15.言い逃れは許さない
「リリアは……そう、俺の子じゃない。俺の子じゃないんだ。確かにシアラと一度肉体関係を持ったのは認める。その時に子ができたって言われて、俺の子だって言われて仕方なく、そう、仕方なく育てなきゃって。でも実際シアラは俺じゃない男を連れ込んでたしリリアは俺の子じゃない可能性が高い。だからっ」
「騎士リオン、見え透いた嘘を吐くのは止めたほうがいいですよ。あなたの裁定に不利になります」
焦り気味で捲し立てるリオンにアスティが静かに言い放ち、気圧されたリオンはぐっと言葉をつまらせた。
周りの人が放つ空気もリオンの言う事が嘘だと気付いているのに彼だけが悪あがきをしているようだ。
「リリアがあなたの子というのは私が証明できます。私は今日は裁定員としてここにいますが、リリアの調査員もしていました」
アスティがリリアの調査員? なんの? と言いたげに戸惑いつつ見るとアスティは睨み返すように見ていた。
「リリアの母シアラは未婚です。だからリリアは父親が分からない暫定婚外子。……婚外子は不貞の末に授かった子かどうかを判断しなければならないので国から調査を依頼されました」
アスティの言葉にリオンが顔を歪めていく。信じられないがもう言い逃れはできないのだとどこかで悟ったような表情だった。
「婚外子は国の補助制度を利用できるか毎年調査されます。理由は不正受給を防ぐ為です。子が三つになったタイミングで行われます。生まれたばかりは回路が不安定ですが、三歳頃から安定します。
まず母親の経歴をもとに、未婚であれば子の魔力回路を鑑定し、父親候補の回路と合わせる。合えば調査終了、合わなければ引き続き調査続行」
それからアスティは婚外子の調査について説明した。
母親の経歴でギルドに提出があれば既婚歴があるはず。既婚であれば割と調査は簡単だ。離婚した男と合わせればいい。ひとり親の子はそうしてほぼ出自が定かとなる。
問題なのは母親が未婚で出産した場合。
別れを選択したり男に捨てられたりと様々な事情があって未婚の母となるのだが、この場合相手の男が特定できない可能性がある。
だから就職する時や医者にかかった時に調べられる魔力回路を参照し、父親を探すという地道な作業をするらしい。
それを含めて99%の子の出自が明らかになるのだとか。
残りの1%は一度も就職や医者の世話になっていない貧民の場合や既に死亡で調査不能の場合。
ここまでして不貞か否かを調べる国にちょっと引いてしまった。
「魔力回路の四分の一はそれぞれの両親の形を受け継ぐので子ども引くひとり親をすれば自ずと現れるんです」
なるほど、と思った。
ちなみに子どもと母親は出産時に大体登録されるらしい。
「こちらがリリアちゃんの魔力回路図。そしてこちらはシアラさん。リリアちゃんの図からシアラさんのを引いてみると浮かび上がるのがこちらです」
浮かび上がった四分の一の魔力回路図は見た事があった。
リオンは騎士で怪我も多いので医者のお世話になる事はよくある。
その度見かけたのと同じだった。
どこかで違えばいいと思った事もある。
シアラさんが悪女であればいい、とも。
けれどそうじゃなかった。
リリアちゃんは間違いなくリオンの血を引いた子なんだ、というのを突き付けられて思わず唇を噛み締めた。
リオンは目をギュッと瞑り、手は膝を強く掴んでいる。
「リオン、認めろ」
騎士団長のザインさんが低い声を発した。ビクッと肩を震わせ、青ざめた表情のリオンはどうにもならないと思ったのか、小さく息を吐いた。
「リリアは……俺の子です……。ごめんなさい。シーラがいるのに……浮気して、子どもまでできて……遠征と言って三人で暮らしてました」
観念したようにぼそぼそと言い、張り詰めた空気の中ようやく大きく息を吸えた。
「でも、でも、シーラと離婚とか考えてなくて!」
ダガートさんとの話し合いの中でも言っていた。
私との離婚は考えていないのにこれからも親子三人で何もなかったように過ごせるのかな。
「じゃあ、リリアちゃんの教育はどうするつもりだったの? 私生児だから法外な値段になるけど」
「それはっ、シーラに借りて……」
自分の耳を疑った。愛人の子の法外な教育費用を私に借りる?
……この人こんなにバカだった?
私の気持ちを考えない人だったっけ?
呆然としていたら隣で震えていたアメリからブチッという音がした気がした。
「っさっきから聞いてたらあんた! 何考えてんの? 頭沸いてる? ウジムシでもいる?
あんたが勝手にこさえた子の教育費用を何でシーラが払わなきゃいけないの!? シーラの子に使うならまだしも、何で裏切り者の為にシーラが稼いだお金を使わなきゃいけないのよ!!」
「アメリ……」
立ち上がり、顔を真っ赤にしてふーふー言いながらアメリは叫んだ。カールさんがアメリを引っ張って落ち着くように言うけどその手を振り払った。無理をしてお腹の赤ちゃんに障ってはいけない、と私もアメリを宥める。
「その子が三歳って事は三年以上? シーラを裏切ってた! シーラは子ども欲しいって、遠征やめてって言ってたはず! それを無視してあんただけ勝手に家族ごっこして、シーラの時間を無駄にして! シーラはあんたの便利屋じゃないのよ!! 無駄にした時間返せ!」
アメリの言葉に、私の為に怒ってくれる人がいると嬉しくなった。
「アメリ、ありがとう。もう、いいの」
「だって、シーラは……」
その先彼女が何か言わんとするのが分かったので咄嗟に頭を振る。アメリも言ってはダメだとハッとなり唇を噛んだ。
昂ぶった感情が涙を流させる。悔しくて憎らしくて、堪らないのだろう。それで十分だった。
「リオン、離婚してください」
「シーラ! 俺はっ……」
「リリアちゃんには父親が必要でしょう? 時々しか会えないあなたをパパと呼んでた。嬉しそうに甘えてた。私はあの子からあなたを取り上げる程、もうあなたを愛していない」
絶望の表情を浮かべるリオン。
あの子の笑顔を奪ってまでリオンを奪い返したいとは思わない。それほど私の中でリオンは特別ではなくなっていた。
「裁定員さん、リオンが離婚してリリアちゃんの父親になれば私生児ではなくなりますよね」
「シーラ!」
叫ぶリオンを無視して裁定員としているアスティに問い掛ける。
「リオンさんとシアラさんが再婚し、嫡子認定を受ければリリアちゃんに嫡子証明が発行されます。そうすればリリアちゃんの教育は国から全面的に支援されます」
その言葉に頷き、リオンを見据える。
「リオン、私と離婚してください。リリアちゃんの未来を潰さない為にも」
リオンは泣きそうな顔をして縋るように私を見ていた。




