14.離婚の話し合い
私が王都に帰還して一週間が経過して、ようやくリオンが帰還した。
あの時は二、三日くらいはと言っていたけど、予定が伸びた事でゆっくりと離婚に向けての準備ができたから好都合だった。
王都に帰還した翌日から私は離婚に向けて動き出した。まず最初にギルドから紹介して貰った裁定員を訪ねた。
離婚の話し合いの際、第三者を交えた方がスムーズに行くと聞いたからだ。
ギルドの紹介状を渡すと既に話が行っていたようでリオンが戻り次第すぐにでも、と言ってくれた。
アスティから借りた魔道具に映る映像も不貞の証拠となりうる、と言質も貰った。
話し合いの当日は裁定員と書記官を向かわせると言ってくださった。
リオン側の証人の手配も請け負ってくれるらしい。つまり騎士団に連絡が行くのだ。責任者として手が空いていれば騎士団長を呼ぶそうだ。
平民同士の離婚の話し合いに騎士団長を呼ぶのは、と躊躇したけれど、私が回復薬を格安で騎士団に卸しているから今後どうするかも話した方がいいと助言を貰った。
それから引越の準備。アスティが空間魔法を教えてくれたから荷物はそこに入れておいた。
流石に大空間は作れず、家具などはやはり置いて行かなければならないけど王都から出る前提の引越先もまだ見つかっていないので荷物を持って歩かなくていいのは便利だ。
アスティが派遣してくれた人も片付けを手伝ってくれたから助かった。
家の中は必要なものをまとめたらシンプルなものになった。
そして気持ちの上で負けてはいけないから、と体調を整えることに専念した。
妊娠の確定判断はしていない。王都から出るかもしれないし、どこから漏れるか分からないから引越先でゆっくり探そうと思う。
そうして穏やかな日を過ごしていると、騎士団が帰還したと街で騒がれていた。私は話し合いの場に関係者を召喚し、リオンの帰宅を待っていた。
「ただいま……」
疲れた様子のリオンが小さく声を出してそっと窺うように入ってくる。この一週間、どんな気持ちだったんだろう。そして。
「お帰りなさい、リオン」
私の周りにいる人たちを見て、何を思うだろう。
「……シーラ、これは……」
「遠征お疲れ様。帰って来たばかりで申し訳ないのだけど、話があるの。そこに座ってちょうだい」
長テーブルの対面に座るように促した。
私の隣にはアメリ夫婦。
一方の端にはアスティとその後ろに書記官。
リオンが座るソファには王国騎士団長が座っている。
アスティと対面になるのはマルセーズの団長さん。リオンより先にいるのは、アスティが移動魔法で迎えに行ったから。
そんな人たちに睨まれるようにしてリオンは騎士団長の隣に座る。騎士団長は目を瞑り腕を組んでその時を待っているかのようだった。
「まずは自己紹介からお願いします」
私が促すと、アスティがまず頷いた。
「本日、シーラさんとリオンさんの離婚の話し合いの裁定をします、アスティと申します。よろしくお願いします」
「離婚!?」
そう、あのアスティはなんと今日は裁定員として来ているのだ。これの理由はアスティが監視していたのはマルセーズの親子で、あの子の父親候補の一人がリオンだったかららしい。
驚くリオンを無視して、次の方に自己紹介を促す。
「王国騎士団長のザインだ。部下の不始末をつけにきた。誠にすまない」
頭を下げた団長さんに頷く。体格のいい方だけど何だか小さく見えるのが不思議。
ザインさんに頭を上げるように言うと、次はリオンの隣の方。
「マルセーズの駐屯地で団長をやっているダガートだ。リオン側の証言者として来た。よろしく」
アスティが視野が広く団長向きと言っていた方。
戸惑ったままのリオンは何故ダガートさんがここにいるのかチラチラ見ているけど彼はまっすぐ前を向いている。
そして。
