23.新天地にて
精霊の森をあとにして帰宅した。
「わっ、掃除が終わってるわ。すごい!」
帰宅すると箒は元の場所に戻っていて、埃っぽさが消えていた。出掛ける前に少し魔力を込めただけなのにその便利さに思わずため息が出る。
「シーラさんの魔力が相性良さそうですね。いつもよりピカピカです」
「そうなの? 今まで気にしてなかったけど魔力って性質が違うのね」
「シーラさんは自分のすごさを知らなすぎですよ。これからギルドに引っ張りだこになりますからね」
そうは言われてもあまり実感は湧かない。
確かに騎士団やギルドに卸していた回復薬は重宝されたし有難がられた。
取引値を戻すときも高いんじゃないか、と思ったけれど、今後子育てするのにいくらあっても困らない。だから色々と痛む良心は置いといて、適正価格に戻したのだ。
「ここで回復薬を作って、買ってもらえるかしら」
「大丈夫ですよ。まだ陽も高いからシーラさんの体調がいいなら街を案内しますよ」
外を見れば確かにまだ明るい。
悪阻も落ち着いているし一度正式に診てもらいたい。アスティも用事があるだろうし、今日のうちに済ませたほうがいいかもしれない。
「じゃあお願いしようかな。医者に正式に診てもらいたいし、買い物とかギルドの場所も見ておきたいから」
「では行きましょう」
アスティは手を差し出す。これはまた移動魔法の気配がする……!
「待って、アスティ。移動魔法以外の交通手段は無いの? 毎回移動魔法ばかりだと、あなたがいないと移動もできないわ」
するとアスティは目を丸くして顔を赤くした。それからがばっと頭を下げてきた。
「すみません! そうですよね。至らなくてすみません。では案内します。森を抜ければすぐなので」
アスティは慌ただしく先程までいた森を指した。
「歩きながらこの辺りの地形を説明しますね。
ここは精霊の森と通称されています。先程見た精霊の主が住んでいるからそう呼ばれています。
街の中心部は家から森を抜けた先にあります」
アスティの生家は街の中心から少し離れた場所にあるらしい。
街が興されてまだ十年に満たないアルストレイルは、冒険家アルストと仲間たちが興し、そこに更に冒険家たちが集まってできた街。様々な場所を渡り幾度となく死地を潜り抜けた冒険家たちはやがてこの地に安住を求めてやって来るらしい。
すると噂を聞き付けた他の冒険家や冒険家見習いが集まり街となった。
商人が出入りし店が立ち並びギルドができ、冒険家たちの立ち寄り場所にもなった。
今歩いている精霊の森は冒険家初心者が最初のクエストを受けて入るいわば入門的な場所になるそう。
「母が街のざわめきが好きではなかったので、森を抜けた先に広大な土地を買ったそうです。
クエストを極めた冒険家だったので金だけはあるから、と。家の前の草原もいずれは動物を飼ったりしたかったらしいです」
てことは見渡す限りの平原はアスティの家の土地なの!? と思わず「ひぇっ」と声が出た。
私は一応管理人だけど、か、管理、できるかな……?
「あ、けど基本的に家の周りの雑草だけたまに抜いてもらえたらそれで大丈夫です」
「そ、それなら良かったわ。一瞬あの広い土地を草刈りしながら倒れる白昼夢が見えた気がしたわ」
「あははっ。草原は野生の動物や害の無い魔物がたまに草を食べたり遊びに来るんですよ。害は無いのでご安心ください」
それを聞いてホッとした。しばらくはのんびりしたかったから自然の中でゆったりと過ごせそうなのは有り難い。
精霊の森といい、草原といい、魔物が出ないのは良い事だ。私はサポーターで攻撃魔法はあまり使えないから。
辺りの事を聞きながら歩いていれば、やがてアルストレイルの街に到着した。
入口から街道沿いにぽつぽつと家が立ち並び、更に奥へ行くと賑やかな広場へ出た。
「まずは診察ですね。こちらです」
広場から東の方向へ行くと食料品などの店、北側には衣料、南側には飲食店がちらほら見える。
賑やかな喧騒は王都に引けを取らず、活気があるのに驚いた。
目移りしながら歩いていると、不意にそっと腕を引かれた。
「シーラさん、はぐれますよ」
「えっ? ……あ、ごめんなさい」
目新しいものに注意が行って散漫になってしまったことを反省する。アスティはちょっと呆れたような困ったような表情で笑った。
「足元も気を付けてください。一人の体じゃないんですから」
「そうね。気を付けるわ」
そうだわ。今日も悪阻が無いから油断していた。
ごめんね、とそっとお腹を擦る。すると何となく、じんわり温かくなったような気がした。
「ここですね」
アスティが扉を叩くと中から「どうぞ」と声がした。入ってみると落ち着いた雰囲気の空間にゆったりしたソファが目に入る。
「おや? 誰かと思えばアスティかい? 帰って来たの?」
受付の中年の女性がアスティを見て驚いている。
「いえ、えっとこちらの女性を診てほしくて」
「初めまして、シーラと申します」
軽く自己紹介をすると受付の女性は心得たとばかりに頷いた。
「ようこそシーラさん。今日はどこか悪いとこあるの?」
「はい。妊娠の確定診断をお願いします」
女性は目を丸くしてアスティと私を交互に見た。
まあ、確かにアスティの、と思われても仕方ないかもしれない。
「ダリアさん、余計な詮索禁止でしょ」
「ハッ、ごめんなさい。そうだったわね」
それからダリアさんはいくつかの問診をして医師のもとへ行った。
「ここ、俺のかかりつけなんだ。怪我も病気も全部ここ」
「そうなのね。体調が悪くなったらここに来ることにするわ」
総合的に診てもらえるなら助かる。王都では咳ならあっち、腹痛はそっち、腰の痛みはこっち、など、症状に合わせてあちらこちらへ行かなければならなかったから。
少し話していると奥から声がかかった。
緊張した面持ちで入ると、そこにいたのはきれいな女性だった。
「いらっしゃい、シーラさんね。妊娠の検査をするのよね」
「はい」
「ではこちらへどうぞ」
促されてその女性医師の前に座る。すると私のお腹に手を当てて何やら魔法を唱え始めた。
「うん、おめでとう。三月目に入ったところかしら。元気みたいよ」
そう言われてホッとして、息を吐いた。と同時に嬉しさと戸惑いと何とも言えない気持ちが押し寄せる。
これから一人で育てていけるのか。
お金は足りるのか、補助は受けられるのか、など考えだしたらきりがない。
不安な気持ちが顔に出たのか、医師は私の手を握ってくれた。
「大丈夫よ。出産するときはみんな初心者ママなの。対処の仕方も教えるし、辛いときは助けになるわ」
「ありがとうございます」
何気ない人の優しさに触れ、不安な気持ちが霧散していく。
きっと私は一人じゃない。
この子がいて、周りを見渡せば親身になってくれる人がいる。
だからこの地で生きて行こう、と思い始めたのだった。




