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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
二章/新たな生活を始めます

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24.小さな変化


 診察を終え、そのままギルドへ向かった。

 アスティに紹介してもらい名簿に登録。妊娠中なのでクエストには行けないが、回復薬の材料を調達したり自作の回復薬を作って売る事はできそうでホッとした。


 ついでにリオンから慰謝料を貰えているのか確認してもらったけれど、誰からも預り金は無しという事だった。

 請求金額が大きすぎたかな……

 アテにしている訳ではないけれど、リオンが払えるだろう金額と知っている。

 それにシアラさんたちを養うくらいの余裕は残していたつもりだ。貰った生活費をやりくりしての残りだったから、すぐに支払われると思ったんだけどな。


「そう言えば、慰謝料ですが……」

「えっ!?」


 一瞬心臓が跳ねた。今考えていたことの話を始められるとびっくりする。


「シアラさんにも請求できますが」


 早くなる鼓動を落ち着けて、アスティをじっと見る。

 確かに、不倫は一人ではできない。

 けれど、シアラさんにお金を請求して、生活が困窮して、リリアちゃんに八つ当たりとかしないかな、と思うと踏み込めない。


「シアラさんは働いているの?」

「いえ、今は働いていないと思います。生活は……その。リオンが出して、その中でやりくりしているようでした」


 思わず眉を顰めてしまう。

 私たちの生活費はお互いが出し合っていた。リオンの方が収入が多かったから必然的に出し分は彼が上だ。その余りで母子を養えるくらいの力はあったのか。

 でも、それならシアラさんが使えるのはシアラさんが稼いだお金ではない。

 今彼女から慰謝料を貰ったとして、おそらく出所はリオンの懐だろう。

 それを貰って意味はあるのか?


