あなたがいないと生きていけないなんて依存はしたくない」
誰かに依存する。自分の行動を他人に委ねる。
それはとても危険で、してはいけない。
もしもまた裏切られたら、今度こそ立ち直れない。私は自分に芽生えかけた小さな気持ちを摘み取った。
アスティは大切な友人だ。
いつも私を肯定してくれる人。
だから、失いたくない。
――私はもう、二度と大切な人を失いたくない。




