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【本編完結/書籍化】騎士の夫に隠し子がいたので離婚して全力で逃げ切ります〜今更執着されても強力な味方がいますので!〜  作者: 凛蓮月
一章/あなたとは離婚します

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17.騎士団への制裁


 リオンから離婚の書類に署名を貰い、ひと息ついたところで王国騎士団長のザインさんに向き合った。


「王国騎士団長ザインさん、本日はお忙しい中来ていただきありがとうございました」

「……いや、こちらこそすまなかった。遠征に関して見直さねばならんな」


 ザインさんはふーーっと長く溜息を吐いた。

 騎士は戦いで気が昂ぶり、そういう衝動を抑える為に娼館通いをする者も多数いた。リオンのように現地に恋人や妻がいる人も少なくないだろう。

 とはいえ遠征希望者の大半は独身者で、そういう遊びをしたいが為に身軽でいたから黙認されているのも事実だ。

 ただ、恋人や婚約者がいる騎士、ましてや既婚者でそれを行い、団ぐるみで隠蔽していると話は変わる。

 そのつもりはなくても、そう思わざるを得ないような体制に疑問は残る。


「独身者の件はお任せしますが、既婚者は私生児の誕生にも繋がりますので今後は体制を見直した方がよろしいかと」

「ああ。騎士団でも議題に取り上げ今後についてよく話し合う事にする。ひとまず既婚者に調査して同じケースが無いか確認するよ」

「団長、俺も手伝います」

「監視魔法が必要ならばギルドを通して要請ください」


 カールさんとアスティが調査に乗り気だ。

 カールさんは騎士団の事務方だから分かるけど、アスティは何故だろう?

 目が合ったけどニコッと微笑まれただけなので興味本位かな、と思った。


「カール頼む。……裁定員殿の力は極力借りたくないがおそらく頼む事になるだろう。全てを晒す為にも」

「お待ちしております」


 アスティは恭しく一礼した。


「それで、騎士団長殿」


 私はもう一つ、やらねばならない事があった。


「騎士団に卸していた回復薬の件についてですが」


 ザインさんは「やはり来たか」と表情が強張った。

 リオンとの離婚が正式に決まり、私たちは他人になった。

 だから、ギルドを通じて騎士団に卸していた回復薬を適正価格に戻す事を決めたのだ。


「今まではリオンも……身内も使うから、と割引してきましたが、ご覧の通り離婚が成立しました。ですので価格を戻す事にします」

「……そうだろうな……。いや、この話が始まった時に覚悟はしていたし仕方ないとは思っている」


 ゆっくりと頭を振り諦めたような表情の騎士団長はもう一度溜息を吐いた。

 私が卸していた回復薬は、通常であれば上級にあたる。数種類のバフが仕込まれているのだ。

 今まで騎士団は国を守る為に働いているからギルドとも話し合い家族割引で優遇していた。回復薬を使用して騎士たちの身の安全が守られるならお金の事は気にしていなかったからだ。

 ギルドも私の回復薬で騎士たちの仕事が捗るなら、と手数料は微々たるものだった。

 その代わり騎士たちはしっかりと働いてほしい、街を守ってほしい、という約束だった。


 だがそれは間違いだった。


 私が回復薬を卸し始めてから遠征費用が少し上がった。回復薬の費用を他に回す事ができるから、その分他で優遇できるようになったのだ。


 その結果が給金が上がるから、とリオンが遠征に行く口実に使われ、私は自分がしてきたことへの虚しさを感じた。


「シーラさんの回復薬は適正価格だと最低でも金貨一枚、効果によっては二枚の価値がありますよ」

「それくらいはするだろうな。実際シーラさんの回復薬は他より飲みやすく効果も高い。今まで半値で卸して貰っていたのが奇跡だったんだ」


 私の回復薬の価値を聞いたダガートさんは目を見開いた。そして確かにあの効果なら、と納得した。更にそれが単純に今までの回復薬の仕入れ値の倍になると聞き何とも言えない顔をした。


「ザインさん、各地の駐屯地へ時折配布されていたのってまさか……」

「ああ、シーラさんが作成したものだ。性能がいいから地方にも、と思ったんだ」


 ザインさんはダガートさんの言葉に力なく頷いた。それだけで天を仰ぎ「まじか」と声を漏らした。


「頭の痛くなる話だが、訓練を一層強化して鍛え直さねばならんな。まあ、いい機会だ。シーラさんのいなかった時に戻るだけだよ」


 ザインさんは力なく笑ったけど明らかに肩を落としていた。

 関係ない騎士たちを巻き込むのはどうかと思ったけど、ある意味体制をそのままにしていた騎士たちに制裁を加える形になった。

 どう変化するかは分からないが、これを機に改めてもらえたらいい。


「待ってくれシーラ。離婚はする。だが騎士団は関係ないじゃないか……」


 話を聞いていたリオンが顔を青ざめさせたまま掠れた声で震えていた。


「リオン、これはけじめだ」

「でもっ……回復薬は関係ないじゃないですか。騎士たちはこれからも街を守る、国を守る存在です。みんな必死に戦ってる。俺は確かに悪い事をしましたがだからってそこまでする必要……」


 リオンの言葉に誰もが反応できない。

 確かに私が回復薬を引き揚げる事で騎士団に大きな影響があるだろう。

 ザインさんは団長だから何かしらの責任は取らされるだろうし予算も見直さなければならない。

 無茶な戦いをして怪我が絶えなかった騎士は回復薬が少なくなるから慎重にならざるを得ない。

 戦い方も変えなければならない。

 以前アスティが私を知ると戻れないと言っていたけれど、大げさではないのかもしれない。


「不貞は全てを壊すんですよ」


 沈黙を破ったのはアスティだった。

 心底軽蔑するような目を向けて。


「パートナーの心を砕き、婚姻関係が解消されるから縁が切れる人もいる。

 婚外恋愛とか真実の愛とか許されない恋心とか腐った脳みそできれいな言葉に置き換えても、やる事は下半身で繋がるだけの関係だ。

 それだけで愛していたはずの人を壊し、人間関係全部台無しにし、自分の信用も何もかもぶっ壊す。一度の過ちで全てが無になる。

 した側は仕方ないで済ませても、された側は一生消えない傷を負うんです」


 アスティは憎悪の眼差しをリオンに向けていた。

 不貞をする者を憎むような、それでいて悲しみに溢れているような、そんな目だった。


「連鎖的に破滅させ周囲を巻き込む覚悟もない癖に悲劇に酔っ払うのはなぜでしょうね。

 責任を取ることもできずに口先だけは達者で」

「アスティ、言い過ぎよ」


 それ以上は私情になる。

 何より、自分の言葉で傷付いているような表情が心配でアスティを止めた。


「……すみません。ちょっと、頭冷やします。私はこれで失礼します」


 唇を噛み俯いたアスティは、移動魔法で消えてしまった。

 置いて行かれた書記の方は戸惑い、居心地悪そうにしていた。


「シーラ、頼む。騎士団のみんなには迷惑はかけたくないんだ」


 なおも言い募ろうとしたリオンに、私は悲しくなった。


「……私には迷惑かけて、いいんだね……」


 つまりは私が嫌な事を呑み込めば騎士団は今まで通りだから、私の気持ちは呑み込んで耐えろと言いたいのだろうか。


 それに気付いたのかリオンは顔を強張らせて目を逸らした。


 アスティの言葉も彼に少し刺さっているようだった。


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