「王都騎士団で内務をやっているカールだ。こちらは妻のアメリ。今日は二人の仲立ち人として見届ける役割をお願いされた。よろしく頼む」
結婚した時の証人として二人にお願いした。だから今日は見届けてほしくて呼んだのだ。
アメリはリオンを睨み付けている。そんな彼女の背中を擦り宥めているのが旦那様だ。リオンの同僚で、親友でもある。
こうして勢揃いしたところで、私は早速話を切り出した。
「あまり長く話をしたくはないから単刀直入に言うわね。リオン、私と離婚してください」
微かに口を動かすが声にならず目を見開くリオンを見ても私の心は凪いだままだった。
「理由はあなたの不貞と隠し子の存在。慰謝料として金貨八百枚を請求するわ」
「ちょ、ちょっと待て、話が見えない。不貞? 隠し子? 何を言ってるんだ?」
焦った様子のリオンはこの期に及んでしらばっくれる気か。確かに金貨八百枚と言えばリオンの一年分の給金にあたる。焦るのも無理はないが、マルセーズの団長ダガートさんから私は気付いているだろうと言われたのに忘れたのかしら。
「だから、あなたの不貞を理由に離婚したい。不貞は国の法律で禁じられているから慰謝料を請求してる」
「不貞って、証拠は? 言いがかりはやめてくれ」
私は思わず眉が寄った。何故すぐに認めないんだろう。あの母子を愛しているのだから喜べばいいのに。年収分の慰謝料を請求してるから踏み倒したいのかな。
「私は一週間程前までマルセーズにいたの。駐屯地に差し入れをしたから証明できるわ」
「ああ、えらく高性能な回復薬を貰ったな。あの時はありがとうございました」
「いえ。お役に立てたなら何よりですわ」
団長さんとの会話を目を泳がせながら見ている。
まるで死刑を待つ罪人のようだ。
「それで、マルセーズであなたを見たわ。……正確に言えば、あなたと、あなたをパパと呼ぶリリアちゃん。それから、あなたが腰に手を回す程親密な間柄のシアラさんを」
リオンの目が驚愕に見開かれる。小さく頭を振りながら口先は「違う」と動く。
顔色は青くなり目は右往左往して忙しない。
「あれは……騎士として助けた母子と面会を……」
「ダガートさん、母子が住む家は誰の名義かご存知ですか?」
言い訳するリオンを無視して団長さんに問い掛ける。
彼は真剣な眼差しをしていた。リオンよりよほど信用できる。
「あの家はリオンがマルセーズで妻と暮らすからと借りた家だ。夫婦で住むと申請があり騎士団からの家賃補助は家族で支給していた。……リオンからはシアラが妻だと聞いていたからな」
その言葉にアメリが立ち上がりかけてカールさんに止められた。
ふーふー息を荒げて顔を真っ赤にしている。
彼女が怒ってくれるから私は冷静になれる。だからこうしてリオンと感情的にならずに話し合えるのだ。
「ではリオンはマルセーズで日常的にあの家にいたのですか? 駐屯地の寮には入らずに」
「ああ。最初の頃は寮にいたが、しばらくして家を借りた。妻と住むからと」
リオンは膝の上で拳を握り締め俯いている。
バレないと思ってた? バレなければいいと思ってた?
真実が明るみになるだけで裏切りが表に出てくる。
自分の都合のいい事を享受して、全てが思い通りにいくなんて幻想は終わらせてやる。
「では実質リオンはシアラさんとリリアちゃんと家族で住んでいたのね。リオン、間違いないかしら?」
俯いたままのリオンに問い掛けるが顔も上げない。この期に及んで往生際が悪い。
こんな人だった? 私が愛した人はこんな情けない男だった?
「リオン、答えて」
「…………」
「リオン!」
「あの子はぁっ!」
俯いたまま、拳を更にぎゅっと握り締め、リオンは叫ぶ。誰もが固唾を飲んだ。
「あの子は……リリアは俺の子じゃない……っ」
苦し紛れの発言に、場にいた皆が様相を変えた。
アスティだけは真顔のままだった。




