18.他人になりました
その後、アスティの書記をしていた方がそそくさと帰り、その後に続くようにザインさんが騎士団の基地に帰って行った。
ダガートさんは少しリオンと話がしたいから、と残り――おそらくアスティに連れて来てもらったからアスティを待つのか今日の宿を探す為でもあるのだろうが――カールさんとアメリはまた後日、と言って私と一緒に家を出た。
私の一挙手一投足にいちいちビクビクしていたリオンに呆れながら、でもアメリがずっと睨んでいたから何も言われずに出られた。
リオンが動くとダガートさんが引き止めていたからその役割もしてくれたのか、と思うとありがたさで頭を下げた。
「ありがとう、アメリ。カールさんも」
家から少し離れたところで二人に頭を下げた。
アメリが代わりに怒ってくれたから逆に冷静になれた。
そばにいてくれたから、心強かった。
アメリはそんな私をがばっと抱き締めた。
「頑張った。シーラは頑張ったよ。何もできなくてごめんね」
「そんなことないよ。アメリが言ってくれたから嬉しかった。一人じゃなかったから冷静でいられた。すごく心強かったよ。ありがとう」
アメリはもっとギュッと抱き締めてくれた。
随分と忘れていたけど、他人の温もりって温かいんだな……。それが自分を思ってくれる人なら尚更。
アメリは離れるとグスッと鼻を啜った。
「私がっ、カールと結婚したからっ、シーラとクズがくっついて、なんか、申し訳ないやら腹が立つやら」
「いや、そこは関係ないよ」
「でも、あの時あんなやつと会わなきゃシーラが今嫌な思いしなくて良かったのにっ……」
感情豊かになるのはいいけど、突っ走るのはアメリの悪い癖だ。そういえば二人でクエスト行ってたときも無鉄砲で苦労したなぁ……
私がトオイメになりかけていると、カールさんがアメリを小突いた。
「それは俺との結婚が間違いだったって事か?」
「それはっ」
「じゃあ子どもたちも間違いだったのか?」
「んなわけない! 子どもたちが間違いとかない! 全部大正解!」
カールさんは泣きながら叫ぶ妻を愛おしげに見つめ、苦笑した。
本当にアメリと子どもたちを愛して大切にしているのが分かる。
羨ましいな、と思うけど親友の夫がカールさんで良かった、とも思う。
「アメリ、カールさんを大事にしてね」
私の表情から何かを察したのか、アメリは一度泣きやんで、またポロポロ泣き出した。
「わた、私、シーラの子抱っこしたかった。子育ての悩みとか旦那の愚痴とか言い合いたかった。うちの子と遊ばせたかった。シーラがクエスト行ってる間は預かりたかったし家族ぐるみで付き合いたかったぁ!」
またうわあああん、と泣き出した。
妊娠しているから余計に感情豊かなのかなぁ。
「今は無理だけど、いつかはできるよ」
カールさんはやたらと泣きじゃくる妻と私の様子から何かを察知したようで、苦虫を噛み潰したような表情になった。
「絶対戻って来て。待ってるから」
その約束はできなくて、黙ってアメリの頭を撫でるしかなかった。
その後ギルドで無事に離婚の書類を提出した。
貴族とかは家の関係もあるから時間がかかるそうだけど、私たちは平民だからギルドに受理されて呆気なく他人になった。
「シーラさん行く宛あります? 暫く宿屋に滞在するなら紹介状書きますよ」
ニーナさんの好意に甘える事にした。ギルドからの紹介状があると滞在費を安くできるのだ。
引っ越し先はまだ決めておらず、どこにするか悩んでいる現状。幸いクエストや回復薬を売っていたからお金の心配は無い。ゆっくりと過ごしながら次の行き先を考える事にした。
ギルドを出てから今日は飲もう! というアメリの提案で、私が滞在予定の宿の近くの酒場で三人で食事をした。
飲もうとはいっても、アメリも私も妊娠中。
アメリはともかく私も、という時点でカールさんは言葉を無くした。
そして頭を抱えて溜息を吐いた。
「ほんっと、ごめん、シーラさん。俺内勤だったから気付かなかったとか言い訳でしかないな。もっと強く言えば良かった」
エールをちびちび飲みながら肩を落としているカールさんは案外泣き上戸なのかもしれない。
元々二人が付き合いだしたから私とリオンが付き合い始めた事もあって責任を感じているのもあるだろう。
「二人とも気にしないで。結婚した事を悪いと思ってないし、確かに幸せなときもあったわ。それにここに来てくれた大切な存在も、リオンがいたからこそ、なのよ」
私はお腹に手を当てた。
まだ見ぬ我が子。けれど既に大切な存在。
例え父親が浮気者でもこの子に罪は無い。
他の誰でもない、リオンだったからこそこの子が存在できるのであって、そこを責めるつもりは無い。
宿った経緯はあれだけど、それでも私のところに来てくれた事が何よりも嬉しい。
「でもリオンに言うつもりはないの。この子の存在を引き止める理由にされたくない。私自身がリオンと一緒にいるのはもう無理なの」
「シーラ……」
「この子から父親を取り上げるのは私の我儘なのよ」
「そんな事ない。父親がいないのは父親のせいよ。リオンが誠実であれば父親がいなくなる事はなかった。どっちにもいい顔してキープしておきたいなんて都合良く進むはずがないのよ」
私とシアラさんたちとの二重生活をいつまでも続けていけるはずはない。リリアちゃんは私生児で、アスティの話では補助制度はあるにはあるがどこまで受けられるかは分からない。
リオンの給金だけでは足りず、借金をして払いきれずに苦労するのは子どもたちだ。
大人たちが何も考えずにやる事はやって、快楽の為に溜まったそのツケを払うのは生まれてきた罪の無い子どもたち。そんな理不尽が許されていいわけがない。
「これが正解だった、と思っているわ。だからこの子はいっぱい愛するつもりよ」
「うん。シーラの子だもん。きっと分かってくれるわよ」
アメリも力強く頷いた。そう言ってくれると気持ちが軽くなる。
その傍らでカールさんは難しい顔をして腕を組んでいる。
「……シーラさんは王都を出た方がいいかもな。子の存在がリオンに知られれば追い掛けてくるかもしれない」
その言葉に思わず眉を寄せる。
確かにリオンに存在を知られたくないから王都を出る方向で考えている。とはいえ、私の子の存在を知ったとして、追い掛けて来るかな? という純粋な疑問。
でも家を出る時や、話し合いの時。
縋るような表情のリオンは初めて見た。
離婚するつもりはないと言っていた。
……もしもこの子の存在が知られたら連れ戻される事もあるのだろうか。
「なるべく早く、出るようにするわ」
なんだか悪寒がした気がしてぶるりと震えた。
アメリは寂しそうな顔をしたがカールさんに宥められていた。
その後は最後だと言いながら三人で楽しく過ごした。
アメリの三人目の子を見られないのは残念だけど、やっぱりまた会いたいという彼女に押し切られて必ずまた会う事を約束した。
宿に紹介状を出して手続きを済ませると部屋へ向かった。
今日は色々あったけど悪阻が落ち着いていたので難なくやり過ごせた。
軽く湯浴みを済ませると早々にベッドに横になる。
離婚の書類を提出した私が独身に戻って最初の夜は心地よい眠りと共に更けていった。




