21.アスティの生家
一人で住むには大きいけど、家族で暮らすにはちょうどいいくらいの大きさの家が、アスティの実家だった。
木造の二階建てで家の前に今は何も植えられていない小さな花壇がある。
彼の素性は謎に包まれている。私が知っているのは最高ランクの冒険者であり、魔法の実力は随一。諜報機関と繋がりがありマルセーズの団長さんとは顔馴染み。
更に話し合いの裁定者としても務められる、正に万能賢者だ。
探偵の能力を買われ監視魔法を始めとして警報魔法なども使え、映像だけでなく音声まで収められる魔法を使える人は少ないだろう。
そもそも攻撃魔法から移動魔法まで使える魔法が多過ぎる。
だから、アスティはおそらく収入に困らない。
彼の能力は引っ張りだこでどんな場面でも需要があるからだ。
そんな彼の実家が質素なのが意外だった。
「普通の家でしょ? 母さんと俺の二人暮らしだったからちょっと広く感じるけど母さんの物が色々あるからちょうどよかったんです」
「そうなの」
「たまに母さんに会いに動物ってか精霊が来たりもしましたから割と賑やかだったかも。あ、シーラさん、鍵の登録しますのでこちらによろしいですか」
見てみると玄関扉に鍵穴は無い。代わりに赤く光る魔法陣が描かれており、指示された通りに手をかざすとアスティが呟く。すると魔法陣が青く光り、すぅっと消えて今度は赤く光っている。
「これでシーラさんの登録ができました。赤く光っている時は鍵が閉まっています。ここに手をかざせばシーラさんの声に反応して開きます」
試しにどうぞ、と促されたのでゴクリと唾を飲み込んで手をかざした。
「開け!」
カチャン、と音がしてキィッと扉が開く。
「すごい!」
どんな仕組みになっているのだろうと興味が湧いて、魔法陣を見てみると青く光っている。
施錠されていた時は赤かったから、解錠は青いのかな?
よくある鍵を鍵穴に差して回すタイプしか知らないので初めてのものに興味津々だった。
「うちは殆どが魔道具頼りなんです。魔道具じゃないものは魔法陣で動いてるんです。慣れたら動作も簡単になりますよ」
「へえ」
「掃除も箒の魔法陣に魔力を注入すると勝手に掃除してくれますし、お湯張りも、食事の温めも」
アスティが見せてくれた魔道具は大きな箱型のもので、これに冷めた食事を入れて魔力を流すと温め直してくれるらしい。
リオンがいた時に知っていれば大変な思いをして温め直したり作り直さなくて良かったかもな、と思って思考が止まった。
「シーラさん?」
「あ……ごめんね。説明ありがとう」
色々な物を見る度未だにリオンとの生活に紐付けられてしまう。しっかりと割り切ったはずだけど、意外に未練があるのかな、とちょっと物哀しくなってしまった。
一通り説明を聞くと、便利なものが沢山あって、なぜ誰も住まないのか疑問に思った。
アスティの家族がいないのは何となく予想していたけど、貸すとかしなかったのかな、と。
「この家は思い入れはあるんですがちょっと癖が強くて。でもシーラさんなら大丈夫みたいで良かったです」
「え?」
「玄関扉の魔法陣、登録したでしょう? 歓迎されないとまず玄関で弾かれます。青くならないんですよ。亡くなった母が仕掛けたらしいですが」
思わず自分の手のひらを見た。確か手をかざして登録したけど何を見て歓迎されるされないがあるのだろう?
「まあ、基本的には悪意が無ければ大丈夫です。でも、悪意や邪な考えで入ろうとすると弾かれます」
なるほど。便利な機能だな、と思った。
これからここで暮らすけど母子二人生活だ。悪意を玄関で弾いてくれるなら助かる。
それからアスティは家の中の物を説明して回った。様々な魔道具が配置されて便利そうだな、と思ったけど。
「全部使うと魔力消費量がすごく多そうね……」
便利な魔道具はその分魔力消費量も多い。
誰も住まないのではなく、住めないのだろう。アスティのお母様は偉大な魔法使いだったのかもしれない。
この世界ではほぼ魔力が備わって生まれて来るけど、その蓄積量はそれぞれ異なる。
多い人もいれば少ない人もいる。
魔力回路が複雑な人はうまく排出できず少なくなるらしい。そして詰まったり途切れている人は魔法が使えない。
リオンも魔力量が少なくて、だから騎士になった経緯がある。だからそれを補うようにしてサポートしていたんだけどな……
「まあ、そんな感じなんでこの家を任せられるのって限られてくるんですよ。下手したら普通に生活するだけで魔力不足で一日中ベッドの中かドーピングです」
ひと通り見たあと、アスティは苦笑した。
そうは言っても彼やお母様は苦無く暮らせていたんだろうな、と改めて偉大さに思わず苦笑いが出た。
でも、辺りは落ち着いて静かな場所を私は気に入った。
「でも、静かで落ち着いていい家だからゆったりとして子どもを生んで育てられそう」
周りに家は無い、ぽつんとした家。窓からの景色は見渡す限りの草原と森。
家の前には小さな畑があって自給自足には困らなそう。
家の裏の森には様々な薬草があるらしく、回復薬を作ればいい収入になる。
街の姿が見当たらないのが気がかりだけど、それ以外は問題無く暮らしていけそうだ。
「裏の森は精霊が守ってて殆ど魔物は寄り付かないから安全に採取できますよ。
俺の母が森の主と契約してたんです。亡くなってからも森が気に入ったみたいでそのまま」
「そうなの」
森を見てみると空気が澄んでいるのだろう、クリアな雰囲気で清々しさがある。朝の散歩にも良さそうだ。
「アスティのお母様は……」
ここが無人だから察してはいるけど、見上げた表情は物哀しそうでその予感は当たっているだろう。
「ごめんなさい、踏み込みすぎたわね」
「……いえ。母はだいぶ前に亡くなりました。シーラさんにはいつかお話できたら、と思います。俺が何で探偵みたいな事やってるのかとか、……母が起因なので」
アスティは遠くを見るように目線を窓の外へ向けた。何かを悔いているような、もどかしさと憤りが混ざったような表情にドキリとする。
私にはズカズカと踏み込んでくるけど、自分は踏み込ませないのはズルいな、と思うけど私とアスティの関係はクエストを一度組んだだけの浅いものだ。内容的には濃いけど、まだひと月も経っていない。
「分かったわ。でも私もここで過ごさせてもらうからにはちゃんと挨拶もしたいから、時期が来たらさせてね」
「じゃあ、後で精霊の森に行きましょう。森の主の住処の近くに母の墓があるんです。ついでに主に会いに行きますか。挨拶しとけば採取中に守ってくれると思います」
「わっ、それは嬉しいわ」
「体調は大丈夫ですか?」
「うん、今は落ち着いてるわ」
「分かりました。もし辛かったら言ってくださいね」
そうして家の中の説明がひと通り終わって、精霊に会いに行くからと準備を始めた。
その前に試しに魔道具を使ってみたくて箒の魔法陣に魔力を込めてみた。
箒は自動で動いて辺りを掃いている。
今まで自分でやっていたから目の前の事が新鮮でついその動きを追ってしまった。
「シーラさん準備はできましたか?」
「ええ」
「早速使っていただいてるんですね。箒も喜びます」
「うん。すごいね、これ。便利だわ。っと、精霊のところに行くのよね」
「はい。早速行きましょう。精霊のとこは登録してあるので」
「えっ」
どうやらアスティの移動魔法で行くらしい。
便利すぎるわね、移動魔法。




