20.新たな出発
離婚したとはいえあまりのんびりもしていられない。
私は王都を出る決心をし、早速行動に移す事にした。とはいえ身重の悪阻真っ最中な身。
安心したせいか体調を崩し宿の部屋に入った途端に吐き気が止まらない。
食べたばかりなのに、と気まぐれな症状に辟易しつつ、とりあえず身体を横たえたくてベッドの上でゴロゴロと過ごしていた。
そこへ扉を叩く音がする。
「はぁい」
誰かを招く気にもなれず、かといって無視するのも申し訳ない気がして返事をする。
「シーラさん、俺です。アスティです。すみません、急な用事がありまして」
切羽詰まったような声に訝しげにしながら扉を開ける。ホッとした表情に違和感をおぼえたが室内に招く事にした。
「身体は大丈夫ですか? 少し話があるのですが、きつかったら横になって下さい」
「ん、大丈夫。ちょっと気持ち悪いけど」
離婚して独り身になったとはいえ、親密ではない異性の前で横たわるのは気が引ける。私はアスティを座らせてお茶の準備を始めた。
「あ、すぐ帰るのでお構い無く。話なんですが、シーラさんはすぐ王都から離れたほうがいいかもしれません」
茶葉の入った容器を持つ手が蓋を開けようとする前に止まる。確かに王都は近いうちに離れる予定だ。でもそんなに今日明日にと急ぐつもりはなかった。カールさんも言っていたけどそんなに追い出したいのかと眉を寄せる。だがアスティは信じられない事を口にした。
「リオンさんが追い掛けてくるかもしれない。子どもがいればシーラさんは戻って来てくれるかも、ってちょっと目がいっちゃってた」
……ゾッとした。
思わずお腹に手を当てたと同時に息が詰まる。
「今夜は大丈夫だと思う。ダガートさんと一緒にマルセーズに飛ばしたから」
その言葉に詰まっていた息が流れた気がした。
「一週間は大丈夫だと思う。マルセーズに飛ばしたし団長も止めてくれると思う。だけどなるべく早く出た方がいい」
「ちょ、ちょっと待って。確かに王都は出ようと思っていたわ。けど行く宛も無いしまだ何も決められてなくて……」
行く先の候補はこれから見繕うつもりだった。
闇雲に出ても身重の女のひとり旅。何があるか分からない。
なのに、まさかリオンが追い掛けてくるなんて想定外だ。
「行く先無いなら、とりあえず俺の実家とか、は?」
アスティが遠慮がちに口にして、目が合って気まずそうな表情を浮かべた。
「アスティの、故郷?」
「王都からだいぶ離れてるけど、たぶんリオンさんも知らない場所で安全だし、医師も近くにいる。実家は今無人なんだ。人が住まなくなったら傷むから、落ち着くまで管理人とか、どう、かな、と」
だいぶ離れた場所なんて想像もつかない。
でも今は宛も無いしとりあえずお世話になってもいいかもしれない。
「ありがたい話だけど、その……私が使ってもいいの?」
「シーラさんなら大丈夫だと思います。俺も定期的に立ち寄るし、ギルドもある。家の裏に森があって、回復薬の材料も沢山あるからシーラさんの回復薬を作って売ればお金も稼げると思います」
アスティの提案は魅力的だ。
身重の体ではクエストに行けないだろう。だから回復薬を作って売りながら生活できるのは助かる。断る理由なんてなかった。
「お世話になってもいいかしら?」
「っ、もちろんです! シーラさんが使ってくれたら家も喜びます」
家が喜ぶって、とふふっと笑いが出た。
「じゃあ明日出発するわ。場所はどこかしら?」
「一緒に行きましょう! いつくらいに迎えに来ますか? ギルドで転出手続きもあるでしょう?」
街を出るときはギルドで転出届を出さなければならない。朝一番に提出して、その足でアスティの故郷行きの乗り物を探そう。
「朝ギルドに行って、生活に必要なものを少し買ってからだから昼くらいになるかしら」
「分かりました。では昼にギルドでお待ちしていますね」
アスティはニコッと笑い、部屋を出た。
離婚して慌ただしい中、行く先が決まって良かった。
向こうに着いたらまず医師の診察を受けよう。
