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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
二章/新たな生活を始めます

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22.精霊の森の主


 アスティの移動魔法で辿り着いたのは大きな緑葉樹がそびえ立つ神聖な場所だった。

 木々の間からの木漏れ日が草の生えた地面に反射して煌めき、爽やかな空気を漂わせている。

 思わず深呼吸をして大きく伸びをするくらい清々しい空気にため息が漏れた。


「すごい……神秘的な場所ね」

「気に入りましたか?」

「ええ、とても。空気が澄んでいるおかげかしら。ずっとここにいたいくらいよ」


 アスティから離れ辺りを散策する。

 落葉がさくさくと音を鳴らし、気持ちも弾んでくる。


「ねえ、アスティ」

「なんだい」

「お母様のお墓はどこかしら」

「アスティの母? ああ、ミスティの墓ならこっちだ」


 ……なんだかアスティにしては声が低いような?と振り返ると、白い毛並みの大きな犬のような動物が視界に入った。


「いらっしゃい」

「きゃあっ!?」


 アスティに話し掛けようとして誰に話し掛けてた?と焦っていると、大きな白い犬はお辞儀をしてきた。


「主、いきなり出てきて驚かせないでください。シーラさんがびっくりするじゃないですか」

「寝床に戻って来ただけで文句言われるのおかしくないか?」

「シーラさんすみません。ここは精霊の主の寝床なんです」

「えっ、てことは寝室、よね。すみません、お邪魔してしまいまして……」


 人様の寝室に無断で入るなんて、とぎょっとすると大きな白い犬は目をまんまるにした。


「いや、うん、いいよ。ふふっ、こちらこそ驚かせて悪かったね」


 キリッとしている感じなのにしきりに肩が震えている。

 何か失礼な事でも言ったかしら? と緊張が走った。


「シーラさん気にしなくていいよ。この人こういう人だから」

「は、はぁ……?」


 人、ってアスティは言うけれど、人というより犬……


「それよりシーラさんこっちです」


 アスティに促されて付いて行った先にあったのは、石で組まれた小さなお墓だった。

 通常お墓と言えば大きな石を削り作られる。

 けれどこれは手のひらサイズの小さな石をいくつも積み重ねていて、ひっそりと佇んでいた。


「母さん、こちら、シーラさんです。理由あって母さんの住んでた家を貸します。家も認めてくれてます」


 お墓に向かってアスティが言葉にする。その表情が何だか物悲しくて胸がつきりとなった。


「アスティのお母様、初めまして。素敵なお家をお借りします。大切に住まわせていただきます」


 私はお墓に向かって祈りを捧げた。木々がさわさわと音を立て、やがて私の周りをゆっくりと包み込むようにふわりと風が靡いた。


「ん、母さんも認めてくれたみたい」

「そうなの?」


 先程の風がアスティのお母様ならば、きっと優しい方だったのだろう。ご存命ならお会いしてみたかった。


「そりゃ認めるだろうよ。この子の魔力、そばにいるだけで気持ちが穏やかになる。体の調子も整うのを感じる」

「主もそう思いますか」

「ああ。……まあ俺は少々苛烈な方が好きだから、加護はそっちにしたいな。アスティの子なんだろ?」


 白い犬は私のお腹を前足で示した。

 アスティを見れば固まっている。


「あ、あの、この子は……」

「主、この子はシーラさんの子だよ」


 アスティが固まりから解除され即座に言った。

 精霊の主は私とアスティを見比べて耳を垂れ下げた。


「なんだい、そうかい。俺はてっきりミスティの孫ができたのかと」


 前足を揃えてその上に顔を乗せる姿はまるで拗ねているようで可愛らしい。私は思わず鼻頭を撫でた。硬い鼻梁から少ししっとりした鼻を撫でていると、主はぴんと耳を立てた。


「お嬢さん、いい魔力してるね」

「ありがとうございます」


 自分の魔力がどんなものなのかは分からないけれど、精霊の主さんには気に入って貰えたようで良かった。


「お前さん、出身は西の方か?」

「えっ、と、ここがどの辺りかは分かりませんが、出身はフレイルチェスト。アルトルム地方の小さな町ですね」

「アルトルム……」


 アルトルムはバラレシアの王都から馬車でひと月はかかる地方にある小さな町だ。

 目立った特産物は無いが、私の実家は魔法薬を売っていて地元ではちょっとした有名人だった。

 医者が不足気味な地方では魔法薬が重宝される。

 だから私は回復薬を作るのが得意だった。


「ああ、そこまでは俺も知らないな。縄張りが違う」

「ちなみにどなたですか?」

「癒やしの女神フレイルだな。なるほど、だから魔力が穏やかで癒やしや守りの力に特化してるんだな」


 精霊の主は私の周りをまわり、つぶさに見ていた。自分の魔力がどのような作用があるのかなんて気にした事無かった。


「よし。気に入った。あんたの子に俺の加護を付けてやる。生まれたら連れて来るといい」


 その言葉に目を見開いた。精霊の加護を受けられるのは選ばれたほんのひと握りに限るからだ。

 それがこの子という事に喜びが増していく。


「それと、この森の素材は好きなだけ持って行け。ミスティの家で暮らすなら少なくとも魔力があるって事だ。親はフレイルの魔法薬師だろう?」

「は、はい。よくお分かりで。回復薬を作って生活の足しにしようと思っていました」

「近くの町にギルドもある。アスティ紹介してやれ。まあ、今までも回復薬を売ってきたなら王都から噂くらいは回ってるだろうよ」

「シーラさんの回復薬は国中で重宝されてますからね。それを卸すって言ったらありがたがられますよ」


 二人が話しているのを呆気にとられながら見ていた。どこか現実味がないけれど、素材をいただけるのはとてもありがたい。


「ありがとうございます。お言葉に甘えて素材を使わせていただきますね」


 精霊の主がいる場所の素材を使える機会なんてなかなか無さそう。

 町に出て住む場所を探した方がいいかな、と思ったけれど、すごくいいところを借りられたな、と思う。

 問題は移動手段。

 町まで歩いていけるのか、それは子どもの足ではどうだろうか。

 将来的に子どもは毎日学び舎へ行き集団で読み書きを習う事になる。

 だからその辺りも考えておかないといけない。


「そう言えばここはどの辺りになるの?」

「すみません、言ってませんでしたね。ここは実はシーラさんの実家と近いんです。ただ、最寄りのギルドはアルストレイル。フレイルチェストの隣の領地で……有名な冒険家アルストが創設した、いわば冒険家たちの集落ですね」


 アルストレイルの名前は聞いたことがある。

 私が王都に行く前に隣に新しい街ができつつあると母が言っていた。

 フレイルチェストはアルトルム地方を治める領主の管轄だが、そこは独自の領地で別に領主がいるらしい。その領主さんが気難しくて薬売りの営業に出向いたが厄介払いされた。何でも余所者が嫌いらしいとボヤいていた事を思い出す。


「私、新参者だけど大丈夫かしら」

「大丈夫ですよ。シーラさんは冒険家たちの憧れの的ですし、冒険家たちはご実家の薬に世話になってると思います」


 意外と世間は狭いのかもしれない、と思った。


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