「シアラさんが働いていないならば、お金はどこから出る? リオンだよね。どうせ貰うなら彼女がきちんと働いて稼いだお金で払ってほしいわ。

 でも今はリリアちゃんをしっかり育ててほしい」


 人は余裕が無くなるとその矛先は弱い者に向かってしまう。無抵抗な子どもに手をあげたりするのは避けたい。


「分かりました。でも、請求したくなったらすぐに言ってくださいね」

「ありがとう」


 甘いと言われるかもしれないけれど、今はこれでいい。



 それからの生活は穏やかに過ぎて行った。

 赤ちゃんも順調に育っているようで、三ヶ月も過ぎれば少しお腹が目立つようになってきた。

 そうするとポコポコと動くようにもなって、愛おしさは日に日に増して行く。

 一人きりで寂しかったり辛かったりするのかな、と思ったけれど、そもそも月の半分以上は一人だったからさほど辛くはなかった。

 むしろ誰かの帰りを心配しながら待たなくていい分気が楽かもしれない。



 けれど。


 一つ、由々しき問題がある。

 それは生活の基盤となる収入源の回復薬が、王都程は売れない事。

 よそから来た新参者だから、という理由ではないだろうと思う。手には取って吟味してくれているそうだから。


 アスティや王都の騎士団の皆さんには絶賛されたけれど、やはりそんな価値無かったのかな、と騎士団にした制裁にちょっと後悔が押し寄せる。

 何か対策をしなければならないかも、と思い始めていた。



「シーラさん元気ないわね。どうしたの?」


 妊婦検診であまりにも覇気の無い表情だったせいか女性医師のベラさんが心配そうに尋ねてきた。


「ええ、ちょっと、先行きに不安を感じてしまいまして……」

「赤ちゃんは元気だけど……他に気になることでもあるの?」


 懐事情を話して良いものなのかどうかは分からないけれど、この街で気軽に相談できる人もまだいない。

 私は意を決してベラさんに現状を話すことにした。


「実は、収入が以前より減りまして。

 今、ギルドに回復薬を卸しているのですが売れ行きがあまりよろしくないと言いますか」


 ここに来る前にギルドから返品された回復薬を空間魔法から取り出しベラさんの目の前に置いた。

 精霊の森の材料で魔力を秘めている分、王都で出していた物よりも効果が上がったように感じでいたけれど、需要が無いのか売れ行きは芳しくない。

 精霊の森の回復薬の材料は完売するけれど仕入れられる頻度は高くない。更に言えばお腹が大きくなってきた今、屈むのが辛くなっている。採取には向かない。

 ここで暮らしていく以上せめて食べるに困らない程度には売れてほしいけれど、今のままだと正直厳しい。


「うーん……そうね。とても純度が高い上級回復薬かな。けど……この街の人には合わないかもしれないわね」

「え……それ本当ですか?」

「ええ。シーラさんの回復薬は言わばバランス型ね。まんべんなく平均的に使えるタイプ。

 対してこの街の冒険者たちは無茶な戦闘スタイルの人が多いのよ。今一番人気は瀕死からの超回復かな」

「えええ……」

「そしてその薬はデリラさんが既に作ってたりするのよね」


 ベラさんいわく、私の回復薬は上級は上級だけどバランス良く効果が現れるから即効性を求める人からすれば刺激が足りないらしい。

 更にデリラさんという既に作っている人がいるならそちらに流れてしまうだろう。


「何かいい方法は無いかなぁ……」

「それなら、ミスティさんの蔵書を見せてもらったら? この辺りでも有名な冒険者だったし色々資料とかありそう」


 ミスティさんと言えばアスティのお母さんでここに来たときにお墓参りをさせてもらった。

 それ以来定期的にお墓参りのついでに精霊の主に会っている。


「でも……勝手に見たら失礼よね」

「それもそうね。アスティに聞いてみたら? というより、こういう相談も彼にしたらいいのに」


 ベラさんに言われてドキリとする。

 確かにリオンとの事があってアスティには頼りきりだ。証拠を集めるのも話し合いの時も先回りして助けてくれた。

 けれど、彼の優しさに甘えてはいけない、と思うと定期的に家の様子を見に来たときでさえ気が抜けない。


「あまり頼りすぎて迷惑になってもいけないかなぁ、って」

「そう? アスティはシーラさんの事すごく気に入ってるわよ?」


 彼からの好意は一度聞いている。そのときは私も一応リオンがいたし冗談だと思ってそのまま流した。

 実家を貸してくれたのもとてもありがたい。

 彼は家賃も受け取らないから申し訳ないのだけれど、人が住まないと傷むだけだからと固辞された。


「だからシーラさんもアスティを頼ったらいいのよ。恋愛抜きにしても、いい奴でしょ?」


 それは完全に同意だ。

 アスティだけではないけれど、彼がいなかったらリオンに対して愛情は冷めず、未だに王都のあの家でリオンの帰りを待っていただろう。

 冷静でいられなかった私を先回りして導いてくれた人。

 思い出すと少しだけ胸の奥をくすぐるようにざわついた。


 その夜、アスティがやって来た。昼間のやり取りを思い出して出迎えがぎこちなくなった。

 当の本人は何でもないような顔をして、意識しているのは私だけ、というのが馬鹿らしくて昼間のやり取りを追い払った。


「あの、お願いがあるんだけど、いいかしら?」

「っはい! 何でしょうか!?」


 嬉しそうな顔をして目を丸くしたアスティに胸がきゅっとなる。


「良ければなんだけど、ミスティさんの持っていた書物とかあれば見せてほしいな、と」

「母さんの書物? ああ、二階に確かにありますよ」


 行きましょう、とアスティは手を差し出した。

 すごく近くなのに移動魔法?と困惑して反応が遅れた。


「あ……いえ、すみません。いらなかったですよね」

「えっ? あ……」


 そのまま手を引っ込められ、そそくさと階段へ向かった。

 それがちょっと残念に思う自分がいてびっくりする。急に心臓が早鐘を打ち、ごまかすようにあとに続いた。


「段差、気を付けてください」

「ありがとう」


 今よりもお腹が出てきたら足元見えなくなりそうだな、と慎重に上がっていく。

 上を見れば数段先にアスティがいて、振り返りながら様子を窺っているようだった。


 たったそれだけなんだけど。

 小さな事なんだけど。


 胸の奥がやっぱりうずく。

 それを見透かされないように下を向いて階段を登った。


【追記】

シーラさん慰謝料請求しないとか正気? と思われた皆様。

慰謝料を請求しないことによる弊害が後に出て参ります。この国でしたもん勝ちはね……

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