何だかんだ忙しかったし、王都ではまだ確定診断は受けていない。どこからか噂が漏れでもしたら面倒だから、というのもあったから。
「そういえば吐き気はおさまってるわ」
あれば不快だけどないと不安にもなる。
まだ薄いお腹をひと撫でして、湯浴みをして寝る事にした。
翌日、軽く朝食を食べた後宿屋をチェックアウトしてギルドへ向かった。
朝だけど相変わらず王都の街並みは賑やかで、これも今日で見納めかと思えば感慨深くなる。
その風景を目に焼き付けていると声がした。
「シーラさん?」
「カールさん」
出勤途中らしいカールさんだった。
「おはようございます、カールさん」
「おはよう。体調はどう?」
「大丈夫です。すこぶる元気ですよ」
笑顔で言うとカールさんもホッとしたように穏やかな笑みを浮かべた。
「あのあと帰ってからアメリがすごく泣いていたよ。仕方ないとは分かっているけど……」
カールさんも私は早く出た方がいいと言ってくれている人だ。リオンに連れ戻されるなんてまっぴらだしね。
「私、今日王都から出るんです。今からギルドに転出届を出しに行くとこです」
「……っもう行くんだ。……アメリが寂しがるね」
「カールさん、アメリのこと、お願いしますね」
アメリを思うカールさんの瞳は優しかった。
力強く頷いて、この人なら大丈夫だと思わせてくれる。
「騎士団の事もちゃんと調査します。シーラさんもお元気で」
「カールさんも」
それから握手を交わして別れた。
最後にアメリに会いたいな。転出届を出して時間があるだろうから家に行ってみよう。
「シーラさんもう出ちゃうんですか?」
「ええ」
「寂しくなりますね……」
転出の手続きをするニーナさんはてきぱきとしながら表情は暗い。案外色んな人に慕われてて嬉しいやら気恥ずかしいやら。
「ほとぼりが冷めたらまた戻って来てくださいね」
転出の書類を受け取ると、涙目で訴えられた。
何だかちょっと罪悪感も湧いてくるけど仕方ない。これもリオンから逃げる為止む無しだ。
それからアメリの家に行って別れの挨拶をした。
二人の子どもをそれぞれ抱き締めて少しだけ遊んだ。
ニーナさんはほとぼりが冷めたら、とは言ってくれたけど、いつ戻れるかは分からない。
「移動魔法を習ったら、アメリに会いに来れるかしら」
「大変だって聞くけどね。私はダメだった。原理が分かんなくて無理」
アスティはあっさり使用してたからコツでもあるのかな。
彼の実家に行ったら暇もできるだろうし、ゆっくりと覚えるのもいいかも。
「そろそろ行かなきゃ」
「……シーラ」
アメリの子どもたちに別れを告げ、アメリを抱き締めた。
「また会いたい。シーラの子にも」
「うん。私もアメリの三人目の子に会いたい」
アメリとはクエストでバディを組んで色んなところへ行ったなぁ。
色んな過去が目裏に浮かぶ。
「またね」
そう言って別れ、アスティとの待ち合わせ場所へ急ぐ。
「じゃ、行きますか」
「ええ。よろしくね」
アスティから差し出された手を取ると、シュンッと移動魔法が発動した。
……あれ?
「ここが俺の実家です」
……え?
「周りはちょっと荒れてるんですが、手入れしてくれたら助かります」
王都を出るときは乗り合い馬車とかに乗って何日もかけてじゃないの?
「……シーラさん?」
思っていたのとだいぶ違うけれど、私の第二の人生はそうして始まるのだった。
お読みいただきありがとうございます(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾
沢山の方に読んでいただき、感無量です。
本日で第一章は終わりです。
第一章は怒涛の勢いでしたが、第二章は穏やかになると思います。
とはいえシーラは一人になるので引き続き見守っていただけると嬉しいです。
なるべく毎日更新したいのですが、本業が急に忙しくなりましたので、更新が止まる事もあるかもしれません。
完結まで頑張りますのでよろしくお願いします(*ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾




